免許合宿紀行 2日目 「不自由学校」

松江で迎えるはじめての朝。

匂いの違う空気。

知らない壁。


疲れていたので寝付きはよかったし、寝苦しさに目を覚ますこともなかった。

だが、快い眠りでもなかった。

枕が合わない。


とりあえずと、テレビの電源をつけた。

人の声が欲しかった。

そして、情報が欲しかった。


私は、情報中毒者なのだ。

休日は部屋に引きこもり、一日中ネットのニュースにかじりついていることが殆どだ。


テレビでは、数日前、島根県西部を襲った豪雨被害についてが報じられていた。

原稿を読む声に耳を傾けながら、いそいそと着替え、朝食を摂るため部屋を出た。


朝食は、ホテルのレストランでのバイキング。

7時から9時までの間なら、自由に好きなだけ食べることができる。

とはいえ、送迎バスの時間があるので、あまりゆっくりしていくことはできない。


スクランブルエッグやソーセージなどを大皿に適当に盛り付ける。

島根県らしさを演出していたのは、松江の西にある宍道湖の特産品であるしじみを使った、"しじみご飯"くらいで、

それ以外は、特徴という特徴のない、ごく普通のビジネスホテルの朝バイキングであった。


テレビが観える席に腰を下ろし、時間を確認してから、食事を始める。

スクランブルエッグを一口し、取り過ぎたことに後悔する。


スクランブルエッグは、ビジネスホテルでよく現れる、どろどろのアレだった。

美味しくない以上に、何をどうしてこうなるのか、考えさせられるアレだった。

とはいえ、取った以上は残せない。

無心で食べた。


お腹を一杯にして自室に戻り、再びテレビを付けた。

一方的に伝えられていく情報を左から右に聞き流しながら、忘れ物がないかを確認。

プライベートな空間は素晴らしく落ち着く。

時間いっぱいまでねばりつき、しぶしぶ部屋を出た。


ホテルのエントランスには、既に人影が幾つかあり、その中には、覚えのあるものもあった。

待つ人の群れに同化し、安心する。


8時50分、時間通りにやって来た送迎バスに名前を告げて乗り込む。

それから、10分ほど揺られ、自動車学校に到着した。


自動車学校に到着して、まずすることは自動車学校から"教習原簿"を受け取ること、

そして、予約スケジュールに応じて"配車券"と呼ばれる伝票を発行することである。


"教習原簿"とは、自動車学校、教官、教習生、三者の間で教習状況についての情報をやりとりするための連絡票であり、成績表である。

"配車券"とは、技能教習に必要となる教習車の予約を確認するための予約伝票である。


ここで想定外の事態が発生した。

教習原簿に添付されている"教習予約スケジュール表"が一部書き換えられていた。

書き換わっていたのは、今日ではなく、明日の教習予約であったので、慌てて何かをする必要はなかったが、

一方で、それは喜ばしいものではなかったので、気落ちした。


具体的には、8時限目に入っていた技能教習が1時限目に、

12時限目に入っていた技能教習が3時限目に前倒しされていた。


結果、どういうことになるかといえば、ホテルを出る時間が1時間早くなり、そして、起床時間が1時間早くなる。

対価として、帰る時間が1時間早くなるのだが、それでも、ため息をつきたくなる。

朝の時間は、どうしようもないくらいに、貴重に感じられるものだ。


とはいえ、抗う術はない。

どうしようもないことに、気持ちを向けても仕方がない。

気を取り直して、教室へと向かった。


2時限目(9時20分~10時10分)

学科教習第1段階8 【4時限目】

項目9 「安全の確認と合図、警音機の使用」

項目10 「進路変更など」


「安全の確認と合図、警音機の使用」では、バックミラーの死角、手信号、警音器の使用方法についての教習が、

「進路変更など」では、進路変更、横断、転回、割り込み、横切りについての教習が行われた。


知らないことは多かったが、一方で、特に考えさせられることもなかった。

睡魔に襲われることもなく、なんなく学科教習は終わった。


午前の教習は、これで終わりだった。

が、あまり気は休まらない。

午前にゆとりがあるということは、午後はゆとりがないということに他ならない。


技能教習の時間は、仮運転免許の取得までは、1日に2時限までと定められている。

裏を返せば、最短で免許を取得しようとするのならば、1日に2時限は必ず、技能教習を受けなければならないということである。

午前中に技能教習が入っていなければ、必然的に午後に技能教習が入っているというのが原則である。


(より詳しく知りたい方は、こちらの記事をご拝読をください)


ただこの日だけは例外で、技能教習が1時限である代わりに、"運転適性検査"が入っていた。

「運転適性検査」についての詳細は後述する。


とにかく、学科教習が2時限、技能教習が1時限、適性検査が1時限、そして、仮免学科試験に向けた模擬試験が2時限。

7時限目から12時限目、14時20分から20時10分まで、予約スケジュール表には、みっしりと文字が詰め込まれていた。


午後は忙しい。

それは事実だが、現在はまだ、10時10分であり、14時20分まで、4時限の空白があった。


自動車学校の待合室で漫画を読んで時間をつぶすという選択肢はない。

予約しておいた送迎バスに乗り込み、ホテルへと戻り、自室に荷物を置き、自転車を借りた。


見知らぬ街へ、颯爽と漕ぎ出す。

風が最高に快い。

薄曇りだった空は、青く晴れ渡っていた。

時間は限られている。

それでも自由を感じた。


進路は北西。

距離は1キロメートル。

市街の中心に聳える松江の象徴へと舵を取る。


石畳が敷かれた運河沿いの道を抜けると、眼前に特徴的な建造物が現れる。

島根県庁である。

象徴といえば、象徴であるが、目的地はここではない。

顔を上げ、視線をやる、木々の緑の合間から微かに天守が覗いた。

そう、松江観光の始まりに選んだ場所は、"松江城"に他ならない。


島根県庁の東側、南北に伸びる道を北に走ると、間もなく、視界が開け、松江城の堀と石垣が現れた。

駐車場に入り、自転車を停められそうな場所を探しながら、ふらふらと走っていると、案内係の人が駐輪場の場所を教えてくれた。

どうやら、駐輪場は松江城の石垣の内側にあるらしい。


自転車を降りて、矢印に従って歩いて行くと、瓦屋根の長屋が二つ並んでいて、その間を抜けると、駐輪場があった。

駐輪場は、駐輪場と書かれた看板が立っているだけで、他には何もない芝生なのだが、とにかく、ここに停めろということらしい。


自転車に鍵をかけて、いざ天守へ。

ひたすらに石段を登った。

自転車に乗っている間は、風のおかげで暑さを感じなかったのだが、歩き始めると陽射しの強さを意識させられる。


天守への入り口である一ノ門に辿り着く頃には、じっとりと汗をかいていた。

門をくぐり、本丸に入ると天守の全貌が姿を現す。

城の中にある、小さな城。

それが松江城の天守の印象だった。


天守の前では、侍装束を纏った係員が撮ったり撮られたりしていた。

1枚お願いしようかとも考えたが、あれこれ迷った末、やめておくことにした。


入場券を購入し、天守の入り口へと歩いた。

一歩中に入ると、土足禁止の看板と靴箱が待ち構えていた。


観光施設、特に寺社仏閣においては、土足禁止の場所は少なくない。

そういった場所を巡っていれば、必然的に、日に幾度となく靴を脱ぎ履きすることになる。


脱ぎ履きしづらい靴を履いていれば、それだけで、旅先での貴重な時間の浪費につながってしまう。

以前、サイドジップのないミリタリーブーツを履いて観光地を回った時は、それはもう脱ぎ履きに苦心した。


歩き回ることを考えれば、しっかり足と靴を固定できる歩きやすい紐靴を履いていくことは、間違いではない。

だが、それでも、幾度となく靴紐を結び直すのは、それなりに時間と手間がかかる。


だから、私は旅行の時は、留め具を引くだけで、ストラップを締め上げることができるクイックレースという構造が採用されたトレッキングシューズを履いていくことにしている。

スムーズな脱ぎ履きと、紐靴と遜色ないフィット感を実現し、さらに、靴紐の結びに失敗することも、靴紐がほどけることもない。


さっと靴を脱ぎ、靴箱へと放り、スリッパに履き換え、天守を登りはじめる。


天守の内部は、博物館になっており、陽射しが差し込む暗がりの中に所狭しと松江城縁の遺物が展示されていた。

順路を示す矢印に従って、ぐるぐると回りながら、上へ上へと登っていく。

鯱、屏風、鎧、刀、かつての松江城と城下町を再現した縮尺模型、その他のあれやこれや。

何を視たかは覚えていている。

しかし、読んだはずの説明書きは、あまり覚えていない。

そんなものだろう。


兎に角、それなりに真面目に展示物を鑑賞し、そして、ついに天守最上部の望楼へと至る。

望楼からは松江市内が一望できた。

一望できたが、土地勘がないので、景色の中にある一つ一つが何かなど解らない。

なので、ただなんとなく、高いなぁとか、いい景色だなぁとか、漠然とそんなことを考えていた気がする。


天守を出ると、まず時間を確認した。

時間がないわけでもないが、あるわけでもない。

ただ、天守に長居し過ぎたこともあって、想定より時間を使っていた。


周辺の観光地図を取り出し、腕時計に内蔵されたコンパスで方角を確認し、歩き出す。

第二の目的地は、松江城に隣接する観光施設"松江歴史館"に決めた。

駐輪場に戻り、自転車を回収すべきか迷ったが、歩いていくことにした。


先刻、天守の前で、撮ったり撮られたしていた侍とすれ違ったので道を確かめた。

「冷房が効いていて気持ち良いでござるよ」 そんな侍の言葉におかしくなった。

気のいい侍にお礼を言って、石垣沿いに伸びていく道を再び歩き出した。


陽光を湛える石垣の白と繁る木々の緑。

そして、陰影。

透明な夏の空気に映える和の風景に快い。


堀川に掛かる橋を渡り、松江城として区切られた空間から抜け出した。

だが、すぐに現代的な灰色の景色が広がるわけではない。

それがとてもいい。

松江城だけで完結するのではなく、松江城と周辺地域一帯とが一体となり、一つの観光名所を形成していた。


感慨にふけりながら地図を確かめる。

眼前にある白い漆喰の壁に囲われた巨大な和風建築物が、正に目的地である松江歴史館であった。


松江歴史館の中は、侍の言葉通り、涼やかな空気に充ちていた。

天井は高く、広々としており、明るかった。

そして、土足禁止だった。


ささと靴を脱ぎ、靴箱に置き、受付に向かうと和装の女性が笑顔で迎えてくれた。

展示室以外は無料という話だったが、是非もない。

ここまできて展示室に入らないという選択肢はない。


入館料を支払い、まずは基本展示室に入る。

基本展示室では、西暦1600年前後、江戸時代初期に成立した松江藩の歴史についての資料が展示されていた。


まずは響いてきた声に誘われるがままに、正面の薄暗い空間へと進み、映像展示を鑑賞した。


松江城の築城と城下町の形成について、歴史ドラマ風に描かれた映像資料が上映されていた。

歴史に興味があるとは、とても言えない私だが、退屈することなく最後まで視聴できたのは、それが映像作品として優れていたからであろう。

松江城に登る前に、観ていれば天守から望む景色も変わっていたかもしれない。


次いで、甲冑、掛け軸、そして、ジオラマ、あれやらこれやらを鑑賞しながら、室内を歩き回った。


印象に残っているのは、江戸時代の春夏秋冬の献立を再現した食品サンプルの展示である。

色とりどりのおかずが並べられた食膳。

それは現代の食事と比較しても遜色のないもので、400年前から、松江が豊かで先進的な土地であったことが感じられた。


基本展示室を出て、広く高く光にあふれるロビーに戻り、一息。

併設されている喫茶店に視線がいく。

座ってゆっくりしたい。

が、そんな時間はない。


誘惑を振り切り、もう一つの展示室に視線をやった。


松江歴史館には、二つの展示室があった。

松江の歴史資料を常設展示する基本展示室、

そして、その名の通り、時節によって異なる様々な企画展示を行う企画展示室である。


企画展示室の入口は、なんというか、異様だった。

遊園地のアトラクション、或いは、学園祭のために飾り付けられた校門。

そこには、歴史館然としていないアニメチックなキャラクターが躍動していた。

そして、そのアニメチックなキャラクターには覚えがあった。


企画展示の名称は、「吉田くんプロデュース 小泉八雲“KWAIDAN”の世界」であった。


"吉田くん"とは、『秘密結社鷹の爪』の"吉田くん"である。

『秘密結社鷹の爪』とは、世界征服を企む秘密結社"鷹の爪団"と、その構成員の日常をコミカルに描いたフラッシュアニメーション作品である。

『秘密結社鷹の爪』の総監督"FROGMAN"氏は、島根県で知り合った女性と結婚し、それを機に島根県へと移り住んだ島根と東京のハーフである。

総監督FROGMAN氏の意向により、吉田くんは作品内において「島根」という台詞をことあるごとに読まされ、

ついには島根県の偉い人に見つかり、島根県庁から"しまねSuper大使"に任命されてしまう。

しまねSuper大使となった吉田くんは、島根県内にある土産物屋に行けば、どこでもグッズが販売されているほどの島根のアイドルとなってしまった。


以上が、島根県と吉田くんと『秘密結社鷹の爪』のあれやこれやについての基礎情報である。


全国区での知名度があり、また島根とも縁のある『秘密結社鷹の爪』という作品が、松江歴史館の企画展示に協賛するというのは、

これらの事情を知っていれば驚くことも、首を傾げることもないことなのである。

だが、その時の私は、『秘密結社鷹の爪』という作品を何話か観たことがあるだけの普通の人だったので、やや首を傾げてしまった。


とにかく、中に入らないという選択肢はない。


企画展示室に入ると、まず記念撮影のために並べられたであろう等身大パネルが迎えてくれた。

ただ、撮影のための空間であるのに、やや薄暗く、撮影がしづらそうなところは気になった。

あまり明るくし過ぎると"KWAIDAN"という、企画に反するという判断があったのか、或いは、単に電球が切れていただけかもしれないが、

とにかく些細なことだ。


少し進むと、企画展示のために制作された『秘密結社鷹の爪』のオリジナルショートアニメーションが、幾つかのブースにわけられて上映されていた。

歴史資料館に来てコメディアニメを鑑賞するというのは、正に想定外で、なんとも奇妙な感覚だったが、とにかく鑑賞することにした。


感想から言えば、とても面白く、とてもよく出来ており、島根という神話の舞台、そして、"小泉八雲"という人物に興味を抱かされた。

ちなみに、お世辞ではない。


映像展示の概要は、企画展の名としても掲げられている松江市縁の文筆家である小泉八雲の著書『KWAIDAN』で描かれた怪談を紹介したり、

縁の地を訪ねたり、或いは、島根県の観光地を紹介したり、といったものだった。


私は学のある人間ではないので、小泉八雲という人物に覚えはなかったのだが、

"耳なし芳一"、"雪女"、"ろくろ首"、映像展示の中で紹介される物語には、憶えがあった。


いつか何処かで聞いた懐かしい怪談、テンポよく展開される『秘密結社鷹の爪』らしいコメディに気づけば引き込まれていた。

次から次へと物語を追って上映ブースを転々とした。

暇で仕方がないわけではない。

寧ろ、時間はない。

それでも、展示されていた全ての映像を鑑賞してから、席を立った。


次いで、室内に特設された"怪談の館"(お化け屋敷)をびっくりしながらも、それなりに颯爽と抜け、企画展示室を後にした。


最後に、エントランスで企画展に連動して行われているという「まちあるきイベント」、 "吉田くんと巡る怪談の地ラリー"と"鷹の爪団の松江ゴーストハンター"の参加用紙を、その気はなかったが、とりあえずと受取り、「松江歴史館」を出た。


失礼ながら、松江城の近くにあったからというだけで、何の気なしに寄った松江歴史館であったが、

基本展示、企画展示、共に面白く、有意義な時間を過ごせた。


松江に来た時は、まず松江歴史館に足を運ぶことをおすすめしたい。


外に出て、時刻を確認すると、送迎バスの時間が迫っていた。

時間切れである。

急いで、自転車を回収し、ホテルへと走った。


ホテルに戻り、自室で一休みし、気持ちを観光モードから教習モードへと切り換える。

観光も、教習も、しっかりやる。

どちらかではなく、両方やる。

でなければ、此処に来た意味がない。

此処にいる意味がない。


エントランスに降りて、送迎バスの到着を待った。

13時40分、到着予定時刻になったが送迎バスの姿は視えない。

10分後であっただろうかと、予約の時刻を疑った。

13時45分、バスはまだこない。


不安になったので、傍にいた2人の若い男女に声をかけた。

私も、若いつもりだが、2人はそれよりも若い。

大学生だろう。


合宿参加者であることを確かめ、とりあえず一息。

予約の時間を確かめ、もう一息ついた。


合宿に来てから、何日が経ったかを尋ね、それから、送迎バスはよく遅れるのかを尋ねた。

送迎バスは、滅多に遅れないとのことだったので、それならば、なんらかの行き違いがあったのだろう。

13時50分まで待って、それでも送迎バスが現れないようなら自動車学校に連絡するということで話は纏まった。


それから、合宿の先人である2人に少し話を聞いた。

運転についての問いには苦い笑いが、模擬試験についての問には甘い笑いが返ってきた。

結局、13時50分になっても、送迎バスは現れず、一緒に待っていた女性が自動車学校に電話をかけた。


7時限目(14時20分~15時10分)

仮免許学科模擬試験 【1回目】


自動車学校に到着し、教室に入ると、既に模擬試験は始まっていた。

視線がこちらに集まったが、気負うことはない。

送迎バスが時間通りに来なかったことは、私のせいではない。

加えて、先刻、模擬試験についてのあれこれを聞いていたので、1回逃したところで、どうということはないということも解っていた。


教官の指示に従い、解答用紙、赤のボールペン、青のボールペンを取り、空いている席についた。

青のボールペンで解答するように、問題用紙には書き込みを行わないように、

といった模擬試験についての説明があってから、問題用紙が渡された。


解き始めるが、解らない。

というか、知らない。

知らないので、解けない。


仮免許学科試験は、学科教習10時限で習った範囲から出題される。

模擬試験もそれに準ずる。

この時点で受講している学科教習は4時限なので、受講していない6時限の範囲から出題された問題は解けるはずがない。


とにかく、知っている問題。

常識で正否を判断できる問題。

それらを慎重に解いていった。


それなりに解けているような気がしたが、最後まで解くことはできなかった。

時間切れである。


35問を解き始めたあたりで、号令が掛けられ、青のボールペンが回収される。

次いで、解答が配られ、赤のボールペンで自己採点を行うように指示された。


解答を配り終えると、教官が話しを始めた。


ボールペン、問題用紙、解答用紙、解答は全て回収するので、何も持ち帰ることはできないこと、

今この部屋で、間違えた問題を確認し、必要であるならばメモを取り、同じ問題を間違えないようにすること、

といった模擬試験の規則が確認され、それから、指標となる点数について触れられた。


合宿2日目の目標点数は35点。

合宿3日目の目標点数は40点。

合宿4日目以降は目標点数は45点。


仮免許学科試験がある9日目までに、仮免学科試験の合格ラインでもある45点以上を最低でも一回は取っていなければ、

仮免学科試験を受験できないとのことだ。


話を終わると教官は、解答用紙の回収受付をはじめた。

自己採点と復習が終わった者から、解散用紙を教官に提出し、各自解散という流れになっているようだ。


ちなみに、合宿2日目である私の点数は25点であった。

時間がなかったことを鑑みても、なんとも微妙な点数である。


とにかく、間違えた問題、正解はしたが理解していない問題を確認することにした。

問題の半分以上を確認しなければならないだけに、それなりに時間が掛かる。

教習生が次々と立ち上がり、教室を出て行くが、競争ではないことは解っているので、どうということもない。

黙々と確認を続けた。


顔を上げた時には、教室にあった教習生の姿は、殆ど残っていなかった。


まだ合宿2日目、まだ受講した学科教習は4時限。

焦りはない。

教官に25点を申告し、教室を出た。


8時限目(15時20分~16時10分)

学科教習第1段階10 【5時限目】

項目13 「運転免許制度、交通反則通告制度」

項目14 「オートマチック車の運転」


「運転免許制度、交通反則通告制度」では、運転免許の種類、運転できる自動車の種類とその分類基準、仮運転免許、

運転免許の有効期間と更新と失効、運転免許点数制度などについての教習が、

「オートマチック車の運転」では、オートマチック車特有の挙動についての教習が行われた。


「運転免許制度、交通反則通告制度」の項についての教習は、

運転免許を取得することによって、課される責任と面倒をあらためて、実感させられるもので辟易した。


同時に、運転免許制度に管理社会的側面をにわかに意識してしまった自身を苦く笑う。

自宅に投票用紙が届く時点で今更な話ではある。

ちなみに、私は無政府主義者ではない。

ただ近未来を描いた映画やアニメが好きなだけである。


9時限目(16時20分~17時10分)

運転適性検査


7時限目の模擬試験、8時限目の学科教習をそつなくこなし、そして、9時限目の運転適性検査へと向かう。

休憩時間中に、携帯電話会社のサポートセンターに電話をかけ、8月中のデータ通信プランの変更を申請していたため、

危うく遅刻しそうになったが、なんとか間に合あった。


席につき、運転適性検査の説明に集中する。


運転適性検査とは、"株式会社電脳"という組織が制作している"OD式安全性テスト"というものらしい。

如何にも怪しげな名称の組織であるが、全国の教習所で採用されている実績ある運転適性検査であるそうだ。


ちなみに、OD式安全性テストの"OD"とは、株式会社電脳の創業時の社名である"大阪電子頭脳センター"の

"O"と"D"をとってつけたものであり、同時に"Danger"を"0"にするという、とってつけたような意味もあるそうだ。


とにかく、あれやこれやの説明が終わり、検査が開始される。


検査は、設定された解答時間の中で問題を解き、解答の速度と正確性を問う、といったものであり、

幼い頃に受けた"IQテスト"、或いは、就職試験などで利用される"SPIテスト"を想起させるものだった。


悪い結果が出ようと、自動車学校を卒業できなくなることはないとのことなので、そういう緊張はなかったが、

良い結果を出そうと、その気になっていたせいか、設問の1つで同じ段を2度問いてしまうという大きな失敗をしてしまう。


正確に判定されないのか、そういったことを織り込んだ上で判定されるのか、

いずれにせよ、どうにもならないので、ため息をつきながらも、結果を受け入れることにした。


9時限目(16時20分~17時10分)

技能教習 第1段階 【3時限目】【模擬】

項目1 「車の乗り降りと運転姿勢」

項目2 「自動車の機構と運転装置の取扱い」

項目3 「発進と停止」

項目4 「速度の調節」

項目5 「走行位置と進路」


適性検査の後には、技能教習が控えていた。

技能教習とは言っても、シミュレーターを使用した模擬運転教習であったので、特に緊張はしなかった。


機械音声の言われるがままに、操作を繰り返していると、いつの間にか教習は終わっていた。

昨日の模擬運転教習を受講した時よりかは、スムーズに身体を動かせたような気がして、ほっと息をつく。


繰り返していれば、身体は覚えていく。

趣味であるランニングやサイクリングを通じて、経験していることではあったが、あらためてそれを実感した。


11時限目(18時20分~19時10分)

仮免許学科模擬試験 【2回目】


11時限目には、再び模擬試験が待ち構えていた。

とはいえ、特筆すべきことはない。

解答し、採点し、間違えた問題を確認する。

それだけである。


最後まで問題を解くことができたこと、教習のなかった10時限目に少し勉強したことが手伝って、点数を35点まで伸ばすことができた。


12時限目(19時20分~20時10分)

学科教習第1段階5 【6時限目】

項目5 「緊急自動車等の優先」

項目7 「安全な速度と車間距離」


「緊急自動車などの優先」では、救急車をはじめとする緊急自動車が接近した時の対応、路線バスへの対応、専用通行帯についての教習が

「安全な速度と車間距離」では、規制速度、法定速度、速度とそれに伴う停止距離、車間距離、ブレーキのかけ方、徐行についての教習が行われた。


印象に残っているのは、「安全な速度と車間距離」の項で学んだ、正しいブレーキのかけ方である。


ブレーキを軽く踏み、ブレーキランプを灯し、後方を走る車に減速する意志を伝えてから、ブレーキをかけていくというのが、正しい方法である。


モータースポーツを題材にした漫画などで描かれる限界までブレーキを踏まず、最後の最後で強くブレーキをかけるという方法は、 レースで速く走る方法としては正しいのかもしれないが、一般道で安全に走る方法としては正しくないのである。


漫画を真似しようなどという気はさらさらなかったが、一方で、後方を走る車に知らせるという意識は欠落していたので、なるほどと頷かされた。


一日の最後の枠である12時限目の学科教習を受講し、

そして、合宿二日目に予定されていた全ての教習が終わる。


開放感に心が躍る。

同時に空腹にお腹が踊った。


送迎バスに乗り、ホテルへと帰る。

自転車を借りるつもりだったが、エントランスの傍に、いつも停めてある自転車の姿はなかった。

フロントで確認すると、やはり既に貸出中であった。


仕方ないので、歩いていくことにする。

目的地は、ホテルから400メートルほど離れた場所にある飲食店である。


夕食券が使える飲食店は市内に16店舗あるが、ラストオーダーが20時から21時の間に設定されている店が少なくないため、 ホテルに帰ってくる時間が遅いと、選択肢は半分以下になってしまう。


閉店の間際に店に入るのも気が引けるし、ゆっくりと食事をしたいという気持ちもあった。

そんなわけで、唯一ラストオーダーの時刻に記載がない、その店に行くことにしたのである。


言うまでもなく、ホテルのレストランで食事をするのが、最も楽ではあるのだが、

外に食べに行く元気があるのに、行かないというは勿体ない気がした。


颯爽と歩き出し、そして、迷った。

渡された地図が解りにくいということが解った。

部屋に戻ったら、まずスマートフォンのマップアプリに夕食券が使える飲食店の場所を登録しておこうなどと考えながら、

夜の街を彷徨い、なんとか、店の前へと辿り着いた。


運河のほど近く、橙色の明かりに小さな店がにじんでいた。

ラストオーダーの時刻に、何故記載がなかったかを理解する。

店は飲み屋であった。

バーであった。


扉を開くことに気負いはない。

こういう店には、免疫があった。


店に入り、カウンターの端に座り、夕食券を示す。

料理を出すまで時間を頂きますが構いませんか、といった断りを入れられる。

店は混んでいた。

店を出るか悩んだが、心の中で詫びを入れながら、居座ることにした。

構わないと答え、専用メニューを受取り、たっぷりと悩んでから、前菜に生ハム、主菜にオムライスを頼んだ。


狭い店舗、やや汚いキッチン、こだわりの料理、中々に男前のバーテンダー。

かつて働いていた、現在はもうない場末のバーを想起させられる。


折角なので、何か頼もうと考えたが、好みのウイスキーはなく、カクテルを頼んで仕事を増やすのも気が引けたので、本棚に置いてあった小説を読んでいることにした。

そういえばと、明日朝一番で技能教習があることに気づき、ウイスキーがなかったことに感謝した。


文字と目の前で完成していく料理の間で、視線を彷徨わせながら、気長に待った。

20分ほど経って、ついにオムライスが姿を表した。


電球の灯りをてらてらと湛える美しく滑らかな黄色い山が楕円の白い皿の上で揺れていた。

上品ではない。

にんにくがかなり効いており、油も多く、優しい味わいではない。

が、うまい。

疲れていても、酒に酔っていても、しっかりと感じられるような、強い味のオムライスだった。

無言でがつがつと口へと運んだ。


皿の上を平らかにし、デザートのアイスで一息。

一言二言、言葉を交わし、席を立った。

一杯も頼んでいないのに、長居をするというのは、どうにもはばかられた。


ホテルを目指して、堀川に沿って歩いた。

ふと、旅先で知らない夜道を一人歩いているという状況を顧みる。


ルーマニアで起きた殺人事件、韓国で起きた行方不明事件、

インターネット上で話題となった旅行中の大学生が犠牲者となった二つの事件のことが脳裏を過る。


人通りのない道を一人でふらふら歩ける日本は、やはり平和な国なのであろう。

とはいえ、ここが日本であろうが絶対に安全なわけではない。

少しは気を使おうと反省し、明るい道に入った。


客引きに捕まることもなく、ホテルに戻り、フロントに行くと荷物が届いていることを伝えられる。

鍵と共にダンボールを受取り、部屋へと運んだ。


開封するまでもなく、ダンボールの印刷から中身は解った。

昨夜「Amazon」で注文した「ソルティライチ」である。


ダンボールを開け、3本を冷蔵庫に放り込み、それから、全身に染み付いたにんにくの匂いを洗い流すべく、しっかりとシャワーを浴びた。


ノートパソコンの電源を入れ、そして、オンラインゲームのクライアント起動する。

まだ冷えていない「ソルティライチ」を飲みながら、何処かの彼方にいる友人たちと会話を楽しんだ。


■本日の支出■

松江城天守 登閣料(観光パスポート提示により団体料金)

440円


松江歴史館 入館料(観光パスポート提示により団体料金)

400円


合計

840円


■本日のチェックポイント■

松江城天守

①松江歴史館

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