第19話 政子のまさか

「義経ちゃんに逢いたいんだもん…政子さまだって、頼朝さまに逢いたくて家を飛び出して逢いに行ったことあるんでしょ~、一緒だもん…同じだもん…」

うわ~ん…泣き出す静。


「殿!お待ちくだされ」

静に歩み寄る頼朝よりともの歩を止める政子の声。


「殿…この白拍子を許してくだされ…」

「なんと!」

八幡宮はちまんぐうを汚す唄…殿の言いようごもっともでございます」

「当然だ!」

「されど、それを曲げて…この舞いを御賞美くだされ」

「なぜじゃ…?」

「このものの心、あの夜の我が想いと同じ…ただひとりの武者を想う心として御賞美くだされ」


これには一同から感嘆と称賛の声があがる。

「さすがは御台政子さま…」


(殺させませぬぞ…)

政子の本音である。

(余計な真似を…)

頼朝よりともの胸中である。


「あいわかった…」

頼朝よりともは抜きかけた太刀を収めた。

「さすが…頼朝よりともさま…器が大きい」


笑っていた頼朝よりともであるが、目はまったく笑っていなかった。

(ならば…生かそう…産まれてくる子を目の前で斬り殺してくれるわ)


ぺろっと舌を出す静…


それを見ていた政子…

(この女…見越しているのか…それともバカなのか…)


はた目もあった…不本意ながら政子から多大な褒章を貰う静かであったが…。

鎌倉を離れることは許されなかった。

「義経ちゃ~ん逢いたいよ~」


そして…静、出産…。

産まれた子は男の子であった。

「殺せ」

頼朝よりとも、政子、同時に発した言であった。


「白拍子はどうなさいますか?」

「好きにさせろ…奥州へ戻ろうが、京へ行こうが構わぬ…」

「しかし…義経の後を追われては…面倒では…」

頼朝よりともが睨む。

「うぬらは、白拍子が追える義経を、それまでに捉えられぬほどボンクラか?ん?」

「はっ…申し訳ございません」

「早う、義経の首を差し出せ!バカ者が!」


…………

磯禅師と静のもとへ訪れる頼朝よりともの家人。

「男子であらせられるな…御免」

静の手から、赤子を奪う家人。

「返してよ!」

暴れる静を押さえる、磯禅師…。

「許せ…静…許しておくれ…」


由比ヶ浜。

赤子を抱いた家人を待ち構える影が2つ。


「その子を渡してもらおうか…畠山はたけやま…」

「生きておったか…やはりというか…鎌倉のやりよう…正しいとは思わぬ、しかし坂東の世を再び乱世に変えとうござらぬ」

「で…その子を殺すか…」

「生きていれば…必ずや復讐に来よう…義経殿の御子なれば」

「その子は源家としては育てぬ…信じてくれ」

「……それで、良いのか?鎌倉は憎くないのか?」

「俺たちは、奥州の土になる…それだけが殿の望みだ…奥州で戦のない世で笑う、それだけでよいのだ…」


しばしの沈黙…

赤子が目を覚まして畠山はたけやまの顔を見て笑う。


「すまぬ…この笑顔…託す、義経殿にも詫びといてくれるか…」

「アイツは恨んでなんかいねぇよ」


失意のまま、鎌倉から帰京を許された静と磯禅師、足取り重い山中。


「暗い顔だな…静殿」

「三郎…忠信ただのぶ…」

静の目に涙が…。

忠信ただのぶの手には赤子が抱かれている。

「殿の御子にござる」


「失意のなか、死んだとだけ鎌倉には伝えます…どうか静をよろしくお願いします」

磯禅師が深々と頭を下げる。

「ああ、任された…奥州へ連れて行く、必ず」

三郎が答える。


三郎・忠信ただのぶ・静は赤子を抱き奥州を目指す。


「義経の子は?」

「由比ヶ浜へ埋めてございます」

「そうか…生きたままか?」

「はっ、申しつけ通りに…」

「そうか…そうか…はははははは」

畠山はたけやまの報告を聞き高笑いする頼朝よりともであった。


平泉を発って…7年、奥州へ帰る。


義経29歳…。


嗣信つぐのぶが笑顔で迎えた一向であった。

「遅いわよ…バカ殿」

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