第十四章 隠されたブンカー

第49話 オスロ

――2018年8月2日、11時15分ホワイトハウス――


 乱暴なノックと同時に大統領執務室のドアが開き、ブレイクが飛び込んできた。

「大統領、伊400型です!」

「4回目か。結果はいつもと同じか?」

「はい。例によって、V2の発射姿勢を取っただけで急速潜航しています」

「同じ事ばかりの繰り返しで、芸の無いやつらだ」


「しかし、さすがにこれだけ繰り返されると、示威行為だけが目的とは思えなくなります。私はこれが搭乗員の演習も兼ねていると考えます。

 最初の出現が浮上から潜航まで15分、次が12分、3度目が10分。そして今回は10分を切って8分半です。

 時間が短くなるにつれ、浮上する海域がワシントンDCに近づいて来ています。今回の距離は実に東に220海里。排他的経済水域のわずかに外側です」


「つまりやつらは、ミサイル発射訓練の成果を、我々に見せつけているという事か?」

「そう思います」

「12月のV2発射時と違い、今はわが軍は厳戒態勢にある。それにも関わらず、我々の警戒配備の目と鼻の先で浮上するのだ。よほど攻撃されない自信があるのだろうな」


「相手は空軍基地からも空母からも、スクランブルした戦闘機が、到達できない場所を正確に突いてきています。恐らく、こちらの空母の位置を把握しているのだと思われます」

「軍の作戦計画がハッキングされてい可能性があるな。大至急NSAに調査させろ」

「了解しました」


「君はまだあの潜水艦が、その訓練とやらを、続けるつもりだと思うか?」

「やると思います。V2の航続距離は320㎞、約170海里です。現在の距離からではワシントンDCに着弾しません。

 私の予想としては、このままタイムを縮めながら、排他的経済水域の内側に食い込んでくるつもりなのだと考えます。昨年12月にV2を発射したのが160海里圏。そこまで距離を詰められるようになったら、実戦を構えるつもりではないでしょうか。多分次回かその次に、仕掛けてくると私は思います」


「舐められたものだ。まるでスポーツを楽しむような感覚ではないか。それならこちらにも考えが有る。メキシコ湾の全イージス艦と通常駆逐艦を東海岸に回し、160海里圏を重点的に護衛しろとギャビンに指示しろ。

 もしも全艦艇の位置が筒抜けだったとしても、網の目が細かくなれば、そこから逃げ出すことができなくなる。やつらが君の思っているような行動を取れば、それこそが我々にとって絶好の迎撃のチャンスだ」


「分かりました。しかし、いよいよこれで南海岸の防衛はザル状態です」

「止むを得まい。管理金準備制度の構想はもう動きはじめた。関係各国から金の移動が終わるまでは、我が国は絶対に攻撃を受ける訳にいかない。とりわけ東海岸だけは絶対に」

「正念場ですね」

「そうだ。しかしここを乗り切りさえすれば、我が国の利益は極大化する。極論すれば、それさえ叶えば管理金準備制度がどうなろうが、知った事では無い」


「随分と正直な物言いですね。我が国さえ栄えればそれで良いなんて」

「悪いか? 我々にとっての大義は飽くまで世界の平和と繁栄だ。しかしその前にまずは、合衆国の絶対的な平和と繁栄を実現しなければならない。同盟国にはその分け前をくれてやれば良いのだ。合衆国が唯一無二の力を持って世界を導く。それこそが真の世界平和であり繁栄だ。

 管理金準備制度は所詮、目的を達成するための道具立てであり、それ自体が目的では無い。君がそれを一番良く分かっているだろう?」


「大統領、口は慎まれた方がよろしいかと――。バウアー副大統領にでも聞かれたら、足元をすくわれます」

「そうだな、気に留めておくことにしよう。口は災いの元と言うからな」

 カワードはフンと、僅かに鼻を鳴らした。



――2018年8月4日、ノルウェー、オスロ――


 矢倉と菅野がオスロに着いたのは、潜水調査が終わってから僅かに3日後の事だった。菅野に連れられて、矢倉は空港からすぐにイスラエル大使館に向かった。そこでモサドの諜報員と面会する予定だった。


 大使館の応接室で顔を合わせたその人物は、エリアフ・ベングリオンと名乗った。筋肉質で目つきの鋭い男だった。

 普段はアルゼンチンに駐在しており、ノルエウェーは初めて訪れたとベングリオンは言った。調査の方針を訊ねると、まだ何もプランは無いと答えた。

 ベングリオンによると、モサド本部からは作戦遂行の承認は取りつけているが、イスラエルとノルウェーの関係が微妙なので、直接本国から艦艇や機材を持ち込む訳にはいかず、必要なものは全て、現地で調達する必要があるとの事だった。


 テーブルにトロムソの地図を広げてみると、恐ろしく海岸線が複雑で、いきなり潜水調査が出来ないことは誰の目にも明らかだった。

「調査船を手配しましょう」

 プランを立てるにも、まずはそこからだと矢倉は思った。

「チャーター可能で、マルチビーム測距器とMADを備えた船をリストアップできますか?」

 矢倉は続けて言った。


 ベングリオンは大使館のスタッフを呼んで、矢倉の要望を伝えた。

「船は今すぐに調べてもらいます。それを待つ間に、あなた方には第四帝国のを話をしておきましょう。第四帝国についてはご存じですか?」

「多少のことは聞いています。しかし詳しくは知りません」

 矢倉はベングリオンの問いに答えた。


「第四帝国計画の情報が初めてもたらされたのは、第二次大戦末期です。イギリスの諜報機関が察知したものでした。

 当時連合軍が知り得たのは、計画のほんの一部分に過ぎませんでしたが、終戦後のナチ狩りによって、世界中でナチス残党の追及が始まり、自白情報から、段々と第四帝国計画の全貌が浮かび上がってきました。


 計画の概要は、アルゼンチンにナチスの資金を移すと共に、そこを前線基地として、南極に大規模な軍事基地を築くという大規模なものでした。この情報に即座に反応したのはアメリカです。

 ハイジャンプ作戦という掃討作戦を実施し表向き南極観測の名のもとに、極秘裏に大戦力を南極海に送り込んだのです。1946年の事です。

 攻撃対象はアルゼンチンの南端に築かれたUボートブンカーと、アルゼンチン領南極に建設中だった港湾施設、そしてナチスが領有を主張していたノイ・シュヴァーベンラントという一帯です」


「ハイジャンプ作戦は有名ですね。私も聞いたことがありますよ。それでその作戦の成果は、どうだったのですか?」

 矢倉はベングリオンに訊いた。

「第四帝国側に甚大な被害を与えたようです。ただ具体的な被害規模などは我々も知りません。実を言うとこの時代の出来事は、モサドに詳細な記録がないのです」


「あなたたちほどの組織が、なぜそんなことを把握していないのですか? 第四帝国は、あなたたちにとって宿敵でしょう?」

「この作戦が行われたのは、イスラエル建国前の事だからです。モサドの諜報員が命を賭けて取りに行くのは、国の行く末を左右する新しい情報です。建国以前のことなど、概要だけを掴んでおけば大勢に影響はありませんからね」

「なるほど、命の対価たる情報には、優先度を付けるということですか」

 矢倉はベングリオンの言葉に、モサドという組織の凄みを感じとり、背筋に鳥肌が立つ思いだった。


「さて、それではここからが本題です。少し話は長くなりますがよろしいでしょうか?」

 矢倉はベングリオンの言葉に、ゆっくりと頷いた。


「ハイジャンプ作戦後は、アルゼンチンに厳重な監視体制が敷かれました。アメリカ、イギリス、フランスが、それぞれが独自に諜報員を送り込み、我がイスラエルも1948年の建国後、モサドの前身となる外務省政治局が、すぐに活動を始めました。

 幸いなことに、その後の第四帝国は、何の動きも見せませんでした。やがて世界の情勢は一変し、冷戦時代を迎えることになります。


 西側勢力が目前で対峙する敵は、ナチスからソ連に変わり、同時に諜報活動の主力もそちらに移りました。フランスが最後にアルゼンチンの諜報活動から手を引いて以降は、同国内で活動を続けている諜報機関はモサドだけです。

 今や第四帝国計画の詳細は、我々モサド以外には知り得ないでしょう。ザビアについても然りです。


 終戦から今年でもう72年になりますが、これからもモサドは追及の手を緩めることはありません。何故ならば我々は、第四帝国は今でも存在しており、我々が追及の手を緩めた途端に復活してくると確信しているからです。


 私はアルゼンチンに駐在しています。その目的はナチスシンパの監視です。あの国には、終戦時にナチスを見限って移り住んだドイツ人が多く、その者達の一部は世代が変わった今でもナチスの思想を信奉しています。

 第四帝国が動きだせば、必ずナチスシンパにも動きが有る。それを察知して、未然に第四帝国の復活を阻止するのが私の任務なのです。


 さて、ここから先は、昨年の話になります。12月になって我々の経済アナリストであるモーシェ・ペレスという男が、アルゼンチン国内で不審な経済活動を観測しました。具体的に言えば金の買付です。

 その行為自体は違法ではありませんが、民間人や民間企業が行うには極めて不自然な量でした。


 ペレスに資金の流れを追わせた我々は、調査結果を聞いて絶句せざるを得ませんでした。驚くべきことに、海外の口座やタックスヘイブンを経由し、表向き見えている買い付け量の、数十倍の金額が投下されていたのです。

 更に我々が驚かされたのは、それを行っていたのが、ナチスシンパの中でもほとんど注目されていなかった、穏健派のネオ・トゥーレと呼ばれるグループだったことです」


「ネオ・トゥーレ? それはネオ・ナチみたいなものなのですか?」

 再び矢倉が口をはさんだ。

「違います。ネオ・ナチほど先鋭化してはいません。しかし、ネオ・ナチのような場当たり的な組織でない分、もっと事は深刻です」

「深刻?」

「そうです。我々がネオ・トゥーレの動きに気付いた時点で、その組織に関する情報は極めて乏しく、把握をしていたことと言えば、組織の本部が北欧に存在するらしい事と、ドイツ系の人物がリーダーらしいという事くらいでした。

 しかし、そんなノーマークだったグループが大きく動いたことが、我々の関心を強く引きました。

 我々は急ぎ、ナチスシンパの中に浸透している工作員を動員し、ネオ・トゥーレについて、調査を始めました。そして2つの注目すべき事実に行きつきました」

 ベングリオンは、そこで一旦話を区切った。その動作から、恐らくはここから先が事の核心なのだろうと、矢倉は思った。


 矢倉はベングリオンの瞳をじっと見つめた。

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