第6話 男は悲しき消耗品、女はそれを喰らうカマキリさん

 現れたのは、おっぱいとか脚とかが大事な所まで見えちゃう寸前まで露出した派手な格好のお姉さんだった。グラマラスな体型で、革のジャケットの光沢が色気を倍増している。


「え……誰……?」


 僕は言葉が出せず、何とか相手に尋ねた。


「ウフフ……♡ そんなことは大したことじゃあないわ。もう心配は要らないわ……泣いちゃうなんて、甘えんぼさんね、ふふふ」


 お姉さんの噴水のように放出する女性ホルモンやらフェロモンやらが甘い声に乗って飛んでくる。


 僕は思わず表情を緩める……まあ、緩めたところで強面なのは変わらないけど。


 お姉さんは、ウフフ、と不敵な笑みを浮かべながらモデル歩きで近付いてくる。スイーツより甘いイイ香りがふわーっと漂ってくる。


「……あああ」


 僕は情けない声を出して膝を地につく。どうやら味方みたいだ。


 良かった……例え非力な女の人でも、慰めてくれる人が居るとここまで安心するものなのか。ついでに色んな所を色んな方法で慰めて欲しい……恐ろしい状況のせいかそんな欲情まで湧いてくる。無意識のうちに前屈みにもなっているかも。


「あらあら。何へたりこんでるの? しっかりと立ちなさい、オトコでしょ? アナタには働いてもらわなきゃならないんだから」


 ああ……そんなに優しく声をかけられたらその気になっちゃいそう――――って、エッ? 


「……働く、って……何ですか……?」


 お姉さんは、僕のジャージへするりと手を伸ばす……まっ、まさか! 本当にオトナの階段登っちゃうようなアレコレを!? 


「あ、アアッ、あの! その――――」


「――――そのバッジ……特務隊の証でしょ? まさかここまで堂々たるカラダの男のコが隊員なんて……予想以上だわ」


「――――はい?」


 お姉さんの顔色がサッと変わった。


 さっきまでの映画やアニメで見るようなセクシーなお姉さんとは違う、見たこともないような緊張感――――いや……『殺気』を放っている……? 


「特務隊バッジ……強大な権力を振りかざす組織への革命の精神。ネズミを蜂の巣にしたデザイン……ふふふ…………一体何千人、そのバッジを向けた相手をなぶり殺しにしてきたのかしらン…………♡」



 待て。


 ちょっと待って。なんかおかしい。



 なんかおかしい方向へ話が進んでる?


 何か、とてつもなく恐ろしい誤解を受けてる……?


「バッジ……だって!?」


 僕はジャージのポッケの辺りに張り付けていたバッジを見遣る。


「ゲエーッ!?」


 このバッジは、中学校の修学旅行で某夢の国へ行った時に手に入れたものだ。


 見た目はゴツくても当時、楽しい学校生活を共に送ってくれた同級生……友達との思い出の品だ。


 某夢の国の看板キャラクターである愛らしいネズミの笑顔がプリントされている缶バッジ。



――――のはずだった。


 だが、今よく見ると――――


「なんか化け物みたいな何かに変質してるーッ!?」


 待て待て待て。



 確かにこのバッジには、その、公の場では著作権関係で大声では言えないネズミの笑顔がプリントされていたはずだ。



 だが、今よく見ると……夏の直射日光の熱で塗装が溶けていた! 


 塗装が溶けてバッジにプリントされていた某ネズミは、愛らしい笑顔ではなくほとばしる狂気とこの世の総てへの憎悪を表現したような邪悪な暗黒微笑へと闇堕ちクラスチェンジしていた。


 しかも、さっきの床屋での惨劇の時に付着したらしい……血糊が闇堕ちネズミの顔中にベットリと貼り付き、そのおぞましさを倍増していた。


 このお姉さん……僕をそんなバッジを付けた特務隊とやらの血も涙もない構成員か何かと勘違いしたのか!? 


「こ! これは、違うんです! 誤解ですよお! 僕はただの一般人――――」


 お姉さんの目付きは和らぐどころか、ますますギラついて見える。


「ふくくく……特務隊についてはこう聞いてるわ……『特務隊員は例え味方が相手であっても、決してその本性を市街地では見せない』と。故に……市街地での任務中は記憶を断片的に封印している。それは機密を知られない為だけでなく――――隠し切れないドス黒い本性を強制的に隠し、市街地では見せない為だと…………」



 待て待て待て待て! 


「そして……その人非人たる振る舞いと極悪な本性は、鉄風雷火てっぷうらいかが混濁する地獄のような死地でのみ覚醒する! とっ! アハハハハ……なんて恐ろしくて素敵な人殺しかしら!? アハハハハハハハハッー!!」


 なんてこった。


 またも誤解です。


 またも日陰者なんてレベルじゃあないような人種に誤解です。


 目の前のお姉さんは妖艶に、しかしさっきまでの欲情なんて消え失せてしまう勢いで半狂乱に笑う…………! 


「いたぞー! 野郎! スケも仲間かいなぁ!? まとめてぶっ殺してやるッ!!」


「ひぃやああああ、出たー!!」


 さっきの893に見つかった! 僕はまた悲鳴を上げる。


「何してるの、こっちへ伏せてッ!」


 お姉さんが僕を押し倒して近くの柱の裏に隠れる。同時に、ライフルの銃撃がたった今僕が立っていた辺りに降り注ぐ。


 お姉さんの豊満なおっぱいと太ももが柔らかく身体に当たっている。


 本来なら僕は殺人狂なんかとは別の意味で理性が弾け飛んでいそうだが……こんな狂った状況で女の人に欲情出来るわけもなかった。


「どっ、どどどドゥアッ、どうすっ、どうすれば……」


 言葉が出ずに狼狽える僕を一瞥いちべつして、お姉さんは舌打ちをした。


「チッ……この程度の修羅場では戦闘狂としての本性は戻らないか……仕方ない」


 そう呟いてお姉さんは立ち上がり、慣れた手つきでスカートの中、太もものホルスターから拳銃を抜いた。いやいやいやいや、戦闘狂じゃあないですから! そんな禍々しい死地に赴いても戦えませんから! 


「敵の銃撃の一呼吸――――今だ!!」


 さっきまで散々僕や他の一般市民にドンパチ撃ちまくってた893さんたち。


 当然弾数に限りはある。そのリロードの一呼吸をお姉さんは逃さなかった。


 柱から躍り出て、数発拳銃を撃つ! 


「ぎゃあああッ!」

「いぎゃあっ!」


 お姉さんの銃弾は893さんたちの腕に正確に命中し、痛みでライフルを落とす。


 そのまま速やかに――――お姉さんは893さんたちに突撃した! 


 走りながらさらに数発。今度は脚に命中した。大事な神経にでも命中したのか、崩れるように倒れる。


――――普段、サバイバルホラーだとかFPSだとかのゲームは自分ではやる気にならず、友達の遊びを遠巻きに見ていた程度の僕でも疑問を感じた。


 何故、ここまで精密な射撃が出来るのにすぐに急所を狙わないのか。


――答えは次の瞬間に返ってきた。


 お姉さんは――893さんたちの股間に微塵の慈悲もなく銃弾を浴びせた。


「〜〜〜〜!!」


 意識を失う寸前の激痛に悶絶する893さんたち。


 お姉さんはさらに容赦なく893さんたちの股間を鋭いヒールで踏みにじった! さらに関節技をめ、激痛の嵐を見舞う…………! 


「ヒエッ……!」


 柱から見ていた僕は、男のイチモツを台無しにされるのを見て堪らず自分の股間を抑えた。全身に怖気が走る。


――――お姉さんはその怖気を倍加するかのように半狂乱で高らかに笑い、こう叫んだ。


「アハハハハハハハハハハハハハーッ!! 『拷問機関』の異名を持つこのアタシ――――朱魅アケミと相対して、激痛を味わわないと思って!? ほーらほら! 大事な神経や組織をぐちゃぐちゃにされるお味はいかが!? アーッハッハッハッハッー!!」


――――虐待なんて言葉が生温い。


 病んだサガのままに嗜虐の悦びに燃える妖女の高笑いは、世の全てのオスを丸呑みにするかのような不吉さを孕んでいた――――

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