第9話 鎌倉出立

頼朝よりともの挙兵から1ヶ月遅れで、もうひとつの源氏が名乗りを挙げる。

義仲よしなかである。

武に長け、戦上手の義仲よしなか木曾きそから北陸を制し、平家討伐軍を越中倶利伽羅峠えっちゅうくりからとうげにて撃破。

平清盛たいらのきよもり亡き平家を鎌倉で静観する頼朝よりともとは逆に京に入らんと進軍していた。


平氏は幼帝と三種の神器を持ち西へ戦わずして逃亡。


京へ入った木曾きそ義仲よしなかこそ、源氏の棟梁とうりょうと世間では思われ始めるのである。


頼朝よりともと行動を共にしていた義経は鎌倉で怠惰な日々を過ごしていた。


戦にも出ず、御一行は思い思いに日々を過ごしていたのである。


「今日もヒマじゃの……」

「なにもしなくても三食、食えるんだからいいじゃないですか殿」

三郎が横になったまま応える。

とても殿と家人には見えない。

「ときに……他の皆はどうしてるんだ?」

「あ~ベン・ケーは、忠信ただのぶと、すごろくに夢中です」

嗣信つぐのぶは?」

「あ~、最近ですね~思い人が出来たとか……」

「思い人?えっ?一応聞くが……男か?」

「まぁ、そのようで……」

「また、爺さんかの~、亀甲縛りが得意な特殊性癖の爺さんかの~」

「いや!それがですね、畠山重忠はたけやま しげただ殿のようで、毎日のように一緒に稽古しているようですね」

「稽古のぉ~、なんの稽古だろうの~、変なことしてなければよいがの~」

「なにかあったら、殿のせいになりそうですもんね」

(本当に大丈夫かの~)


「そういえば、殿、義仲よしなか殿が後白河法皇ごしらかわほうおうから、従五位じゅごい左馬頭さまのかみを頂いたとか」

「なんと、義仲よしなか殿がの……まぁ平氏を今日から追い出したのだから、当然といえば当然じゃが」

「それで……頼朝よりとも殿が~」

「まぁ、それも当然じゃの~」


「なんと!義仲よしなか左馬頭さまのかみじゃと!」

狼狽する頼朝よりとも

「あのような蛮族ばんぞく風情が義朝よしとも様の官位を頂戴するとは!」

金切り声を張り上げる女性、頼朝よりともの恐妻、政子まさこである。

「殿!上洛じょうらくなさいませ!」

「お、おぅ!もちろんじゃ……が、うしろの奥州おうしゅうが……」

「恐れながら……九郎くろう殿を奥州に使わせてはどうでしょう?」

「九郎だぁ~貴様は誰の家臣か言うてみよ!」

頼朝よりともが烈火のごとく怒鳴りだす。

「あれは、我の弟なれど、一家臣いちかしんに過ぎぬ!頼むようなマネが出来るか!バカ者!」

「申し訳ありません」

「下れ!」


「殿、よい判断でございましたな」

政子が頼朝よりとも膝枕ひざまくらしながらナデナデしている。

「そうであろ!」

「はい、義経を向かわせれば、奥州17万騎が義経の後ろ盾と認めることになります、さすれば、北条家を後ろ盾とする殿と立場は同じ、京の義仲よしなかの他に、鎌倉で源氏の棟梁とうりょうを生むようなマネはさせてはなりませぬ」

(そういうことか~、あぶね~、なんとなくだったんけど……)

頼朝よりともは平氏より、奥州より、義仲よしなかより政子が怖かった。


――しばしの月日が流れ

義仲よしなか敗れる!

平家を追討せんと西国へ出陣した義仲よしなかであったが、平教経たいらの のりつねに敗れ、京へ敗走したのである。

この報を聞いた、頼朝よりともの喜びようはなかった。

ある意味、平氏一門より喜んでいたのである。


京へ逃げ帰った義仲よしなかは、法皇ほうおうを幽閉したのである。

院は敗れた義仲よしなかを見限って、頼朝よりとも上洛じょうらくを要請したのだが、これが義仲よしなかを怒らせる結果となった。


「さて、どうしたものか……」

上機嫌の頼朝よりともであったが、義仲よしなかは討ちたい、奥州は怖い。

板挟みでもある。

「殿!九郎殿を使いなさいませ」

「九郎?」

「左様、仮にも院の要請なれば、他のものでは礼を欠きます。九郎殿であれば殿の代官として務まりましょう」

「しかし、それでは義経が義仲よしなかを討ってしまうぞ」

「いいえ、九郎殿には少数の兵で向かわせます、おって大軍を送ります」

「大軍の将は誰に?」

蒲冠者かばのかじゃが適役かと」

範頼のりより?あのようなウツケにか?」

「ウツケだから良いのです。土肥実平とひさねひらを付けます」

「で、義経には、誰を付けるのじゃ?」

梶原景時かじわらかげとき

政子と頼朝よりともの会話であった。


「義経!我が代官として京へ、兵五百を与える、これをもって義仲よしなかを討て!」

「景時!義経は初陣じゃ……そちを九郎の軍監ぐんかんにつける!……景時」

「はっ」


かくして、義経は不本意ながら少数の兵を与えられ、敗戦濃厚の初陣に出向くのである。

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