バカはバカでも

 あなたは今、どこを向いているだろうか。

 北? 東? 寝そべっている君は上か?

 かくいう私は『うしろ向き』だ。どうだ参ったか。

 

 今まで書いてきたものを見ていると、私の印象は物おじしない破天荒なヤツに映っているかもしれない。

 だがそれは間違いだ。

 自慢じゃないが、私は人一倍打たれ弱い。

 頭で考える前に体が動く代わりに、いざ理性が戻ってくると、現実を思い知って盛大に落ち込むのだ。


 以前、小学校の児童会に選ばれた話をしたが、書記になった私は途端に自分の責務に飽き飽きしてしまった。

 ただ、そんな言い訳が通用するわけもなく、なるべくもう一人の上級生の書記へ仕事を押し付けて逃げていた。

 しかしある時に、先生から直々に児童会だよりを発行するよう頼まれた。もう一人の書記が修学旅行で不在だったのだ。

 特に難しい話でもない。ちょっとしたお題に沿った原稿を考えて、ささっと書くだけの簡単な仕事だった。

 それなのに私は仕事を拒否することに頑なになり、問題から目を反らし放置しつづけていた。

 期日は明日。それまでに、原稿をあげなければいけない。ではやればいい。それだけだ。

 私はなぜか、自宅の二階から飛び降りることを考えていた。

 ここから落ちたら死ねるかな? なんて思いながら。

 何がそこまで私を追い込んでいたかはわからない。ただ私の中に原稿を書くという選択肢はなかった。ひたすらに逃げる方法を考えていたのだ。

 それからはマヌケである。

 一思いに飛び降りるのが怖くて、屋根からぶら下がるようにしてなるべく地面に近い位置で、そっと手を放した。下は砂利だったので、裸足の足の裏が痛んだが、血の一滴も流れずピンピンしていた。

 私は泣きながら原稿を書き始めた。


 やりたいことはとことんやるが、やりたくないことはとことんやらない。

 やるくらいなら死んでやる、くらいに本気で思ってしまう。

 勝手に追い詰められ、もうだめだ、終わりだ、絶対無理だと決めつける。

 これがB型なのかと言われると、そうでもない。

 娘はB型だが、私が悪い方に考える『ネガティブバカ』だとすると、娘はいい方に考える『ポジティブバカ』なのだ。


 娘は今年、高校一年生になった。

 つまり昨年は受験生だったわけだが、これが大変だった。

 受験前の模試の結果は、合格率が四十八パーセント。確率二分の一以下の学校を志望していたのである。

 焦る親を尻目に、娘は全く焦る様子はなかった。

 受験当日も全く緊張すらせず、テレビで行われた速報で答え合わせをしても合格ラインにはかすりもしていなかった。

 私は滑り止めの学校への進学を覚悟していた。

 発表当日。私は直接学校へ見に行くつもりでいたのだが、周りで喜んでいる人たちを尻目に、トボトボと帰ってくる親子の姿を想像して、ネットでの発表を見ることにした。

 公開されるのは午前十時。娘は時間になっても起きてこなかった。自身のことだというのに、なんてヤツだ。

 私は意を決してページを開いた。そこには娘の受験番号が書いてあった。

 大喜びで娘を起こしに行って「合格したよ」と伝えると、娘は寝起きの不機嫌な声で、「知ってた」と答えた。

 自分が落ちるという想定を、ただの一度もしなかったというのだ。

 娘がこうだと思っていることは、大概実現してしまう。

 そのために努力をしているかといえば、そうには見えない。

 悪運がいいのか、ヤマがあたったのか。

 自分を信じ切ることで、何か言霊のような非現実的な力が働いているのだろうか。私にはそんなスピリチュアルな出来事が起きた試しはない。自分を信じ切ったことがないからだ。


 悪いことをあらかじめ想定しておけば、実際そうなったときにダメージが少ないだろうというのが私の持論だ。

 娘にしてみれば、悪い結果を考える時間そのものが無駄だということだ。

 どちらがいいかはわからない。

 しかし、一つだけ言えることは、『困ってことにならないよう、事前に精一杯頑張ること』が欠けているということだろう。

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