口が三つで品となる。二つは…

恋愛相談を受けていた。相談というのは形だけであり、正確に言えば恋という淵から深遠なる暗闇を飽かず眺めた愚か者が起こした眩暈の詳述があるのみで、私は眩暈にやられた友人の口元を眺めて過ごしていた。


世人がそうするように彼もまた割に端正な口元を慎ましい湖の様に少しだけ開いてため息をついた。そしてまた形式に則り、自分を窘めるよう、自らの冷静を確かめながら唇を引き締めた。その時ふと思った。


(なんでこいつ口が1つしかないんだろう…)


別に私も口が二つで目が四つの異形を成している、という訳もなく口は一つに目が二つである。だがよく考えてみてほしい、ヒトの目は二つあり、耳も二つある。手足も二本ずつであり内臓は一つずつのものが多いが外見上大抵の器官は二つ備わっている。それなのに口だけ一つ。


今わざと鼻について触れなかった。「鼻は一つだぞ!穴は二つだが一つの器官だ!」という反対派の声がうるさいので、まず私は彼らに向かって語りかける。


確かに鼻は一つしかないように見える。ただし穴は二つ。これを一つとするか二つとするか見解が分かれるところである、それは認めよう。しかし二つと呼ぶ方がより的を射ている。


ここでゴルフを例に挙げたい。コースは一つだがショートコースなら穴は九つ、ロングコースなら十八、存在する。これを呼ぶ際に同じ「コース」ではどちらがどちらか分からない。故に人々は「十八ホール」という様に穴の数で呼ぶ慣習を作り、ロング・ショートという呼称を抑えてそれらを普及させた。


故に鼻も穴の数で数える方が正しい。よって鼻は二つということになる。


さて、口である。次に考えたいのはある日全人類の口が二つになったら何が問題となるかという話である。


口が二つあることによる美醜は問題でない。人は慣れの生き物である。顔のど真ん中に二つ通気口を付けている時点で穴による美醜の変化も何もないだろう。そう考えてみると口は二つある方がいい気がしてくる。片方が口内炎になったらもう一つで咀嚼すればよい。カラオケで声が枯れたらもう片方の出番だ。後頭部に二つ目の口が付いた場合、水泳選手なんぞは大喜びだろう。呼吸のために顔を上げる必要が無くなるのだから。


最も困るのは総務省である。殊に半年に一回「人口統計」というのを公表している、総務省統計局である。人口という言葉は「ヒトには口が1つしかない」という信頼の元で成り立っている。同じ地盤に成り立つ言葉として「口分田」や「口減らし」があるのだが、もし明日から人類の口が二つになったら「人口の半分統計」「口の半分田」「倍口減らし」と言い直さねばならない。特に人口統計は1920年からやっているそうだからおよそ100年分の書類を手直しする必要があり、その仕事量は想像を絶する。口が災いの元である。


お役所も忙しいからそんな風にテキスト量を増やしたくない。そこで人間に一つしかないモノと言えば…以下は国会で発言する議員の声であります。


「ええと、つまりなんでしょう、人に一つしかないモノ、と言いますとまァなんですか、アレ、ということになりましょうね。ええ。(アレってなんだという野党の意地悪な質問に答えるため、もう一つの口が)まったくそんな子供じみた事を言うから万年野党なんだ」


「まァ、ほらじゃあ男性は一本、というか、えと、その辺にしといて女性は…(もう一つの口で)一箇所、ですかねェ(ここで女性議員から非難の声が飛ぶ)」


以上は私の言でなく国会で発言する議員、ひいては官僚の意見であるから私を軽蔑するとかはお門違いである。


私が言うならまあ人頭、ということになるだろう。記憶では最初の人頭税を徴収したのは古代ローマ帝国だったように思う。訳のニュアンスがどうなっているかは分からないが昔の人は口が二つ分かれる可能性を考慮して頭の数で数えたに違いない。今後は頭数で数えていくべきだろうと思う。(野党からベトちゃんドクちゃんはどうなんだ、という野次)


そういえば「匹」という漢字は「匹敵」という言葉が示すよう、二つというニュアンスを内包していた気がする。やはり考える動物である人間には「頭」が似合う。


ここまで考えて満足しきりの私に向かって、目の前の友人の口が「お前はどう思う」と動いた。恋愛相談なぞ聞いていなかった、とは口が裂けても言えないと思った。

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ウーロン茶に騙されている。 梅花藻 @Shigepedia

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