第28話 「ループ」 妖怪「共依存」登場



    1


     心の闇にとらわれて 出口の見えない人がいる

     天狗の力の少年が 来たりてこれを焼き払う

     てんぐ探偵只今参上 お前の心の悪を斬る



 シンイチは妖怪「ペルソナ」の一件で銭湯の気持ちよさに気づき、あれからちょくちょくネムカケを連れて行く(ネムカケは専用のタライを用意される身分に出世した)。熱くて大きな風呂は実に気持ちがいい。ここで気持ちをほぐせば、心の闇にとらわれる確率もグッと下がるのに。今日もそう思って公園の先の銭湯にネムカケと向かうと、妖怪「心の闇」に取り憑かれた女性がいた。


 彼女は銭湯の表で待っていた。カップルは、先に出たほうが相手を待つ。ここの銭湯は粋なはからいで、待つ人専用の竹の椅子がある。シャンプーの匂いの漂う、濡れた髪のこの女性は、きっと彼氏を待っているのだろう。シンイチは彼女の肩に憑いた心の闇の話をしようと、腰のひょうたんから天狗の面を取り出した。そこへ、彼氏らしき人が暖簾をくぐって出てきた。シンイチは驚いた。彼のほうにも「心の闇」が取り憑いていたからだ。

 ネムカケはそのカップルを見て、シンイチに聞いた。

「二匹一組のようだのう。シンイチ、奴らが何か、分かるか?」

 女に憑くのは青い目の黒い蛇。男に憑くのは赤い目の白い蛇。陰陽のペアの形をしている。

「妖怪……『共依存』だね」

 男女は仲良く手を繋ぎ家路へと向った。ペアの妖怪はお互いの尻尾に噛みつき、ゆっくりと彼らの首の周りをぐるぐると回り始めた。ウロボロスが「自分で自分の尾を食う蛇」ならば、二匹の蛇はまるで、互いを食い合う陰陽の流転である。

「二匹で一組の妖怪……多分だけど、同時に外さないとダメだろうね」

「二人は幸せそうに見えるのにのう。なんでじゃろ」

「ネムカケ、銭湯は中止だ。尾行しよう」

「一銭湯のがしたあああ」


 シンイチとネムカケはそのカップルを尾行したが、見かけはすこぶる仲睦まじい二人だった。二人はコンビニでビールを買って飲み、スーパーで食材を買ってアパートの一部屋に入った。妖怪さえ憑いていなければ、理想のカップルのようだ。

「夫婦……じゃないよね。恋人?」

「同棲と言う奴じゃが、まあ恋人じゃな」と、ネムカケは小学生に分かるレベルで解説する。

「でも心の闇に取り憑かれてるんだから……幸せなフリをしてるだけなのかな……」とシンイチは疑問に思う。

 そこで異変が起きた。男が、女を殴り始めたのだ。

 窓の外から観察していたシンイチは慌てて不動金縛りをかけ、天狗の面を被って部屋へ入り男を止めようとした。

 だが事態は、シンイチの理解を超えていた。

 女は、「殴られるのは愛の証拠」と主張したからだ。


    2


 男の名は荒城あらき浩一こういち、女の名は墨田すみだ由美ゆみ。無職の二十七歳と、派遣で働く二十四歳のカップル。二人はつき合って五年になる。浩一は小説家志望で、由美はその「才能」に惚れて彼の代わりに働き、世話をしているという。典型的な「夢見る男とそれを支える女」のカップルであった。


 シンイチはいつものように天狗面で「あなたたち、妖怪に取り憑かれてますよ」と言い、鏡で妖怪「共依存」を見せて驚かせたのち、これは二人の共依存状態が原因で、そのせいで心の闇に取り憑かれたのだと説明した。

 しかし、殴られて口の端を切った由美は、シンイチに理解できないことを主張するのである。

「私は浩一を愛してるの。浩一が殴るのは私だけなの。それは愛の証拠なのよ」と。

「??? 意味分かんないよ! どうして殴られるのが愛なのさ!」

「愛って、お互いに依存することよ。……キミは小学生だから、分からないのよ」

 彼氏の浩一はつけ加えた。

「そうだ。俺らは俺らで、幸せなんだ。俺たちは両方とも幸せだ。うまくいっている二人の関係に、割り込まないでくれ」

 シンイチは全く理解できない。

「嘘だよね! この男の人に脅されて、愛してるって嘘ついてるんだよね!」

「いいえ。私は本心から殴られて幸せなのよ」


 浩一は由美に生活費を稼がせ、時々バイトをしては辞める生活を続けているそうだ。

「それじゃ、今は無職?」とシンイチは聞いた。

「そうだ。店長と、毎回馬が合わなくてな。……そもそも俺は偉大なる小説家になるんだから、バイトなんて意味ないけどな」

「でもプータローで生きてくの?」

「大丈夫。私が食べさせてあげるから」と由美が言う。

「彼には小説に集中して欲しいのよ」

「ふうん……で、どんな小説書くの?」

「……そうだな」と、浩一は咳払いをひとつした。

「ドストエフスキーより奥深く、バルザックより重厚で、村上春樹より華麗で、三島由紀夫より繊細で、手塚治虫より人間ドラマで、黒澤明より生々しい、世界を変える物凄い小説だ」

「??? よくイメージできないや」

「それはそうだろ。まだ俺のココにあるのだからな」

 と浩一は、得意げに自分の頭を指さした。

「えっ。書いてないの?」

「まだ構想中だ」

「じゃ、これまで書いたやつは?」

「ない」

「ない?」

「途中で止まった作品は三本ある。だからまだ構想中なんだよ」

「ええ? 一本もないの?」

「オレが書くやつは、世界一の小説になる。だからまだ書くには時間がかかるんだ」

「いつ書けるの?」

「世界一の小説が、すぐ書ける訳がない」

「……???」

 シンイチは話が見えなくなってきたので、ストレートに聞いた。

「それで何で小説が書けるって自分で思うの?」

「うるせえなガキ!」と、浩一は拳を振り上げた。

「ダメよ浩一!」と由美が制止した。

「子供は殴らないで。殴るのは私だけでしょう?」

「……うむ」

 そう言って浩一は、由美を殴ろうとする。

「ちょっと待ってよ! 不動金縛り!」

 シンイチは慌てて早九字で二人を止める。

「なんなのこの二人! 意味が分かんない!」

「まあ、いわゆる、ヒモじゃのう」と、ネムカケは解説する。

「ヒモ?」

「愛情がベースの関係じゃが……男は女に生活を依存し、女は男に愛を依存する……共依存の典型じゃな。男は女がいないと生きていけない、女は男がいないと生きていけない」

「でも殴ったり、小説書いてないのはダメでしょ!」

「そこが男女の難しいところでのう」

 シンイチは不動金縛りを解き、由美に問うた。

「殴られたら、痛いし嫌でしょう?」

「でもそれが、私が一番彼を理解してる証だもの」

「?」

「彼は繊細で、傷つきやすいの。彼にとっての世界は、窮屈でままならない世界。出口のない怒りを私にぶつけることで、彼の精神的均衡が保たれるの。殴られて痛いし、血も出る。でもそれが生きている証拠、それが彼を理解してる証拠なのよ」

「??? 甘やかしてるだけじゃん!」

「愛よ。彼を一番認めることよ。それが私の存在意義」

 由美が殴られることで彼を認める。浩一は働かない。彼女は世話をする。浩一はうまくいかなくてまた殴る。

「……ループだ」

 シンイチは言った。

「原因が結果になり、結果が原因になるんだ。こないだは、ジャンケンの三すくみだった。今回はそれがふたつ、と理解するべきかな」

 黒蛇は白蛇の尾を食べている。白蛇は黒蛇の尾を食べている。お互いの依存関係が、ひとつの均衡安定をつくっているのである。

 大人の男女の気持ちはよく分からなかったが、それだけはシンイチは理解した。


「私に女心を教えて欲しいって?」

 次の日、学校でシンイチは「女心」をミヨちゃんに相談した。

「そうなんだ。『共依存』、つまりお互いがお互いに依存してる、ってことは分かったんだけどさ、イマイチピンと来ないんだよ。殴られて幸せってどういうこと?」

 ミヨはしばらく考えて、慎重にシンイチに答えた。

「単純な話をするね」

「うん」

「女の子はね、好きな人とずっと一緒にいたいのね」

「うん」

「できれば、二十四時間一緒にいたいのね」

「うん。え? ちょっとメンドイな」

「メンドくても、それが女の子。ここ大事だから覚えといて」

「納得いかないけど、よし、覚えた」

「『殴る男』だって分かったのは、好きになったあとでしょ?」

「なんで分かるの?」

「だって殴る人を女の人は好きにならないもん」

「? じゃ嫌いになればいいじゃん」

「『好き』のほうが優先なの! 『好き』が一番なの! ここ大事って言ったでしょ!」

「ハイ」

「女の人は、その人が他の人を殴るのが嫌なの」

「殴られたら痛いもんね!」

「違うの! 二十四時間一緒、っていったでしょ! 殴る間、他の人と一緒にいるのが嫌なの!」

「ええええええ? だから殴られ役が自分でもいいって言うの? それヘンだよ!」

「ヘンでもなんでも、それが女心!」

「嘘だろ!」

「嘘じゃないわよ! その人は何て言った? 『愛の証拠』って言ったでしょ? 愛ってのは一緒にいることなの! その人を一番理解してたいのが女なの。『殴る人』を理解してるのが私だけって思うわけ!」

「?????? それ、酔ってるだけ?」

「ちがうわよ!」

 愛という感情を、サッカーに夢中な男子小学生が理解することは無理だろう。シンイチには難しすぎて、理解をあきらめた。ミヨの剣幕に押されて、とりあえず分かったふりをすることにした。

「よし、オレは男の人をなんとかしようと思う。まず殴るのは絶対ダメだし! ループ状態を、一端強制的に引き離そうと思う! そうすればぐるぐる回ることはなくなるだろ?」

「で?」

「女の人はミヨちゃんに任せた!」

「?」

「男の人の殴るのは、ミヨちゃんのお兄さんの空手道場に通わせようと思うんだ! 思う存分殴ったり殴られたりすれば、疲れて女の人を殴らなくなるかなって! 女心の複雑な方はどうすればいいか、ミヨちゃんのアイデアを聞きたい!」

「……うん、分かった。考えてみる。兄ちゃんにも私から頼んでみる」

「悪ィ!」

「わるくないよ」

「?」

「ひと肌脱ぐのは、嬉しいのよ。それが女心」

「? まあいいや!」

 「好きな人のために」と前置きをつけるのは恥ずかしいので、ミヨは流石に言えなかった。

 さて、ループを断ち、元のループに戻さない為の方法はあるのだろうか。


    3


「まず俺の腹を殴ってみろ。思い切りでいいぞ」

 板張りの空手道場で、ミヨの兄、綾辺あやべ哲男てつお三戦サンチンの構えで浩一に腹を出してみせた。哲男は、心の闇「上から目線」を克服したのち、近くの豪胆流空手道場に通い、最近ようやく茶帯を取ったところである。シンイチとミヨに頼まれ、「殴ったり殴られたりとはどういうことかを、仮入門という形で教えたい」と哲男は道場主に、浩一の稽古参加の許可を得た。素人とはいえ浩一も空手着を着させられ、あくまで空手の稽古の一環という設定である。

「どりゃ!」

 と浩一は哲男の腹を殴った。固く締めた腹筋が柔らかく拳をとらえ、跳ね返した。

「全然効かないね。もう一発」

 二発、三発、五発。浩一は全力で哲男の腹を殴ったが、全く効かない。

「小説家にとって一番大事な右手が死ぬ! あとは左で殴る!」

 しかし十発殴っても哲男の締めた腹筋はびくともしない。

「スゲエ! どうなってんのコレ?」

 見学していたシンイチは、興奮して哲男に聞いた。

「これは三戦サンチンって言ってね。息吹いぶきで筋肉を締めるんだ」

「息吹きって?」

 コオオオオオ、と哲男は独特の呼吸法を見せ、手と足で円を描き、全身の筋肉をひねりながら練って見せた。

「呼吸と筋肉の練りを一致させることで、柔らかくて固い筋肉を作り上げる、沖縄空手から伝わる伝統的な鍛錬法だ」

 三戦とは、五十二手からなる、中国拳法の白鶴拳はっかくけんが琉球に伝わり琉球人に練られた型だ。白鶴拳は貫手ぬきて(指先での攻撃)が得意な為、ほとんどの突きを貫手で行う。まっすぐ突くよりひねりながら打ったほうが、指先の攻撃力が増す。三戦は、このひねりを拳の突きで練り上げる型である。空手では特に基本型のひとつに数えられ、全身の筋肉を練る。

 シンイチは哲男の腹をポコポコ殴ってみた。たしかに柔らかくて固かった。浩一は不思議な顔をしている。

「手首が痛くなった」

「そりゃそうだ。キミは殴り方が出来てない。そんな殴り方では色々痛めるぞ」

「殴り方に、色々あんのかよ」

「あるよ。空手は『殴るプロ』だからな」

 哲男は「拳」のつくり方を説明した。小指から薬指、中指、人さし指と順に締めていく。親指で最後にロックし、中指と人さし指を平行に保つ。手首をまっすぐ保ち、肘、手首、ナックル部分(特に人差し指の根元、大拳頭だいけんとう)を一直線にし、ひねりながら突き出される槍のように使う。ついでに殴る直前までは卵を拳に持つように柔らかく保ち、殴る瞬間だけ握力で締める。

「そんないっぺんに色々出来ねえよ!」

「それを無意識で一瞬に出来るようになるまで、何度でも練るのさ」

 哲男は構えから突きを一発放ってみせた。ぴしり、と空気の鳴る音がした。

「スゲエ! カッケー!」とシンイチは素直にはしゃいだ。

「俺の素人の突きじゃ、その筋肉の鎧に効かねえってことか」

 浩一は素直に納得した。だが単純な盾と矛のぶつかり合いではない、と哲男は更に解説を加える。

「本質はタイミングなんだ。俺は『殴られる』って分ってるから耐えられる。人を倒す殴り方は、『そのときじゃない時に殴る』ことなんだ。防具つけてやってみるか」

 二人はグローブ、胴、ヘッドギアをつけ、スパーリングへ移行した。

「どこでもいいから殴ってみ」

 浩一は拳を振り回した。最初にさっき聞いた突き方をやってみようとしたが、すぐに本能による殴り方になっていた。

「そんなの当たんないね」

 素人のコンビネーションぐらい、避けるのは訳ない。浩一の殴るモーションに合わせて哲男は、つい、と潜り、打ち終わりの瞬間に右掌打をみぞおちに打ちこんだ。

「ぐ!……」

「呼吸止まるっしょ。いいかい? 準備万端ならパンチなんて効かない。パンチを当てるのは、相手がパンチを打ちに来たとき」

「……クロスカウンターってやつ?」

「そう。交差法っていう。相手のパンチに交差してパンチを打つんだね。そろそろこっちも殴るよ。よけてみな」

 哲男は攻めに転じた。浩一は咄嗟によけたりブロックしたり、フェイントにひっからないようにした。しかし追い詰められ思わずパンチを出した。哲男はそれを潜り、交差法でまたみぞおちに掌打を叩きこんだ。浩一は何度もパンチを出し、その度に痛いカウンターを腹に、顔面に食らった。


「殴るってのは、なかなか大変なことだろ?」

 ヘトヘトになってヘッドギアを外した浩一に哲男は言った。

「殴れば殴り返される。その常識の中で、一方的に殴る為の技術が空手だ」

 浩一は息も絶え絶えに哲男に尋ねた。

「さっき、『殴られるって分ってれば、耐えられる』って言ったじゃん」

「ああ」

「俺の彼女……由美はさ、分ってて、耐えてるのか?」

「……そうだろうね」

「……」

 浩一は黙って考えこんだ。

「一応、二週間は浩一さんにこれをやってもらおうと思ってるんだけど!」

 とシンイチは念を押した。

「なんで?」

「空手入門はそれぐらい体験したほうがいいってさ! 殴ったり殴られたりすることのタイヘンさが分るかなって思って!」

「もう、大体分ったよ」

「いや、まだだね」と哲男は言った。

「拳鍛えをやってもらうぞ。自分の拳を武器化すれば、おいそれと素人を殴れなくなるから」

 拳鍛えとは、拳立けんたて(固い床に拳をついてやる腕立て伏せ)にはじまり、あらゆる所に拳を打ちつけて拳を鍛えるやり方だ。慣れれば(もちろん黒帯レベルだが)コンクリート塀をガンガン殴っても痛くない。素人がやるのは、もちろん毎度毎度すごく痛い。

「二週間、ってのはさ。ミヨちゃんもそれぐらいかかるって言ったからなんだけど」

「?」

「由美さんを二週間別居させて、別の考え方を教えるんだってさ」

「別の考え方?」


    4


 男たちが殴ったり殴られたりを道場でしている間、ミヨは由美をエステに通わせていた。「女としての自信を回復させる作戦」である。

「女として地味だなって第一印象で思ったのね」とミヨは由美に言った。

「そりゃ、今更お洒落とかお化粧とか必要ないし」と由美は反論する。

「それよ。『私はどんな男にもモテモテよ』っていう状態が、まず重要なのよ!」

「何の為に?」

「まずは騙されたと思って!」

 高価なエステ代は、シンイチが不動金縛りで時を止め、とりあえず払ったことにした(この件が片付いたら、由美はあとで払いにいった)。


 「十日間コース」を経たあとの由美は、みちがえるように美しくなっていた。街をゆけば誰もが振り返り、何度もナンパされそうになった。

「なにこれ、どういうこと?」

「由美さんは、まずは引く手あまたの美人さん。ついでに、もっとチヤホヤされてみるといいよ!」

 ミヨは由美をホストクラブに連れていく。

 様々なタイプのイケメン、トーク上手、オモシロ担当、色々なタイプの男たちが由美にむらがり、あの手この手で由美を気持ちよく持ち上げた。イケメンが彼女に言う。

「世の中には色んな男がいるんだからさ、カレじゃなかったら俺と恋してた可能性もあるんだぜ?」

 分り易い嘘だと分っていても、由美は心が楽になる気がした。

「でもね、やっぱ彼が一番だと思う」と由美はミヨに言った。

「なんだよ! せっかく旅行に行ったのに、『やっぱ家が一番』っていうオカンかよ!」

 シンイチが突っ込むと、ミヨが言った。

「選択肢は彼だけじゃないでしょ? 『彼しかいない』って思い込むのと、『私は引く手あまただけど、その中で彼を選んでるの』と考えるんじゃ、心の余裕がちがうでしょ?」

「たしかに、そうかも知れないけど……」

 二週間が経ち、強制的に離された「依存しあう二人」が再会した。


「さて、どうなることやら」

 シンイチはネムカケを抱いてミヨとかくれみのに隠れ、窓の外から二人の部屋の様子を観察した。

 しかし、最初はうまくいったように見えた二人も、由美の何気ない言葉に浩一が切れ、彼女を殴ってしまったのだ。

「不動金縛り!」

 シンイチはとりあえずこれを止めた。

「全然ダメじゃん! 自信が溢れた由美さんの言葉が余計心をえぐり、浩一さんの殴り方が上手くなってるだけじゃん!」

「でも、由美さんもわざと殴らせているように見えた」

 とミヨは観察していた。

「どういうこと?」

「殴らせて、彼に自信を取り戻させてあげてる気がする」

「うーん……」

 これじゃ元のループに戻ってしまう。考えたシンイチはひらめいた。

「あ!」

「何?」

「空手道場の近くにさ、合気道の道場があったよね!」


 更に二週間が経過した。シンイチの発案で、由美を合気道の道場に通わせ、浩一は突きに磨きをかけさせることにした。

「何狙いなのよ?」と、K‐1と総合格闘技の違いも分らないミヨは、その意図がまだ分っていない。


 二週間後、再び二人は部屋で再会した。

 また口論になった。浩一は由美に殴りかかった。

 と由美はその突きの手首を取り、鮮やかな投げを決めてみせた。相手の技の勢いが凄ければ凄いほど威力を増す、合気道の小手投げであった。

 ぐるんと宙を舞い、畳に叩き伏せられた浩一は、逆上するどころか、目が覚めた顔をした。

「どうしたの?」

「……新しいパターンだ!」

 ループは、ループ自体がエネルギーだ。そのパターンを崩す、別のループへ移行すればよいのだ。

「うまいこと考えたなシンイチ!」

 ネムカケはそう評した。

「もう一度やってみよう!」

 浩一は殴りに行く。由美は天地投げ。

「どりゃ!」「えい!」

 次は入り身投げ。畳に叩き伏せられたまま、浩一は毎回目覚めたような顔をした。

「新しいパターンだ!」

 ループは破れた。

こうして、二人の心の闇「共依存」は、彼らの首元からスルリと外れた。

「不動金縛り!」

 シンイチは天狗の面を被ると天狗の力が増幅する、てんぐ探偵である。

「火の剣! 小鴉!」

 飛天僧正の修復した黒曜石の光る刃から、炎が噴き出す。ループこそが、「心の闇」の住処なのかも知れない。一人だろうが二人だろうが、「負の心がループすること」が、心の闇なのではないか。シンイチは、飛天僧正の詠唱の言葉を思い出していた。「闇なる循環を、光の側へ導け」と。「循環する力」が鍵なのではないかと、渦を巻く小鴉の炎を見ながらシンイチは思った。

「一刀両断! ドントハレ!」

 陰と陽のループを続ける二匹の心の闇は、こうして火の剣に真っ二つにされ、清めの塩と化した。



 その後、二人は空手道場と合気道道場に仲睦まじく通い、時たま道場間の交流試合にも出る。浩一は蹴りも覚え、由美は蹴りも返せるようになった。新しいループを覚えた二人は別のバイトを見つけ、銭湯に通い、浩一はバイトの合間に空手小説を書きはじめた。

 ミヨは、いつもケーキでシンイチを釣るループをやめて、シンイチの好物のソフトクリームで釣る、新しいパターンに切り替えたようである。



     てんぐ探偵只今参上

     次は何処の暗闇か






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