第35話 校舎裏

 いくら好きな娘に振られたと言っても、男と付き合う気は無いんだが。

 ちょっと付き合えよって、女の子に言われたかったよ。


 俺に絡んで来た男――灰原蛍一はいばら けいいちは、クラスでもそれなりにイケてるグループに所属している、学校のヒエラルキーでは上位に位置している奴だ。

 平々凡々な俺とは接点も無いし、用が無ければ話をする事もない男の筈だった。

 そいつが俺に話しかけて来るだけでも異常事態なのに、例の悪寒をモロに感じるって、絶対碌な事にならない。

 だから、シャナには来ない様に伝えたのだが、廊下の角から金髪がヒラヒラ揺れてるのが見えるんだよなぁ。

 シャナは仮にもヒーローだし危ない事は無いと思うけど、さっきの言動といい、何考えてるのか分からない娘だからちょっと心配だ。

 心配ってのはシャナ本人の事じゃなくて、余計な事して話を拗らせてくれるんじゃないかって事ね。


 灰原の後に付いて歩き、辿り着いたのはトラブルの定番『校舎裏』。

 T○L○VEるなら大歓迎なのだが。

 そして、灰原だけかと思いきや、他にも5人の男子生徒達の姿が有った。

 全員殆ど交流は無いけど、確か灰原の取り巻き達だ。

 まさかの複数人相手とは……やばいなコレ。


「真黄、お前に聞きたい事がある。昨日の夜から今朝に掛けて何処に行ってた?」

 灰原は対面に立つ俺を睨む。

 此奴自身がストーカーなのか、それとも取り巻きの誰かがチクったのかは知らないが、今朝黒木さん家の付近に居た奴が、この中にいると思って間違い無いだろう。

 しらを切っても相手を怒らせるだけだし、素直に言ってもそれは変わらないと思う。

 どうしようか?

 俺が沈黙を貫いてると、苛立ったように灰原が続ける。

「忠告だ。黒木さんに近づくな」

 灰原が双眸を細めて俺を睨むと、後ろの取り巻き達も下卑た笑いを浮かべる。

 あぁ、それが言いたかったのか。


 ちなみに灰原はイケてるグループに所属しているが、イケメンでは無い。

 顔面偏差値を誤魔化すためにファッションやら音楽やらをやって、イケイケな感じで周りを威圧する集団に属しているだけ。

 だから、守みたいな本気イケメンの前では萎縮する小者だ。

 今日は守がさっさと部活に行っちまったから、その隙を突いてヒエラルキーが下の俺を呼び出した訳だ。

 往々にしてそんな小者は、一生懸命他人を貶めようとする。

 自分自身を高めない奴が、あんな美少女に好かれる事なんて絶対無いと思うけどな。

「その忠告を聞かないとどうなるんだ?」

 俺が意に介さない態度で聞いてみると、瞬時に灰原の表情が歪む。

左紺さこんの威を借りて、調子に乗るんじゃねーぞ」

 低い声で威圧する灰原は、俺が親友の守を宛にして強く出てると思ったようだ。

 別に守に頼る気なんか無いのに。

 灰原は多対一だから強気なんだろうけど、その程度の威圧なんて、黒木さんの般若に比べたらそよ風だわ。


 さて、険悪ムードになったけど、まさか多対一だとは思わなかったから無策同然なんだよな。

 灰原だけなら、多少殴られて終わりに出来たけど、この人数で袋にされたらマジで病院送りに成りかねない。

 何とか和解の道を探ろうとするも、灰原達はもうやる気を見せて各々構えを取り始めていた。

「ちょっと待ってくれ、俺は喧嘩する気なんて無いんだ。話し合おうよ」

 俺は弱者を演じて、勘弁して欲しいと身振りで伝える。

 実際、変身前の俺は弱者だし。

「お前の事は前々から気に食わなかったんだよ!左紺と仲が良いからって調子に乗りやがって」

「そうだ!姫川さんに手を出すクソ左紺の仲間なんて、天誅を食らわせてやる!」

「あぁ、俺も左紺に好きな娘を奪われた。この恨み、お前に返す!」

 次々に解せん事を言い出す男達。

 俺への恨みじゃなくて、原因は殆ど守じゃねーか!

 俺に八つ当たりすんな!

 あと、姫川とかクソビッチだぞ。

 あんなの守にくれてやれよ。

「最近、黒木さんの周りをお前が彷徨いてると報告が有ったんだよ。俺の黒木さんに近づくストーカーには痛い目見て貰わないとな」

 灰原の言葉に俺はげんなりする。

 お前等の方がよっぽどストーカーじゃねーか。

 まぁ確かに、既に振られているのに纏わり付いてる俺は、ストーカーみたいなもんか?


「食らえ!」

 唐突に灰原が右ストレートを俺に向けて放ち、それが開始の合図となった。

 俺は左にステップして躱し、軽く灰原の肩を押してやる。

 勢い余ってバランスを崩した灰原は蹈鞴を踏んで蹌踉めいた。

 意外と体が動くな。

 さっきの体育が丁度良いウォーミングアップになったのか?

 いや、何かそれ以上に戦闘に関する動きが、スムーズな気がする。

「おらぁ!」

「ふんっ!」

 次々に男達が殴り掛かってくるが、俺の眼には全て見えている。

 以前の俺では見えていても躱せなかっただろうが、今日の俺は男達の拳を右に左にと難無く躱していけるのだ。

 変身してないのに、体が古武術の動きを覚えてるみたいだ。

 昨日、聖域ゾーンに入ってしまう程集中したから、イメージが脳に定着したのかも知れないな。

 俺は無駄の無い足運びだけで、その場にいる6人を翻弄する。

 でも、何でバスケやった時はスムーズに動けなかったんだ?

 まさか、データ入力してない応用したような動きは出来ないとか?

 偏に俺の運動神経が悪くて不器用過ぎるって事だな。

 何ともお粗末だが、今は古武術の動きが使えるだけで十分だ。

 無駄な力を使わない支点力点による動きだから、体力使い切ってる今でも問題無く戦えるし。

 一般人相手で変身出来ないからどうなる事かと思ったが、これなら行けそうだ。


 右から蹴りを放って来た男の軸足を払い、バランスを崩した処に肘打ち。

「ぐえっ!」

 その隙を突こうと殴り掛かって来た別の男の拳を受け流して、相手の腿と肩を掴み、回転させるように捻って投げる。

「うあっ!」

 次々に殴り掛かってくる残りの3人も同様に投げて沈黙させ、後は灰原一人だけが立っている状態になった。

「な、何なんだよ、お前!?さっきのバスケじゃ、あんなに鈍臭かったのに」

「五月蠅いよ。球技は苦手なんだ」

 灰原の言う通り、バスケでは全然活躍出来なかったもんな。

 今度バスケの動きもデータ入力して練習しとこう。

 俺のモテモテライフが来る日は近いぜ!

 取りあえず、これだけ力の差を見せておけば当分絡まれる事は無いだろう。

 さっさと終わらせて、お義父さんの道場に向かわないとな。

 俺がじりじりと近づくと、灰原は脂汗を流して狼狽える。

「く、来るな!」

 焦燥感を出した灰原は、不意にポケットに手を突っ込んで、赤い宝石が埋め込まれたペンダントのようなものを取り出した。

 何だあれ?

 武器の類いには見えないけど。

「ほ、ホントにコレ役に立つんだろうな……?でもやるしか……」

 灰原が、ペンダントを握り締めてブツブツ言い始める。

 ベントラーとか言い出さないだろうな?

 別の意味で怖ぇよ。

「『チェンジフォーム』!」

「えっ!?」

 灰原が叫んだ言葉は、聞き覚えのあるキーワード。

 正義のヒーローが変身する時に唱える言葉だ。

 落雷のような轟音と共に閃光に包まれた灰原は、瞬く間に光の粒子をその身に纏う。

 しかし、ナノマシンを身に纏ったのであろうその姿は、変身のキーワードとは裏腹に、正義のヒーローとはかけ離れたものだった。

「カ、カメレオン!?」

 俺の口をついて出た言葉通り、灰原の姿は緑色のブツブツした表皮を纏った、主にアフリカ方面に生息する爬虫類へと変貌していた。

「や、やった!ちょっと不気味だけど、力を手に入れたぞ!!」

 頭部まで完全に爬虫類状態の灰原は、奇怪に歓喜していた。

 あれ、どう見ても悪の組織の怪人だよな?

 怪人ってナノマシンの集合体で中の人とか居ないんだと思ってた。

 あのペンダントは紋章の代わりになる物なのか?

 紋章とか変身のシステムについては、詳しい事を聞いて無いから解らないけど、ああいうパターンも有るのかも。

 後でお義父さんに聞いてみよう。

 って、今はそんな事考えてる場合じゃないな。

 相手がナノマシンのスーツを着てるって事は、生身で戦うのは危険だ。

 コランダムは生身だったけど、あの人は化物だから例外。

 ということで、俺も変身したいんだが……。

 灰原の姿を見て腰を抜かしている他の男子生徒がいるから、ここでは変身出来ないし、そもそも灰原に俺が変身するとこを見せたくない。

 俺が一瞬考え込んだのを見て、灰原カメレオンが体を沈み込ませる。

 やばい!?

「おらぁ!」

「くっ!」

 地面を蹴って急激に突進して来た灰原を、俺は体を捻る事で辛うじて避ける事が出来た。

 しかし、少し掠っただけの体操着が破れてしまう。

 間違い無くナノマシンの出力ブーストを使っている。

 俺が変身出来る事を知られたく無いが、このままじゃ絶対勝てないからしょうが無い。

 と思い、精神感応で変身の信号を送ろうとした時、青い光がカメレオンを襲った。

「ぐおおっ!」

 青い光に弾き飛ばされた灰原は数m程吹き飛ぶ。

「シャ……ブルー!」

 飛び込んで来たのはシャナの変身した姿、戦隊ヒーローのブルーだった。

「アキトはやっぱりシャナのヒーローだった。此処は任せて!」

 おい、一人称で名前言っちゃってるけど大丈夫か?

 やっぱり付いて来てて、さっきの戦いを隠れて見てたんだな。

 シャナのヒーローって意味は分からないが、取りあえず助かった。

 ここは一旦シャナに任せて、人が居ない所で変身してこよう。

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