マッチ売りの少女とぼく

霜月りつ

第1話

 マコトはずっと考えていた。


 どうしたらあのかわいそうな女の子を肋けてあげられるだろう?


 その子はパパもママもいなくて、いじわるなおじさんの言いつけで、寒い夜にマッチを売っているのだ。

 でもだれもマッチを買ってくれなくて、寒くておなかがすいて、最初に灯したマッチの大の中に暖かい暖炉を、次の火の中にごちそうを、そして最後のマッチの火の中に優しかったおばあさんを見て……、


 そして死んでしまうのだ。


 これはアンデルセンという人が作った「マッチ売りの少女」というお話で、幼稚園で先生がみんなに読んで聞かせてくれた。

 

 マコトはこの童話にとても腹を立てた。

 

 そんなのない、と思った。


 マコトはまだ五歳だったけれど、女の子がそんな目にあうことは絶対いけないことだと思ったのだ。


 マコトが今まで読んだお話は、いつも正直で弱い人が幸せになるお話だった。

 テレビでやるアニメだって、ゲームだってマンガだって、どんなに悲しいことが起こっても、最後には主人公は幸せになるのだ。

 怪獣は倒されるし、悪い宇宙人はやっつけられるし、アクマは滅ぼされていじめっ子は味方になる。


 なのにこれはなんてひどいお話なんだろう!


 幼稚園でそのお話を聞いて、ホントはその続きがあるんじやないのかって、先生にも聞きにいって、でもお話はそこで終わりだった。

「どうして!」

 マコトは足を踏みならした。

「どうしてマッチの火の中におばあさんがでてきたのに肋けてくれないの?」

 先生は困った顔をして、

「これはそういうお話なの」と言うだけだった。


 どうすればあの子を肋けられるのかな。


 マコトはお遊戯のときも、お昼ごはんのときもそのことを考えた。


 マッチを三つつけたらアウトなのか。だったら三つ目のマッチをつけないようにすればいいんだ。

 

 でもどうやってマッチをつけないようにしようか。


 お昼寝のときも考えていた。だから夢の中で「マッチ売りの少女」の夢を見た。




 

 暗い暗い中にその子はしやがみこんでいた。そしてマッチをつけようとしている。

「だめ!」

 マコトは叫んで駆け寄ろうとした。でも足がまるでプールの水の中にいるみたいにゆっくりとしか動かない。

「それつけちゃだめ!」

 でも「マッチ売りの少女」はそのマッチをつけるのだ。

 そうすると、火がたちまち少女に燃え移って、少女はまるで夏の花火みたいにパチパチ光りながら消えてしまったのだ。

 

 マコトはびっくりして起き上がった。

 

 心臓がドキドキしている。

 

 こんなことってない。なんてひどいお話なんだろう!

 

 

 

 

  夕方、ママがお迎えにきてくれた。

 ママの手を握って、マコトはもしママがいなくなって、自分がマッチを売ることになったらどうすればいいんだろうと思った。

 大体マッチなんてさわったことも、本物を見たこともないのに!

 

「マコト、スーパーに寄って帰るわね」

 ママはそう言ってお店屋さんの集まっているところへ向かった。

 たくさんの人があっちから来たり、こっちへ行ったりしている。


 え?


 マコトはびっくりした。

 

 その人たちの中に「マッチ売りの少女」がいたからだ。


「マッチ売りの少女」は、先生が見せてくれた本の挿絵と同じ服を着ていた。

 白いブラウスに赤いスカート、足は裸足で手にかごを持っている。


(マッチ買ってください)


(マッチ買ってください)


 でも周りの大人たちは誰も見えてないみたいに通り過ぎていく。


 マッチを!


 マッチを買えばいいんだ。

 

 そうしたらあの子はマッチをつけない。

 あの子がつけるマッチを全部買っちゃえばいいんだ。

 でもマコトはお金を持っていなかった。

 

 「ママ、ママ!」

 

 マコトは先を歩くママの手をひっぱった。

「お金ちょうだい! おねがい! アレ買って!」

 ママはマコトが急に大きな声をだしたのでびっくりした顔をした。

「なあに、マコちゃん。どうしたの? ガチヤガチヤなんかもう買わないわよ」

「ガチャガチャじゃないよ! そんなのもういらないよ! だからお願い、マッチを買って! あの子のマッチ、ぜんぶ買って!」

「まっち?」

 ママは不思議そうな顔をしてあたりを見回した。

「まっちってなんのことなの?」


「だからあの子の、」


 言ってからマコトは「マッチ売りの少女」の姿が見えなくなっていることに気づいた。

「ああ、行っちゃった! どこかへ行っちゃった!」

 マコトは駆け出そうとしたけれど、ママがその手をぐいっと引っ張った。

「ほら、ちゃんと歩いて」

「ママ、あの子がいたんだ。マッチ売りの子が」

「はいはい、また今度ね」

「今度じゃだめだ、あの子、あの子が」


 マコトがどんなにわめいても泣いても、ママは手を離してくれなかった。

 マコトは「マッチ売りの少女」を助けられなかったことが悲しくて、侮しくて、わんわん泣きながらお店の前をママに引きずられていった。


 

 

 

 

 その夜、やっぱりぐずぐず鼻をすすってベッドに入ったマコトは、どうしても眠れなくて、時計がボンボンと時間を打つのを数えていた。

 

 十三個まで数えたとき、マコトは変な気がした。

 ずいぶん多いような気がしたのだ。

 

 マコトは起き上がってそっと子供部屋のドアを開けた。


 子供部屋の廊下はそのままテレビのある部屋に続いているはずだったのに、そこにあるのは外のような石の道だった。

 そして上には天井があるはずなのに星が瞬いている。

 いったいいつのまに家から天井や廊下が消えたのだろう?


 マコトはおそるおそる石の道に足を出してみた。


 石の道は白く光っていて遠くまで続いている。

 マコトがその道に両足をそろえて降りたとき、今でてきたドアもなくなっていた。

 マコトは怖かったけれど、仕方なくその道を歩き出した。




 少し歩くと前の方が明るくなった。小さな火が灯っているようだった。

 そしてソレを点しているのは女の子だった。

 白いブラウスと赤いスカート。手にはかごを。


「マッチ売りの少女」だ!


 マコトは走り出した。

 だめだだめだ、火をつけちやいけないんだ!

 「少女」の手元で火が消えた。次のマッチをつけようとしている。


「だめー!」


 マコトは「少女」の前に滑り込んだ。

「それつけちゃだめ! 死んじゃうよ! おばあさんは助けてくれないんだ!」

「でもわたしはおばあさんに会いたいの」

「だめだよ! 死んじゃうよ、死んじゃダメなのに」

「どうして死んじゃだめなの?」


「だって、」


 マコトはびっくりした。

 

 どうして死んじゃだめだって? だってそんなの決まってる。死んじゃったら、死んじゃったら。


「ボクが泣いちゃうから!」


 マコトはそう言って「少女」の体にしがみついた。

「ダメなのー! 死んじゃだめなのー!」

 マコトはわんわん泣き出した。

 

 暖かい暖炉もごちそうもあげられない。

 マッチも買ってあげられない。

 おばあさんにも会わせられない。

「マッチ売りの少女」のしたいことはなにもできない。


 マコトにはなんにもできない。


「ぼくはまだ子供だからお金ももってないし、ごはんも作れない。でも待ってて、大人になったらぜったいマッチを買うから。だから待ってて!」

 「少女」はマコトの体に腕を回した。

「ああ、あたたかい」

 そう言ってマコトをぎゅっと抱きしめた。

「暖炉よりあたたかい。ごちそうよりうれしい。おばあさんより会いたかった」

 そう言ってマコトのおでこに自分の額を押し当てた。


「ありがとう、マコトちゃん。マコトちゃんがわたしを助けたいとずうっと思ってくれていたから、わたしは生きることができるわ」

「ほんと? 死なない? マッチをつけない?」

「つけないわ。見て」


「マッチ売りの少女」が指差す方、白い石の道の上にたくさんの赤いスカートの「少女」たちが倒れていた。


「少女」たちはまるで雪みたいにどんどん星空から落ちてくる。


 ふわりと道に降り立つと、そのまま倒れ、そしてマッチの火のように燃えあがり、たちまち消えていくのだ。


「アンデルセンのお父様がわたしたちを作って、そしてたくさんの人に読み継がれて、そのたびにわたしたちは死んでいくの。でも」


 その中の一人が道に倒れたあとゆっくりと起き上がった。

 そのそばには別な女の子がいて、手に持ったお菓子を渡している。


「読んでくれた人の中に、わたしたちを助けたいと思ってくれる人がいる。そうしたらわたしたちは生きていくことができるの。わたしたちのために心から悲しんで、どうしたら助けられるかと考えて、ずっと覚えていてくれる人が」


「忘れないよ!」

 マコトは叫んだ。

「忘れるもんか!」

「ありがとう、マコトちゃん」

「マッチ売りの少女」はにっこりと笑った。絵本の挿絵の中には描かれていなかった笑顔だった。

 そうだ、あの絵本の「少女」はどのページも悲しそうな顔だった。

 マコトは初めて見る「少女」の笑顔にぽおっとなった。


 幼稚園のカナちゃんが一番かわいくてぜったい結婚するってチカイあったけど、やめてもいいかな……。


「わたし、もういかなくっちゃ」

「少女」が言った。

「どこへいくの?」

「お話の世界よ。わたし、そこでマコトちゃんのことを思っているわ。マコトちゃんが忘れないかぎり、ずっとそこで幸せに暮らすの」

「ほんと? 幸せになるの?」

「ええ、幸せになるの」


 それが本当のお話だ、とマコトはうれしくなった。


「よかった。ボク、必ずいつか会いに行くよ。大人になってたくさんお金を持って、マッチを買いに行くよ」

「ええ。でもお金はいらないわ。その時にはなにかすてきな童話を特ってきて。そしてわたしに読んでちょうだい」

「うん、ボクたくさんお話を読むよ。全部聞かせてあげるからね」

「マッチ売りの少女」はふわりと石の道の上に浮き上がった。すると、空から白い光が降りてきて、「少女」の体を包み込んだ。

「さようなら! さようなら!」

「少女」は白く光る灯りになって空に上っていく。

 周りを見るといくつもの白い灯りが星の中に昇っていった。

 ああ、こんなにたくさん、あの子を助けたいって思う人がいるんだ。


 マコトはうれしくなった。だから思わず声を上げて笑ってしまった。




「マコトちゃん、昨日、寝ながら笑っていたわよ」

 朝になってママがおかしそうに言った。

「なにか楽しい夢をみていたの?」

「夢じゃないよ」

 マコトは言った。

「夢だけど、夢じゃないんだ。ママ、今日幼稚園の帰りに図書館に行ってもいい?」

「いいわよ、何か読みたいの? 消防車の本かしら。鉄道の本かしら」

「お話の本がいい」

 マコトはにっこり笑った。

「たくさん、読むんだ。いつかあの子に話してあげなきやいけないから」


おしまい

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マッチ売りの少女とぼく 霜月りつ @arakin11

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