11話




3月27日 15時30分。

予定の時刻よりも1時間30分早く会議が始まった。


会議と言えば大袈裟にも思えるがミーティングにしては少々軽くなってしまう。


「予定より早く始めてすまない」


Curiosity社スインベルン・オンライン開発チーム代表の赤城さんがネクタイを締め直す様に、会議室で声を響かせる。


わたし達は声を出さずタブレット端末を取り出し赤城代表の言葉を待つ。


「今回は会議と言っても重苦しいモノではない、スインベルン・オンラインの今後...次のステップの話だ」


赤城代表の言う、次のステップとは。

全員のタブレット端末へデータが送信される。

ファイルを開き表示されるリストに目を通し終えると、赤城代表は言う。


「スインベルン・オンラインの課金システムは現在、経験値、ドロップ率をブーストする便利アイテムと、クローク系アイテムの倉庫Ⅱ解放パック、倉庫拡張、そして月額登録プランがA~C」


赤城さんが読み上げた様に、スインベルン・オンライン正式サービス開始と同時に解放された課金コンテンツは以下。


獲得経験値を1時間50%上昇させる育成補助アイテム。


ドロップ率を1時間50%上昇させる、こちらも一応育成補助アイテム。


クローク───プレイヤーが所有する倉庫のページを解放する倉庫Ⅱ解放と、倉庫の内容量を拡張する倉庫拡張パック。


そして月額契約をして経験値とドロップ率、フォンポーチの内容量を拡張できる月額プラン。


育成補助アイテムの説明はアイテム説明通り、EXPやドロップをその時間だけ上昇させる。


クローク系アイテムは全プレイヤーが持つ倉庫Ⅰの内容量を倉庫拡張パックで限界まで拡張し、倉庫Ⅱを解放、倉庫Ⅱ解放時は内容量が10なので、それを拡張するの、に再び倉庫拡張パックを使う。

倉庫の最大容量は100。

拡張パックで増える枠は10。

倉庫Ⅰは最初から50枠解放されているのでアイテムをNPCへ販売するプレイヤーは焦る必要はない。



最後に月額プランがA~Cの三種類。


プランAは月々300円で経験値とドロップ率が30%アップ、フォンポーチが10枠追加。


プランBは500円で50%アップ、ポーチの枠が20追加。


プランCは1000円で100%アップ、ポーチの枠は50追加。


全プラン登録可能で、その場合の恩恵は経験値、ドロップが180%+全登録感謝で20%が追加された200%、ポーチも同じく80+全登録感謝で20追加の100。


フォンポーチは100枠与えられているので全プラン登録で200枠獲得できる。

そして今現在、フォンポーチを拡張するには月額登録しか手段がない。



どのパッケージのオンラインゲームにもある定番の課金コンテンツだけを現在、スインベルン・オンラインは実装している。


「課金ってユーザー目線から見れば綺麗なモノではないけれど、大事なシステムであり、デリケートなシステムなのよね」


CGクリエイターチームのリーダー愛ちゃんが眼鏡を外し、目元を揉みながら呟く。

するとすぐに赤城代表が応答する。


「愛君の言った通り、ユーザー目線での課金への価値観はそれぞれだ。だからこそ踏み込む事も大切だと私は思うのだが...皆の意見も聞かせてくれないか?今後どの様な課金コンテンツを増やすべきか、それはどの層をターゲットにしているのか、等々...汚い話になるが、これも必要な事だ」


ゲーム運営はサービス業に近くてサービス精神で運営している訳ではない...か。

大人の話で苦手だが、わたしも学生という身分ではない。

こういった金銭的な話にも参加する立場になった事を成長として喜ぶべきなのか...まだハッキリわからないが、Curiosity社に就職という形でスインベルン・オンライン運営チームに参加した以上は全力を出そう。

テストやデバッグだけではなく、こういった内容の会議だからこそ、しっかりと。


「お一人様1つの正式記念パックって感じに、回復ポーション、経験値up、泥upを個別で買うより安く売るってのは?定番だけど結構みんな買うし」


わたしはが出した案はまさに、定番な課金アイテムパック。

発言してから恥ずかしくなるレベルの定番。

でも仕方ない。運営業は初だし今までは買う側、プレイヤーだったのだから。


「そう言えばウチにはなかったね、お得なアイテムパック」


滝口タッキーがカバーしてくれる様に言うと、みんなも頷き始める。恥ずか死にを何とな回避する事は出来たが、このダメージは大きい...。

頼む、誰でもいい。話題をアイテムパックから変えてくれ。


「おしゃれガチャ。武具強化アシストガチャ。ハズレは経験値や泥upでどう?それと無課金者も時間はかかるけど、ガチャや便利を利用できる様に何か考えよう。例えばログボで微量でもコインをプレゼントしたり、デイリークエでポイントを貯めてガチャチケや便利と交換可能にしたり」



発言者以外の全員が驚いた。

ガチャの件はわたしも考えていたが、無課金者の事まで考えていたとは...しかも、PKとlstをゴリ押ししている神沼さんが。


「ハハハ、やっぱ驚いた?でももっと驚くかもよ?この案な...俺じゃなくて碓氷の案なんだよ」


「うっそ、あの碓氷くんが!?」


わたしは驚きすぎて、ついクチを溢した。

碓氷くんとは話の内容は合うものの、意見が違ってよく喧嘩になる。

雑魚は引っ込んでろ、来たならlstしても文句言うな、無知は地雷...等々を唱う碓氷くんが、無課金者の事も考えていたとは...。


「僕も無課金者にもおしゃれアイテムを楽しんでもらいたい...かな。もちろん課金者みたいに数々のコーデを楽しむのは難しいけど、それでもやっぱり、装備アイテムじゃなく、おしゃれアイテムを楽しんでもらいたい」


イラストレーター、武具のデザインを考えている恭介さんだからこその意見だ。

自分達が必死に考えた武具やおしゃれアイテムを、みんなに。


いい事じゃん。

課金は買い物、リアルで髪を切ったり服を買ったりするにもお金が必要。ゲームでも一緒だ。

でも、ゲームだ。


課金させまくるスタイルの会社もあるが、そのスタイルは正直イヤだ。

何かのイベントで倉庫やポーチが圧迫される。そんな時に倉庫解放アイテムのセールをしたりする営業方法はいいが、課金しなければ強くなれない進めないって感じのスタイルはMMOではない。



しかし、しかし思い出す。

昔わたしはステータスup付きのおしゃれガチャが発売される度にフルコンプ。

おしゃれアイテムを染める事が出来るアイテムやおしゃれアイテム限定の染め色にも手を出した。

経験値upを限界まで盛り、狩りをするパワーレベリング。

超絶泥率up盛りでドーピング系便利アイテムを垂れ流し、装備やレアアイテムを狙う廃課金戦士だった日々...。


そういったステータスが左右される課金や、見た目が変わる課金をわたしは喜んで利用していた。



難しい。

おしゃれアイテムでステータスupさせれば売れる。

しかし自由に課金出来ない学生や既婚者は課金プレイヤーと絶望的なまでの差が生まれる。


そして一番恐ろしいのは課金アイテムの中毒性。


経験値upや泥upなら数百円で一時間などだが、便利盛り盛りの超絶ドーピング系アイテムに手を染めれば...抜けられなくなる。

苦戦していたモンスターは雑魚に変わり、泥率も経験値もウマイ。

そしてそんなプレイヤーだけでパテを組めば強ボスも楽に討伐できる。


ガチャもそうだ。

このガチャのこのシリーズがどうしても欲しくて回す。

揃ったやったー!


これで終われればいい。

しかし「そのガチャ回したんだ!似合う!」や「あの子可愛くなった?あの人格好よくなった?」と言われれば誰だって悪い気はしない。

次に出るガチャも気になり始め「今月は10連を一回だけ...」とハマっていく。


課金すればゲームを簡単には辞めない、いや、辞めれなくなる。

そして課金すれば課金へのリミッターが一段階緩まる。


運営側はお金が入りプレイヤーを見えない鎖で繋げられ、ログイン数も増やせる。

そうなればランキング上位にも上がれて、なにかいいMMOないかな~と探している人の目にも止まる。


ブログやSNSでおしゃれや泥品を自慢する人も増えるだろう。これと新規ユーザーへ繋がる。


しかし、蓋を開ければ課金ゲーだった。


これだけは避けたいが、自分が廃課金戦士だったからこそ、そういった課金アイテムの存在を求めてしまう。



「れいん」


「ん?」


ずっとわたしを観察していたのか、ニヤニヤとした表情を浮かべる韓国からの刺客、ソフィが話しかけてくる。


「イロイロあったミタイだけど、ウチはダイジョブだと思うゾ?」


わたしは無意識にぼやいていたらしく、隣に座るソフィには全部聞かれていた様子。

ソフィはニヤニヤした顔のまま、みんなの方へ視線を流す。

わたしも釣られて視線を向けると、


「それじゃダメよ!最初は水着、ビキニガチャやバニーちゃんガチャが絶対いいって!」


滝口タッキーが珍しく真面目な顔で話していると思えば、変態的な希望を乱射していた。


「なんで3月に水着なのよ!?大体滝口さんは既婚者でしょ!?可愛いアバターに鼻の下伸ばして馬鹿じゃないの!?」


普段敬語の愛ちゃんが言葉を爆裂させる。


わたしがブツクサしている間に何があったのか...完全乗り遅れた。


「おトクな便利アイテムパックとおしゃれガチャを販売するミタイだヨー。今はそのガチャをどンなおしゃれにするか話てるトコ」


「ほぉ」


「ダイジョブ。碓氷チャンがおしゃれでステupはダメって言ってたラシイし、ワタシも皆も反対。課金ゲーは回避出来たカ?」


「ガチャはね。ドーピング系の話はまた今度かな?」


「ソダナ」


とりあえず、お得なアイテムパックとおしゃれガチャの販売は決定した。

おしゃれアイテムのデザインをどうするか、タッキー、愛ちゃん、恭介さんの3人が本気で意見を出し合い、青葉さんと神沼さんはタッキーの意見に笑う。

赤城代表はどんなゲスいデザイン案でも溢さずメモする。


みんなスインベルン・オンライン運営チームになる前は別のゲーム会社で運営をしていた、言わば先輩だ。


ソフィは性格的に見守るだろうと思っていた。

わたしは運営という立場が初。

おしゃれデザインの話はみんなに任せて見守ろう...と思っていたが滝口vs愛の飛び火がわたしにも降りかかり、おしゃれデザインの弾丸舞う戦場へ参戦した。





会議...というかミーティングというか。

会議室を使ったおしゃれデザイン考案は19時を少し過ぎた所で終了した。

わたしはシャワールームを借り、脳内をリセットして友人と約束していた夕食へ、少し遅れて向かう。相手がイケメン男性なら本気装備で向かうが、女性だ。


池袋のパキスタン料理店という、謎のチョイスをした友人。先に入ってるらしく、わたしは急ぎ店内へ。

入り口には像の木製オブジェとハープを持つ天使の石像。

店内はエスニックな雰囲気の中でも不思議と落ち着ける仕上がりになっていた。


「アメちゃんこっちだよー」


アメちゃん。わたしの名前から生まれたあだ名。

食べ物の飴を飴ちゃんと呼ぶ人もいるので、外では呼ばないでほしい名前だ。


「遅くなってごめ」


一言謝り、わたしも席へ。

他愛ない会話をしつつメニューを見て、困った。

羊肉が多く、わたしは羊との絡みはまだない。

パキスタン...インド料理的なノリね!と思っていたが微妙に違う。


「ミサはメニュー決まったの?」


「ミサじゃなくていつも通りでいいよ。決まった、これ!」


友人はそう言いつつメニューを指差す。

シシカバブ?とよく耳にする料理名が書かれたカレーセット...シシカバブ。名前は知ってるけど、グラフィックを知らないわたしは同じ物を選んだ。


数十分後、噂のシシカバブがわたし達の前に。


「...リリー、これがシシカバ?」


プレート系の料理だったらしく、二種類のカレーとナン、サラダ、そしてお肉。

このお肉がシシカバブ?ひきお肉...に近いお肉を焼いた感じの...。

イメージしていたシシカバブはもっと火力が高そうな野性的な...。


「それがシシカバブ、ケバブだよ。串にお肉を沢山ブッ刺して焼くあれ」


ほぉ。

知らなかった。


一口食べてみると、驚きの美味しさ。スパイスとお肉のコンボがクチの中で暴れる。

羊との初絡みは成功だ。


カレーはさらっとしたスタイルで代表的な茶色と、危険そうな赤。

ここに罠が隠されていた。

見慣れているカラーのカレーを最後にし、危険そうな赤から攻略。

ナンの盾とサラダの中和効果を存分に使い、赤を攻略した。


ミサ...リリーは慣れているらしく美味しそうに食べる。


赤を攻略したわたしはもう勝った。ノーマルカレーへ手を伸ばし、一口食べて絶句する。


赤より恐ろしく辛い。


「あ、赤の方が辛くないって言うの忘れてた」


「忘れるなし!」


リリーとはMMOで出会った。

今はこうして友人関係まで発展したが、当時のリリー...プレイヤー名【リリス】は最悪だった。


グレーのツインテール、黒紫のゴスロリドレスでオッドアイ。このアバターを見たらとにかく安置まで逃げろ。

そう噂される程、危険なPKだった。


PKギルドの主力メンバーで、kill数が異形の三桁。攻略中は何度か戦闘になる程、仲が悪かった。


しかし小さな事がきっかけで仲良くなり、リアルでもよく会う友人。


「スイベルどう?うまくいってるの?」


「今の所はまぁまぁかな?」


当時ハマっていたMMOはサービスを終了し、今リリーはNOG、ゲームをしていない。

わたしがスインベルン・オンラインの運営チームに所属している事は知っていて、細かい事は聞いて来ない事から、リリーはスインベルン・オンラインをプレイするか迷っている所だろうか。


「メンテとか大変そうだけど、定期メンテっていつなの?」


「今月はメンテしないで、来月から正式に定期メンテ入るかな。大体月3回」


「ふーん。スイベルでも青髪レイン?」


「そだよ」



わたしはどのパッケージでもキャラ名は固定、キャラメイクも水色のショートヘアを選択する謎の固定癖がある。

キャラを複数所有できる場合でも、同じアバターを作ってしまう。

そのせいか、短髪水色のレインで別ゲームをプレイしていても「○○のレイン?」と話しかけられ、以前プレイしていたゲームのフレやらと出会う事も少なくない。


「ふーん。色々聞かせてよ!スイベルの話!」


「今日誘ったのはそれが目的だなー?」


「うん、でも中身の話や実装前のネタバレは話さないでね。αやβの話もダメよ?」


「おっけー」


「キャラアバはどうやって決めるの?」


「えっとね、まず...」



わたしはスインベルン・オンラインについてリリーへ話した。

キャラ作成や現時点で取れるスキル、もちろんlstの事も。

リリーは時折質問を混ぜ、何だか楽しそうに話を聞いてくれた。





運営もプレイヤーも楽じゃないけど、やっぱりどっちも楽しいな。





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