氷燦名

 マヒナちゃんがパパに着付けをしている。

「こちらが、魔王たるお方の必需品! 闇の衣になります! そして、これが絶望のかぶと。こちらは撃滅のつるぎでございます」

「いやぁ、いいんじゃないか。剣は。今から話し合いに行くんだし、敵意があると思われたらマズいんじゃないだろうか」

 面白いのは、かぶとはパパの角がちょうど出るような穴が開いていること。採寸をしたわけでもないのに、そういう魔法なのかな?


「何を仰います! 話し合いをするのにも、まずは相手の脅しに屈せぬ武力があらばこそ。陛下のお力であれば、大体の敵は一蹴できましょうが、敵はどんな卑劣な罠を仕掛けてくるやも分かりませぬ。何かあったとき、御身をよく守るでしょう」

 マヒナちゃんの言うことは本当だろう。

 闇の衣は、パパの耐久力を飛躍的に高めてくれる。その代わり、回復魔法にちょっと弱くなっちゃうみたいだけど、それを絶望のかぶとが補ってる。絶望のかぶとは回復魔法が効かなくなる代わりに、ほとんどすべての魔法を無力化の効果……かな?

 これだと、武器による攻撃ではダメージを受け続けることになるわけだけど、パパは超回復があるから、一撃でしとめられさえしなければ、大丈夫なはず。さっき、ケガが消えてるのを見てビックリしてたっけ。


 ──なぜか、私にはパパの力が分かる。

 パパだけじゃなく、幸四郎こうしろうも、マヒナちゃんも。ママだけはなぜか知らないけど分からない。もしかしたらそういうスキルなのかも知れない。


「じゃ、氷燦名ひさな。行ってくる。ママとコーシのこと、よろしく頼むな。──といっても、お前もまだ子供だ。無理はするな。何かあったらママを頼れ」

 そう言って、パパが大きな手で私をなでた。近所の子はパパのこと大きくて怖いっていうけど、私はパパのこの手が好きだ。


 幸四郎に連れられて、さっきの大広間に行く。

 大広間の正面の階段のすぐ下が、城の出入り口だったみたい。幸四郎と一緒に移動していたから、かなり奥深くに入りこまれたような気がしていたけど、一番高い塔も合わせれば最高13階まである城の、まだ2階部分だったわけか。


「ま、魔王陛下……!」「おいたわしや……」「我らがふがいないばかりに」

 城を出ると、USJでしか見たことないような変てこな姿の人たちがひざをついてしくしくと泣いていた。狼男や、背中に羽の生えた人、下半身が羊の……あれはなんていう種族だろう? 全員、体のあちこちに傷を負っている。


「い、いやいや。話し合いに行くだけですから。心配しないでください」

 パパがそういうと、変てこな姿の人たち──魔族はいっそう泣いてしまった。狼男なんか毛皮のすきまから肉が見えるほど背中をざっくりとやられているのに、それすらどうでもいいことのように、悔しそうにしている。


(え……?)

 狼男だって超回復があるはずでしょ?

 私の目にはそう見える。パパほどじゃないけど、たいていのケガならすぐに治るはずだ。となると、騎士には超回復をさまたげる攻撃があるってこと?


「パパ……っ!」


 止めようとしたけど、パパはもう迎えの馬車に乗り込むところだった。

 馬車って、白い布で出来たテントみたいなのを引いているやつを想像していたんだけど、車の部分は木製の小さな家みたいなしっかりした造り。ところどころ、金色の装飾もされている。


「じゃ、行ってくる」

 いつもお仕事に行くときのように、気さくな感じでそう言って、パパは行ってしまった。大丈夫……だよね? なんたって、魔王だし、あれほど強いんだから。


「……で、なんであんたがいるの?」

 さっきマヒナちゃんにチューされてた、キースペリとかいう騎士が、私たちと一緒に馬車を見送っていた。くりんくりんの赤毛で、多分、年は高校生ぐらい。全体的に雰囲気はチャラそう。びっくりするほど透き通った眼。


「まず、オレはあの馬車に乗れる身分ではない。そもそも、聖騎士の資格を失った時点で、オレの扱いはほぼ罪人と同じだ。再び聖騎士に戻るにも、神との契約を破った罪をあがなわなくてはならない。神へ奉仕する機会として、ジューリン様がこの城の監視をお命じ下さったのだ」

「へぇ、じゃ、あんたは敵なわけ」

「場合によっては、な。交渉が決裂したなら、敵になることもあるだろう。まぁ、そうなった場合、聖騎士としての力を失っているオレの命はないだろうがな」


 その言葉に、ちょっとこの騎士に対する評価を改めた。

 さっきは衝撃的なキスシーンを目撃してしまったから、チャラいやつだと勝手に思っていたけど……、死ぬかもしれないのに、ここに残っているんだ。


「まぁ、あんたを殺そうって話になったら、私が止めてあげるから安心して。これでも一応、魔王の娘だし」

 そうは言っても、さっきから魔族たちがギラギラと恨みのこもった眼をキースペリに向けているのが分かる。私の言うことを本当に聞いてくれるんだろうか。


「さぁさ! 怪我人を運び入れますよ。この城の防備を固めなければ。魔王陛下がいない間、我らがこの城を守らなければなりませぬ」

 マヒナちゃんが手を叩いて、みんなをせかした。


   ◆   ◆   ◆


「ハム魔ちゃんたち~! 全員集合~」

 マヒナちゃんがそう呼びかけると、大広間中を埋めつくす怪我をした魔族の間から、何やら小っちゃい動物たちが一斉に集まってきた。


「な、なにこの子たち? ……か、かわいい!」

 動物たちはみんな、魔法使いのおばあさんがかぶるような帽子をかぶって、マヒナちゃんを見上げている。ハム、つまりハムスターということなのだろうけど、日本で見たハムスターよりは目が大きい、猫やフェネックに似た顔立ち。それがちょこちょこ小さな足で歩いているのだから──可愛すぎる!


「ハム魔道士たちです。こう見えて、色んな魔法が使えるんですよ。最近では護身用として、皮袋に1匹入れておいたり……氷燦名さまも、1匹連れて行きますか?」

「え……っ、いいのっ!?」


 わーっ、わーっ、どの子にしようかな!

 名前は何にしよう?


「オレきーめたっ! オレこいつにする! おまえ、オレの弟だからハムゴローな!」

 幸四郎はちょっと気の強そうな顔をした子を選んだみたい。


「私は……、この子かな? 名前はそうね……ハム千代!」

 ハム千代はどこかおっとりした顔立ちのハム。


「ちよちゃん、ちょっと魔法を見せてくれる?」

 私がそうお願いすると、ちよちゃんはチィチィ鳴いた。それから──、


 ドパンッ!

 という音と、雷に似た閃光がして、マヒナちゃんから黒煙が上がっていた。


「ま゛」

 その一言を最後に、マヒナちゃんがぶっ倒れる。

 慌てて、ポッケからパパにも渡した能力値カウンターを出した。

「え、ちよちゃん、つよさ……3900!? マヒナちゃんの2倍もあるの?」


 と。

「ぐふん……」

 おかしな声をあげながら、マヒナちゃんが立ち上がる。


「……おそらく、魔王城から発せられる魔力を一時的に多く蓄えているのかと思われます。小動物は呼吸や鼓動が早いですからね。そのうち、身に余る分は漏れて、だんだんと平準化していくかと思われます」

 ハムちゃんたちは、この、鼻をヒクヒクさせている1回1回がひと呼吸なのだと聞いたことがある。マヒナちゃんが言うなら、そういうものなのかな?


 すると、マヒナちゃんがため息をついた。

「陛下が魔王城を復活させて下さったおかげで、この地に溜めていた、我らの魔力が解放されはじめているのです。今ならば、人間どもから奴隷のごとくコキ使われる日々を脱し、魔族の矜持と自尊を取り戻すことも容易いでしょうに。魔王陛下は話し合いで解決する、などと……」


「え、今なんて?」

 私が聞くと、マヒナちゃんは深々と頭を下げる。

「いえ、出過ぎたことを申しました。きっと、陛下におかれましては私などでは思い至らぬ深慮遠謀があってのことなのでしょう。それを……」


「ち、違うよ! そうじゃなくて! ……魔族さんたちって、奴隷のような扱いを受けているの? だって、マヒナちゃん、人間と交易もしてるって」


「ええ。確かに、交易はしております。我々の必需品を一手に独占され、奴隷のごとき労働で得たわずかばかりの金で、法外な値段で売りつけられる日々です。本来、魔族に“金”という概念はございませんでした。人間どもから渡される金を人間どもに払って、我らは日用の糧を得ております。魔力の一部を魔王城に封じている身では、武力によってそれを打破することも叶わず、陛下のご降臨だけが、我らの唯一の希望でありましたのに……」


 マヒナちゃんの説明に、急に背筋が寒くなった。

「そ、そんな! じゃ、パパはきっとカン違いしてるよ! 魔族と人間とは対等な関係なんだって! だから、話し合いで解決しに行ったんだよ!」

 それじゃ、まるきり話が違う。

 私はいてもたってもいられず階段を駆け下り、魔王城を飛び出した。

 大丈夫なの? パパ──。

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