無口な死神

「でやぁ~~~っ!」

 シャンヴィロンとか呼ばれていた男に、アメフト仕込みのタックルでぶつかっていく。だが、悲しいかな、鈍足・鈍重な壁役ラインマンだったオレのタックルは、先ほども超スピードを見せた男には軽々とかわされてしまう。


「なんのっ! まだまだぁっ!」

 幸四郎こうしろうは何とか逃げおおせたようだが、まだこの広間には氷燦名ひさながいる。少しでもオレに注意を引きつけて、広間から引き離したい。

 が──、


「んがっ!」

 今度は突進する間もなく、アゴに強烈な一撃を喰らった。

 先ほどのタックルを避けたのはただの様子見だったのか。シャンヴィロンはオレが何か動きはじめる前に、行動を開始し、そして終わらせることができるのだ。なんとも凄まじいスピードである。


 それでもオレは、突進を繰り返した。


「うおおおおっ、げふっ」

 わき腹に長い脚での蹴り。

 だが、こんなもんで止まっていては壁役ラインマンの名がすたる。


「い、1ヤードずつでも、押し込んでやる。アメフトマン、ナメんなよ……!」

 と、背中に鋭い痛みが走った。

 ナイフによって切り裂かれたのだろう。

「パパ!」

 氷燦名の鋭い悲鳴が響いた。


 氷燦名にハムみたいと言われた太い腕で、なんとか心臓は守っているが……、腹部を狙われたらまずいかも知れない。

「あ、あんた! オレの言葉は分かるか? さっきから分からんことだらけで後回しにしていたが、この世界のモンは、日本語、分かってるんだよな?」


「な、何語だって? お前が話しているのはさっきから、この地方の公用語オブフィセルだぞ? 若干、おかしな言い回しをしたり、妙な癖はあるが……」

 黒ずくめの男の代わりに、キースペリが答える。


「シャンヴィロン様は日々の信仰を示すという契約の他に、国中を魅了したそのお声をも神に捧げたのだ。城下の者はみな悲嘆に暮れたが、代わりに、シャンヴィロン様は神より聖爵せいしゃくを授かった。疾風のごとき速さを」

 どうも神の恩寵おんちょうとやらはする方法があるらしい。だが、今大事なのは、オレの話す言葉が、なぜかは分からないが相手に通じているということだ。


「なぁ、あんた! しゃべれなくても聞こえてはいるんだろう? オレがさっき、あんたたちの城を壊したのは謝る! この通りだ! こちらに戦う意志はない! どうか帰ってくれないか!?」

 瞬間、眼下に光るものが見えた。とっさに体を丸め、上半身をガードする。お次は両腕を一直線に切り裂かれた。


(──だが、反応できた)

 だいぶ、目が慣れてきたらしい。

 最高速だけなら、まさに瞬間移動の幸四郎の方が早い。その代わり、幸四郎が何度かジャンプするように駆け抜ける距離を、こいつは一気に移動する。動きだしからトップギアで、ほぼ減速することなく、この大広間程度なら縦横無尽に駆け抜けられるようだ。


「なぁ、本当だ! 信じてくれ、あれは事故だったんだ!」

 オレが叫ぶと、シャンヴィロンは少し思案顔を見せた。

 ──いや、その視線は氷燦名の方に向けられている!

(まずい!)

 オレが氷燦名の方を振り返るころには、シャンヴィロンは氷燦名の元へと到達していた。


(頼む、さっきのやつ──!)

 そう念じて右拳を突き出すが──、先ほどの光線は出ない。


 キイィィン!

 と、甲高い音がして、シャンヴィロンの刃は止まった。尻もちをついた氷燦名とマヒナが、氷の障壁の中でほっと胸をなでおろしている。


 だが、それも束の間。

 シャンヴィロンはひと息に広間の反対側まで跳躍するや、50mはあろうかという距離を一瞬で詰め、その勢いのまま氷の障壁に切り込んだ!


 ガリィッ!

 先ほどとは質の違う音がして、見れば障壁は半ばまで削れている。慌てて氷燦名が障壁を補修しているが、シャンヴィロンは再び跳躍。


「あめなめたっ! たっ! くそっ、なんで出ない!?」

 何度も両手を突き出しながら、氷燦名たちの元へと走る。オレが氷の障壁に到着するまでに、シャンヴィロンは3度さっきの体当たりを続けていた。

 もう今にも穴が開きそうな状態である。


「ハァ、ハァ……、やるならオレを先にやれ!」

 ようやく障壁の前にたどり着き、両腕を広げて仁王立ちになった。

「パパ! 私は大丈夫だから逃げて!」

「大丈夫だ氷燦名、お前は絶対にオレが守る」


 黒ずくめの聖騎士は首を鳴らしつまらなそうにしていたが……、チェンジ・オブ・ペース。やおらと構え、そして──、来る。


 あまりのはやさに、シャンヴィロンの体がトリモチのように伸びて見えた。ギラリと凶刃がきらめきを放つ。その切っ先は、オレの心臓を精確に狙っていた。


 しかし。

「ッ!?」

 鋭い刃物のようなシャンヴィロンの目が、今は驚愕に見開かれている。シャンヴィロンのナイフが心臓に到達する寸前、オレがその両腕をつかんだのだ。


 黒衣の聖騎士は瞬間的にバック走。それから、あの恐ろしいはやさを生み出す脚でオレの膝を、腹を、胸板を蹴り始めるが──、オレは両手を離さない。


「さぁ。交渉を始めようか。聖騎士の旦那。イエスなら首を縦に、ノーなら首を横に振るんだ。分かったな?」


 掴んだ両腕を強引に開いていくと、シャンヴィロンが膝をついた。


「何度も言っているが、オレは戦いを望まない。だが、オレの家族に被害が及ぶとなれば話は別だ。オレは脅威を全力で排除する。あんたらにゃぁ、それだけは分かっておいてもらいたい。──いいか?」

 精一杯、ドスの利いた声で問う。

 シャンヴィロンはギリギリまで首をそらし、嫌そうな顔をしていたが、諦めたように1度だけ、首を小さく上下に振った。


「よォシ。じゃ、あんたらの王に伝えろ。さっきのは事故だ。これまで通り、仲良くやっていきましょうとな」


「──その言葉、信じていいのですね?」

 と、その時、大広間の入り口の方から、冷たく澄んだ声が響いた。

 見ると、女みたいな顔をした金髪で長髪の優男と、オレより上背タッパのありそうな巨漢の2人組がこちらを見すえている。


「何百年かに1度のこととはいえ、こう何度も同じ地で復活をされていれば、我らとて対策の1つや2つ思いつこうというもの。魔族領の最深部に数十年かけて目立たぬよういくつかの隠れ里を作り、また兵を商人に偽装させ少しずつ潜り込ませておきました。今、山のふもとでは、魔王城にせ参じようとしている魔族らと、我々の兵とが激戦を繰り広げております」


「ほぉ。──で、あんたらは?」

「これは申し遅れました、魔王陛下。私は聖王国シンリュートにて騎士隊長を務めている聖爵せいしゃく騎士が1人ジューリン。これなるは我が同輩、聖爵せいしゃく騎士のバイスト。2人とも、今あなたに組み敷かれているシャンヴィロンの仲間にございます。──あなたはどうも、これまでの魔王とは趣きが違うようだ。もし、あなたが我らに危害を加えないことを約束して下されば、今すぐにでも兵を引きましょう」


「んお?」

 あれ、なんだかいい人そうだぞ。


「こ、これはご丁寧に……そういうことでしたら」

 どうもシリアスキャラは長続きしないようで、ついペコリと頭を下げてしまう。掴んでいた手を離すと、シャンヴィロンは凄まじい速さでバックステップし、ジューリンと名乗った優男のところまで駆け寄った。


「ま、魔王陛下っ!?」

 マヒナが悲鳴に近い声をあげた。

 ……いや、でもさぁ。ここに来てから、ようやくまともに話を聞いてくれそうな人が現れた、オレの気持ちにもなってほしい。


「どうでしょう? これから、聖王国へとおいでになり、我が王と直接お話になっては。これからの良き関係のためにも……。無論、魔王陛下のお心次第でありますが」


「や、それはそれは。大変ありがたいお申し出で……。しかし、私にも家族がいるもので、家族を置いて出るわけには」

「ご家族の皆様もご一緒でも構いませんが?」


 う~む、それはどうなんだろう? 友好的に接してくれているとはいえ、まがりなりにも停戦条約を結ぼうとしている、いわば敵国が相手だ。一触即発の事態にもなりかねん。

 かといって、こんなに簡単に聖騎士に入られてしまったこの城に置いていくのもマズいような気がする。


 と、オレが考え込んでいるとジューリンが新たな提案をした。

「では、こうしてはどうでしょう。今から、シャンヴィロンをふもとに走らせ、戦いを終わらせてきます。魔族の精鋭たちに、城の防備を固めさせては」

「え゛……、魔族って狼男やゾンビや吸血鬼でしょう? そんなやつらの中に家族を置いていって、何かあっては……」

 モンスターに対するイメージが貧弱なオレである。


 と。

「お、恐れながら、陛下! 我ら魔族は魔王に絶対服従。みすみす敵を城に入れてしまった我らが忠義をお疑いになるのは分かります。ですが、陛下のご家族に危害を加えようとする者など、ただの一兵たりともおるはずはございませぬ!」


 氷の障壁の中からマヒナがそう進言した。それから、見ていてかわいそうなほど肩を震わせながら、言葉を続ける。

「禁を破って、陛下のお話をさえぎりました。この罰はいかようにも──、お望みとあらば私の命であがなう所存にございます」


「は? いやいや! そんぐらいで殺したりはしないって!」

 びっくりして声をあげると、マヒナは感極まったようにオレを見つめた。


「分かった。とにかく、オレはその聖王国とやらに行ってみるよ。話をしてみないことには、何も始まらん。その間、オレの家族の世話を頼むぞ。特に、変な男は絶対に近づけるな。それが罰ってことで。分かったか?」


「あ、ありがたきお言葉……! このマヒナ、一命に代えても、お役目、果たしてみせまする!」

 と、マヒナはいちいち大げさだが……、まぁいい。

 ジューリンとともに広間の外に出ようとして、再び呼び止められた。

「あ、あの……、陛下?」

「なんだ?」


「もしや、そのお召し物で会談に向かわれるおつもりで? せめてお着替えになってはいかがでしょう。今のお召し物では、あまりにも安っぽ……い、いえ、血で汚れております」


 ふん、ユニクロで悪かったな!

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