第36話 六将筆頭

 悪の組織の本部の一室。

 六人の将を束ねる筆頭、現悪の組織最強の男の顔は歓喜に満ちていた。

 長きに亘る暗躍の日々から、遂にとある計画を実行に移す目処が付きつつあったからだ。

 端末に映し出された計画の進行度が90%を越えている。

 残る一手が予定通り進行すれば、悪の組織は完全に彼の物になるだろう。

 六将の上に立つ元帥など、恐るるに足らず。

 恐竜トリケラトプスのような三本の角が生えたマスクの下で、男はほくそ笑んだ。


 コンコンとノックの音が部屋に響く。

 待ちに待った報告が届いたかと立ち上がりかけたが、男は直ぐに居住まいを正す。

 部下に無様を見せては、折角の計画が頓挫してしまうかもしれない。

「入れ」

 威厳を保った低めの声で、扉の向こうにいる人物に入室を促した。

「失礼します」

 入って来た男は、深めにフードを被り顔を隠している。

 僅かに見える顔もマスクで覆われており、マントも羽織っているため、声から男性であるという事しか覗えない。

「カルヴォン、例の件か?」

「えぇ、オニキス様。ご覧になって頂こうと思いまして」

 カルヴォンと呼ばれたフードの男は、自分の胸の前で端末を開く。

 ナノマシンの発光によって形成されたディスプレイには、新科学高校の校舎裏が映し出されていた。

 カルヴォンがそのディスプレイを指で弾くように押し出してやると、映像が滑るように飛んでいく。

 そして、その映像はトリケラトプスマスクの男――六将筆頭オニキスの手前で止まった。

「この学生がサンプルか」

「はい。今朝エメラルドの近辺を彷徨いていたので声を掛けました」

 オニキスは、仮面で殆ど見えない眉を顰める。

「コランダムの娘に纏わり付いている輩か。そのような下衆な奴など、使えるのか?」

「サンプルには最適と思います。資質を持たない者が、どれだけの力を得られるか解析するのですから」

 カルヴォンは「お前の息子もだろ」とツッコミたい衝動に駆られつつも、そこには触れずにサンプルについてだけ言及した。


 画面に映し出された少年が、赤い宝石の埋め込まれたペンダントを手にして叫ぶと、周囲のナノマシンが爆発したように閃光と轟音を放った。

 光が収まると、そこに現れたのはカメレオンの姿で立つ男。

「取りあえず、変身は成功のようだな」

「はい。次は実戦でどれだけ戦えるかですが、理論上はS級に匹敵する強さの筈です」

 カルヴォンが言い終わるより早く、青い光に吹き飛ばされるカメレオン。

「……おい」

「ふぉ!?」

 いきなり攻撃を食らっているカメレオンの姿を見て、開いた口が塞がらない二人。

 どんなにいい物を与えても、使う人間の程度が低ければ豚に真珠、猫に小判である。

「人選を誤りましたでしょうか。申し訳ありません」

「いや、どうせ使い捨てだ。ようはアレがどの程度使えるかを見れれば良いのだからな」

 そこでカルヴォンとオニキスはカメレオンを吹き飛ばした青い光の正体に眼を向けた。

 光が人の形を成すと、青いヘルメットとスーツを着たヒーローが顕現する。

「報告に無いヒーローだな。ナノレンジャーが新科学高校に集いつつあるとは聞いていたが、レッド、ピンク、ブラック、イエローの4人では無かったか?」

「そうですね。恐らく最近登録された者では無いでしょうか?ブルーは新世代の戦闘記録がありませんから、紋章を継承したばかりなのでしょう」

「未知のヒーローではあるが、レッド、ピンク、ブラックの実力はA級相当、イエローもB級程度と報告されている事から、こいつも精々A級と言った処だろう。相手としては丁度良いかも知れんな」

「そうですね。他のヒーローが駆け付けるかも知れませんが、サンプルのエネルギー量では、どうせそこまで持たないでしょう。データさえ取れれば改変して量産を開始致します」

 彼等が、イエローをB級程度と過小評価しているのは、戦闘記録を報告したのがエメラルドだけだったからだ。

 コランダムはその権限を使ってイエローの実力を揉み消していた。

 そのお陰でイエローは、瞬間的にSSS級の力を出せるにも拘わらず、悪の組織から眼を付けられる事に成らなかった。


 オニキスとカルヴォンが映像の続きを見ようとしていた処で、再度部屋の入口からノックの音が聞こえる。

 素早くウィンドウを閉じて、二人は入口に眼を向けた。

「誰だ?」

「メテオリトです。ヒーロー協会に動きが有りましたので御報告に参りました」

 扉の向こうからの言葉に二人は眼を見開いた。

「入れ、メテオリト」

 オニキスが入室を促すと、棘のような背鰭のついたイグアナっぽい鎧を纏った男と、全身に蛇を巻き付けたようなモチーフの軽鎧を纏った女が入ってきた。

 二人とも爬虫類のようなマスクを付けているので、顔は解らない。

「ヒスイも一緒か。それで、ヒーロー協会が動いたというのは確かか?」

 オニキスの確認に、イグアナ装備の男――メテオリトは頷く。

「はい。協会付近に『トゥルー』のメンバーと思われるヒーロー達が集結しています。一部の者達は何故か別行動を取っているようですが、一両日中には動きがあると思われます」

「思ったより早いな。カルヴォン、場合によっては実験段階だが先程の物を投入する必要があるぞ。この機を逃す訳には行かぬからな」

 メテオリトの報告に、オニキスは計画を早めねばと舌打ちする。

 だが、カルヴォンに焦った様子は見られなかった。

「問題ありません。理論上は既に投入可能なレベルで仕上がっておりますので。量産前では有りますが、10個は確保出来る筈です」

「そうか。若干戦力として心許ないが、致し方あるまい。丁度、六将の四人が揃った事だ。例の計画の、最終段階の摺り合わせをしておくぞ」

 オニキスの提案に、カルヴォンとメテオリトは頷くが、一人ヒスイと呼ばれた女性だけが口元を引き絞って同意しなかった。

「どうした、ヒスイ?コランダムとホワイトを失脚させる事に不満でもあるのか?」

「い、いえ、そうでは無く。その、御報告すべきかどうか……」

 言葉を濁すヒスイに、若干の苛立ちを覚えるオニキスだったが、今後の計画に支障が有っては成らぬと、声を荒げないように注意を払った。

「何かあったのか?」

「その……御子息がディノタイプの生成機を持ち出した様でして」

「何!?コーラルが!?」

 ヒスイの報告に目を向いたオニキスは、計画の事など頭から吹き飛んでしまったかのように叫んだ。

 醜態を晒してしまっても、それどころでは無いと焦燥を顕わにする。

「お、落ち着いてください。私の部下に追わせました。向かった先は新科学高校だと思いますので」

 ヒスイが新科学高校と言ったとたん、そのやり取りを見ていたカルヴォンとメテオリトは予想通りと遠い目をした。

 悪の組織内にあって、オニキスの息子コーラルがエメラルドにストーカー行為をしているのは周知の事実だった。

 しかし、六将筆頭の子息という事もあって、誰もが見て見ぬ振りをしていたのだ。

 それがここに来て悪い方へと走り始める。

「くっ、益々計画を早めねば成らなくなったわ。コランダムを失脚させた後であれば好きにして良いと言っておいたのに、勝手な事をしおって」

「如何致しましょうか?」

「……まぁ良い。一先ず放っておけ」

 この期に及んでまだ息子を甘やかすのかと、その場に居合わせた3人は心の中で嘆息した。

 だが、力では3人が束になっても敵わない。

 悪の組織最強の男オニキスは、紋章を持っていた時のコランダムと互角の強さだったのだから。

 どんなに横暴であったとしても、逆らうという選択肢は3人には無かった。

 いや、それでも1人だけは心に一物持っているようだが。

 それを今、表に出すのは得策では無いと、表面上は取り繕っていた。

「先程のサンプルの結果を分析し次第、計画を開始させる。正義の側に悟られるな」

 3人はオニキスの部屋を退出すると、直ぐさま各個自分の部下達への通達を始めた。


 突然慌ただしくなった悪の組織内部で、その動きを察知した白き戦士は、ある人物へと連絡する為にひっそりと端末を開く。

「こっちは、そろそろ動き出すみたいよ」

『まぁ頃合いだと思ってたとこだよ。例の招待状は彼に渡してくれた?』

「一応置いて来たけど、行くかどうかは解らないよ」

『来ないなら、それが彼の運命だったって事さ。私は表だって動けないから、取りあえずそっちの事は頼むよ』

「『トゥルー』の方はどうするの?」

『何もしないよ。あっちはかおりちゃんが何とかするでしょ』

「相変わらず適当ね」

『あんたに言われるとは思わなかった』

「私だから言えるのよ」

『なるほど、一理ある』

「じゃあ伝えたからね。私も身を隠さないとだから」

『了解。気を付けてね』

 通信を切ってから、白いヘルメットの奥で嘆息する。

「正義も悪も大変な事になりそうだわ。まぁ、私にはどうでもいい事だけど」

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