WAVE:06 君に届く光

「や、やぁ、奇遇だね。こんな所で会うだなんて」


 間抜け過ぎる発言に自分で笑いそうになった。


<……驚いた?>

「う、うん。凄く愕いた」


 それはもう、ドッキリを疑うレベルで愕いている。ヘッドセット越しに聞こえる爆発音はいわゆる『世界の関節が外れる音』かと思ったけど、アレは単に周囲の敵機がやられてるだけだ。

 そんな馬鹿な勘違いをする程度には動揺している。

 デュアルスティックを握る手が汗でベトベトだ……って汚いなぁ!

 取り合えず、シャツで掌を拭っておこう。

 

あやに教えて貰ったの。プロフェシーのライナーが小瀬川こせがわ君だって。ずっと、気になってたんだ。あの、オレンジ色のギアのライナーが誰なのか>


 シアンもオレのことを意識していたのか。こっちが一方的にライバル視していたワケじゃなかったんだな。

 そして、シアンの正体が宙埜そらのさんだって、いぬいは知っていたのか。

 乾がオレのプレイングをどうやって宙埜さんに伝えるのか気になっていたけど、なんのことはない、オレはシアンとの対戦を通じてずっと直にそれを伝えていたんだ。


あやを怒らないでね。お願いしたのは私だから>


 乾はどこまで宙埜さんに話したんだろう。

 オレが宙埜さんのことを好きだってことまで話したのか。

 いや、それはないな。乾は、そこまで口の軽いヤツじゃない。


「別に怒ったりしないから安心して。お願いってのは、シアンの正体が自分だって秘密にすること?」

<うん。それと、私がオラクル・ギアをプレイしてることも>


 どうゆうことだろう? オラクル・ギアはあまり宙埜さんのイメージではないけど、わざわざ隠すほどのことじゃないよな……。


<おかしい、よね……。今時、ゲームで遊んでいることを隠すだなんて>


 そう言う宙埜さんの声がとても悲しげに聞こえるのは、オレの気のせいか。


「おかしく、ないよ」

<……ありがとう>


 宙埜さん、オレはお礼を言われるようなことはしてないよ。ただ、当たり前のことを言ってるだけだ。人にはそれぞれ事情がある。少しぐらい疑問に思うことはあるかもしれない。だけど、それをおかしいだなんて思ったりはしないよ。

 

<……私が泣いているのを見つけたときも、何も聞かずにいてくれたよね>


 五ヶ月前。

 見知らぬ商店街の路地裏。

 一人ぼっちで泣いている宙埜さんを見つけた、あの日のことを言っているのだろうか。

 思い出すだけで顔をから火の出そうな発言をやらかしたあの日。恥ずかしいので出来れば忘れていて欲しかったけど、オレには忘れることの出来ない、運命みたいな邂逅のあったあの日……。


「……まだ、覚えていたんだね」

<そうだよ。ちゃんと覚えているよ>

「あの時はゴメン。何かナンパみたいなことしちゃって」

<軟派とは違うでしょ? 私のことを心配してくれていたんだから。私の方こそちゃんとお礼を言っていなかったような気がする。ごめんなさい。それと、ありがとう>

「宙埜さん、謝らないで。何も悪いことなんてないから」

<小瀬川君は優しいんだね>


 オレが優しいだって? そんなことはないよ。

 好きになった相手のためなら、きっと誰だってこれぐらいのことは言える。

 

<……ねぇ、小瀬川君、聞い欲しい話があるんだ>

「何?」

<兄の、話。私には兄がいたんだ>


 宙埜さんのお兄さん……?


<兄はね、このゲームが――オラクル・ギアが好きだった。いつも目をキラキラさせてオラクル・ギアの話をしていたの。私はオラクル・ギアのことはよく分からなかったけど、兄さんの星みたいに輝く目を見るのは好きだった>


 宙埜さんのお兄さんはギアライナーなのか。

 いや、待てよ。

 宙埜さんはどうしてお兄さんのことを過去形で話しているんだろう……?


<だけど、兄さんはもういない。交通事故に遭ったの。もう、7年前になるかな。オラクル・ギアの大会に参加する途中の事故だった>


 ああ、そうゆうことなのか。

 宙埜さんのお兄さんは、もうこの世の人じゃない。だから過去形なのか……。


<お父さんもお母さんも、それに私もとても悲しんだ。それでも、何とか立ち直った。兄の遺品を整理しているときにね、兄さんのギア――スクラのデータを見つけたの。それで、本当に何となくだけど、近くのゲームセンターに入って、スクラでオラクル・ギアを遊んでみた。兄さんが大好きだったゲームを、兄さんの愛機で代わりに遊ぶみたいに>


 宙埜さんはまるで堰を切ったかのように滔々と自分の打ち明け話を続けていく。

 そういや、このバトロ大会はネットで配信されてるんだよな。

 宙埜さんからの通信は……大丈夫だ、秘匿シークレットモードになってる。

 宙埜さんとのオレの会話が配信される心配はないな。


<ただね、両親はあまりいい顔はしなかった。何しろ兄は、このオラクル・ギアの大会に出場するために死んだようなものだから。理屈ではそんなことないと分かっていても、感情の方が納得出来なかったんだろうね。両親は言葉に出さなくても、私がオラクル・ギアの話をするたびに、悲しいそうな顔をするの。また、自分の子供がこのゲームのせいでいなくなってしまうんじゃないかって思ったのね。私は、もう二人のことを悲しませたくなかった。だから、両親にはもうゲームは遊ばないって約束した>


 でも、宙埜さんはオラクル・ギアで遊ぶことを止めなかった。


<酷いよね。家族を、両親を騙して、ずっとゲームで遊び続けていたんだもの。兄の代わりに遊ぶんだって言い訳をして、結局、私は自分が楽しいからオラクル・ギアで遊び続けたんだ。ゲームを続けていることを両親に知られるわけにはいかないから、友達には内緒にしていた。オラクル・ギアの話が出来る相手は殆どいなかったけど、それでも、綾はずっと私の嘘の片棒を担いでくれていた。私ね、ずっと親友に嘘をつかせていたの>


 宙埜さんの声はどこまでも重く、深く沈み込みようだった。

 罪悪感で押し潰されそうになっているんだ。


「宙埜さん、大丈夫だよ。乾はきっと気にしてないよ」


 乾が宙埜さんに向ける表情。

 今なら分かる。何だか妹を見守るねーちゃんかにーちゃんみたいなあの笑顔と眼差しは、悲しい嘘で心をすり減らす親友を労わるものだ。


<うん。そうだね。綾も優しいからきっと気にしてないと思う。でも、ね。それを理解した上で、綾に甘えている自分が嫌になるの……>


 宙埜さんの声は深い哀しみを帯びたままだ。オレの言葉じゃ宙埜さんの心にかかった鉛色の雲を晴らすことが出来ないのか。


<駄目だね……。私、今度は小瀬川君に甘えようとしてる……。高校に入ってからずっと戦ってきたプロフェシーのライナーなら、小瀬川君なら、きっと私の話を聞いてくれると思ってる。勝手に信頼して、その信頼を口実に、自分の荷物を背負わせようとしてるんだ……>

「かまわないよ、甘えたければ甘えればいいんだ。人間が一人で抱えられる哀しみの量なんてたかが知れてるんだから。一人じゃ抱えきれないほどの哀しみで心を痛めるぐらいなら、いっそ、その哀しみをオレにも分けてよ」


 考えるよりも先に言葉が口から出ていた。


「うわ、ゴ、ゴメン! また変なこと言って。驚かせたよね……」

<いいの、謝らないで。悪いのは私の方だから>

「そんなことないよ、宙埜さんは何も悪くない。ただ、自分のことを酷い人間みたく言うのは止めて。そんなの、乾も、宙埜さんのお父さんとお母さんも、多分、いや、きっと、お兄さんだって望んでいない……と思う」

<そう、かな……?>

「そうだよ。少なくともオレはそうだよ」

<小瀬川君……。本当にありがとう>

「いいんだよ、もう」


 宙埜さん、もう泣かないで。

 そんなふうに秘密や悲しみを背負い込む必要なんてないんだ。

 その荷物を全部肩替わりしようだなんて思わないけど、少しだけ、乾やオレに分ければいいよ。

 それで、宙埜さんが少しでも笑っていられるのなら、友達としてこれほど嬉しいことはないんだ。


<結局、執着なのかな。私がオラクル・ギアを遊ぶのは。いつまで経っても兄さんのことを忘れられないだけなのかも……>

「宙埜さん、駄目だよ。そんな言葉を使ったら」

<小瀬川君……?>

「オラクル・ギアとカメラ・オブスクラは、お兄さんとの大切な思い出なんだろ?」

<……うん>

「だったら、だったら……執着だなんて言葉を使わないで。そんな言葉を使ったらゲームとギアが可哀相じゃないか。宙埜さんはオラクル・ギアのことが好きじゃないの?」

<違うよ、私は、このゲームが好き。きっかけは兄だったかもしれないけど、今はこのゲームで遊ぶのが、スクラで戦うのが好き!>

「なら、もうそんな悲しそうな声でプレイするのは止めにしよう。オレは自分が悲しい気持ちでゲームをするのも、誰かが――友達が悲しい気持ちでゲームをするのも嫌だよ……」

<ゴメンね、私、小瀬川君を悲しませたくてこんなことを言ったわけじゃないの。だから、もう、泣かないで>


 泣いて、いる……?

 そうか、オレは泣いているのか。

 触れてしまった宙埜さんの過去が悲しいものだったから、つられてオレまで悲しくなってしまったんだな。

 ライバルの前で、好きな女の子の前で、情けないヤツだ。

 ここは、カッコつけなきゃ駄目なとこだろ!

 オレはシャツの袖で涙を拭って、宙埜さん――いや、シアンに言った。


「なぁ、戦おうぜ、シアン。悲しいことを今は考えずに済むぐらい、頭を空っぽにして対戦しようぜ?」

<……うん、そうだね。私も小瀬川君ライバルと決着を付けたい>


 ライバル、か。

 宙埜さんシアンも、そんなふうにオレのことを思っていたんだな。

 嬉しいよ。凄く嬉しい。

 少なくとも、オラクル・ギアでは両想いだったワケだから。

 さーて、と!

 湿っぽいのはここまでだ。気持ちを切り替えていくぞ。

 ここから先は互いに笑顔でゲームと向き合うための戦場だ。

 オレはデュアルスティックを力いっぱい握り締めながら言った。


「プロフェシーS Gスターグラブ、ゴー・アヘッド!!」


 そして、オレの声に応えるように宙埜さんシアンが言う。


<スクラ、ライツ・カメラ・アクション!!>


 二人の声が戦場ステージに響く。

 おっし、戦闘開始バトル・スタートだ。

 一緒にとことんはしゃごーぜ、宙埜さんシアン





 メインモニターの中でカメラ・オブスクラ――スクラが動きを見せた。

 肉抜きされて骸骨のようになった機体。それを守るように両肩から伸びた長い装甲――フレキシブル・シールド・バインダー内蔵のスラスターが光を放ち、プロフェシーとの距離を取る。

 それと同時に右腕装備ライトアームのフォトン・ライフルによる牽制射撃。

 オレはターボダッシュで回避。ガンポッドと鎌斬裂波サイス・シーカーによる反撃も忘れない。

 互いの初撃はハズレ。プロフェシーSGもスクラも無傷だが、相手に距離を取らせてしまった分、こちらが不利な状況。

 プロフェシーSGは有線式フォトン・ガンポッドとハーヴェスターⅡの鎌斬裂波で射撃性能が向上しているけど、基本的には格闘戦が身上。ここは可能な限り相手にまとわりつくのが最善手だ。


<小瀬川君、いかせて貰うよっ……!>


 スクラの主力装備メインアームであるロング・フォトン・ライフルによる射撃。宙埜さんのライナーネームと同じ暗い青シアンの光子弾が、ターボダッシュで移動するプロフェシーの脇を掠めていく。

 おおっと、あぶねぇ。

 プロフェシーSGのA F Cアンチフォトンコーティングは、死霊館の結晶拡散型フォトンラチャーで半分上削られている。今、アレを食らったら、AFCを突き抜けて本体もかなりのダメージを受けるのは確実。旧型に比べて装甲が厚くなったとは言え、それでも標準程度だ。透吾のウィッカーマンのように重装甲でもない限り食らいたくない一撃だ。

 スクラはターボを使ってプロフェシーと距離を取り続けようとする。主力装備の有効射程ギリギリまで下がって、自分のレンジで一方的にこちらを封殺するつもりだ。

 スクラが後退していく方角には月の前線基地跡がある。あそこには大量の障害物が配置されているので、狙撃ポイントには打って付けだ。

 こいつはヤバイな。

 オレはプロフェシーをスクラ目掛けて加速。スクラはこちらの接近を阻むように、右腕装備の連射を繰り返しながら、そこに時々、ロング・フォトン・ライフルによる一発を織り込んでくる。低威力の右腕装備にばかり気を取られていると、不意にキツイ一発を食らうことになるので、注意が必要だ。

 こちらも、負けじとガンポッドと鎌斬裂波をお見舞いするも、なかなか当たらない。ギア本体を極限まで軽量化しているからこその機動性だ。サイズ的にはベース機のピーピング・トムと同じ標準型なんだろうけど、装甲値と耐久値は旧プロフェシーとどっこいだ。

 バトロ大会も中盤が過ぎ、敵機エネミーも大分減ってきた。

 早いとこ勝負を付けないと、さっきの溝呂木プロみたく、いきなり乱入されて面倒なことになる可能性が高い。

 でも、焦ったら駄目だ。

 こんな時こそ、集中あるのみ。

 オレはメインモニター全体に意識を向ける。

 ん、プロフェシーSGのブーストゲージが切れかかっているな。

 オレは一旦、プロフェシーの加速を停止。そのまま、ノーゲージで可能なステップ移動に切り替える。

 ステップはブーストダッシュほど素早く長い距離を移動できないけど、相手のロックオンを切ることが可能だ。ゲージが回復するまで、暫くこれでやり過ごすしかない。

 オレは連続ステップでフォトン・ライフルをギリギリ回避。ゲージの回復したタイミングでターボーをかけ加速。ロング・フォトン・ライフルの重い一撃を何とかやり過ごす。

 ふー、神経が磨り減るぜ。そう長くは続けられないぞ、コレ。

 加速力ならプロフェシーSGの方が上だけど、こちらの接近を咎めるようなスクラの射撃が厄介でなかなか近づけない。。

 スクラの左腕装備レフトアームは右腕装備と同じフォトン・ライフル。特殊効果こそないが、右腕装備と合わせて間断なく撒き散らされる弾幕が厄介だ。

 スクラの主力装備であるロング・フォトン・ライフルは、右腕装備のフォトン・ライフルの折り畳んである銃身を展開して使用する。都合、発射の際に多少隙が生じる。それをカバーするために敢えて左腕装備を右腕装備と同じ、連射性に優れたライフルにしてあるのだろう。よく考えた武装選択だ。

 宙埜さんのお兄さんは、きっと強いライナーだったんだろう。

 一度、対戦してみたかったな。

 いや、止そう。今は目の前にいる宙埜さんシアンのことだけを考えるべきだ。

 実際、宙埜さんシアンはお兄さんのカスタムしたギアを見事に使いこなしている。

 それは、今までの対戦で骨身に染みて分かっていることだ。


「強いね、宙埜さん!」


 思わず声に出た。 


<小瀬川君はこの程度じゃないよね? このままじゃ私が勝つよ?>

「ははは、言ってくれるね!」


 全く、このゲームを遊ぶ人間はどうしてこんなに対戦相手を煽るのが好きなんだろう。

 宙埜さんがそんなことを言う人だなんて知らなかったよ。

 オレの知らないもっといろんな表情を見せて欲しい。そんなふうに思った。


「オレだって、この程度で終わるような男じゃないよ」

<それ、ちゃんと態度で示してね?>


 言われなくても!

 デュアルスティックを倒しブーストトリガーをクリック。

 それに応えて背部の大型スラスターがオレンジ色の光を力強く爆発させる。推力に任せた単純な直進で接近。

 二挺のフォトンライフルによる射撃は気にしない。まだAFCで防御可能な範囲。

 ロング・フォトン・ライフルの的にされそうなとこだけど、さっきまでの攻撃回数から残弾切れでリロード中と判断。ずっと戦い続けてきたギアだ。それぐらいのことは分かる。


「ガンポッド、シュート!」


 右スティックのアームトリガーをクリック。ガンポッドから撃ちだされる光子弾を盾にスクラ目掛けてブーストダッシュ。そのままダブルロックオン圏内まで間合いを詰める。

 スクラはジャンプで回避しようとするが遅い。旧型プロフェシーならかわされていたパターンかもしれないけど、今のプロフェシーは他でもない宙埜さんシアンとカメラ・オブスクラに勝ち、このバトロで生き残るために作られたギアだ。間単に回避なんかさせない。


「ジェノサイド・ストーム! これでも食らってけ!!」


 オレは左右のアームトリガーを素早く二回クリック。

 満タンまで回復していた主力装備のゲージをすべて吐き出して、ハーヴェスターⅡの最強攻撃をぶっ放す。

 キルサイス・マサカーのように複数の敵機を同時に攻撃する範囲攻撃ではないけど、その分、威力と縦方向への攻撃判定が伸びたオレンジ色の竜巻が発生して、スクラに襲い掛かる。空中に逃げることで攻撃をやり過ごそうとしたスクラは、ジェノサイド・ストームに引っかかり地上に墜落。そのままダウンを奪われる。

 すかさず、ハーヴェスターⅡで追撃だ。

 よし、これで、耐久値の半分近くは刈り取った。

 ダウンから復帰したスクラにさらにハーヴェスターⅡで格闘を擦ろうと思ったけど、ステップによるロックオン外しでかわされた。それどころか、格闘を空振った隙を狙って、宙埜さんシアンは近接でフォトン・セイバーのフルコンを叩き込んできた。

 ぐえ、こいつはキツい。


<悪いけど、まだやられるつもりはないから!>

「オレだって負ける気はないよ!」


 こちらがダウンから復帰する前に、両腕のフォトン・ライフルを撃ちながらスクラは後退を始める。月面基地跡までもうすぐだ。こちらの得意レンジで殴り合わず、あくまで自分が一番有利な状況に持ち込むつもりだ。

 そうだな、宙埜さんシアンの戦闘スタイルはそうだったな。

 後退するスクラにプロフェシーSGはターボで接近。AFCの耐久値は残り少ない。ゴリ押し戦法はもうじき使えなくなる。

 ガンポッドを撃ちながら、直進でスクラに接近。適当なタイミングで横方向にダッシュ。我ながら見事なファジー回避でロング・フォトン・ライフルの光子弾をやりすごす。

 いいな、この感じ。いつも以上にゲームにのめり込んでる。思考と感覚がどこまでも研ぎ澄まされていく。

 オレがそう思った瞬間だった。


<カナタお姉さまに仇をなす不貞の輩はわたくしが許しませんわ!>


 ヘッドギア越しに甲高い女の子の声が聞こえてきたのは。

 てか、カナタお姉さまだぁ!?

 眼前のメインモニターを確認。毎度お馴染みの乱入者であるカスタムサスペリアが、こちらに向かって高速接近中だ。


<その声とギア……花凛かりんちゃん!>


 花凛ちゃん……?

 このカスタムサスペリアのライナー、宙埜さんの知り合いのなのか。


<お姉さま、私が来たからにはもう心配いりませんわ! ひびき、派手にやって差し上げて!>


 嫌な予感がするぞ!

 オレはサブモニターで素早く上空を確認。ゲェェッ、やっぱりいたよ。いつものドリームキャッチャーが。

 オレは殆ど条件反射でプロフェシーSGに回避行動を取らせる。一瞬前までプロフェシーSGの存在した空間に対地爆雷の雨あられが降り注ぐ。

 クソ、爆風のエフェクトで周りが見えねぇ!

 

<あなたみたいな人間がいるから、お姉さまが私達の相手をして下さらないのよ!>

 

 何だよ、その謎の言い掛かりは!

 爆風の中からカスタムサスペリアが飛び出してくる。

 ヒート・マチェットで格闘攻撃を仕掛けるつもりか!


<花凛ちゃんも響ちゃんもいい加減にしなさいっ!>


 宙埜さんが珍しく声を荒げながら、カスタムサスペリアとドリームキャッチャーのライナーを止めようとする。


<そうは言っても一度スイッチの入った花凛は止められないしなぁー>


 やたらと気だるげな女の子の声が聞こえる。こっちはドリームキャッチャーのライナーか。

 ドリームキャッチャーは空戦型のギアだけど死霊館のようにピーキーな突撃戦仕様ではない。普通に二本の足で接地して、そのまま、こちらに向かってブーストダッシュ。格闘戦用武装の対装甲ダガーを構える。

 カスタムサスペリアと挟み撃ちにする気かよ。

 あー、もう、どうすんだよ、コレ!


伊吹いぶき、あんまり面倒をかけないで欲しいなー>


 ヘッドセットから聞こえてきてのは馴染み深い友人の声。

 その声と同時に、まず、ドリムキャッチャーが吹っ飛んだ。

 これは、遠距離からの支援砲撃か。


<あー、花凛、ゴメン。今の一発はちょっと厳しいかも>

<クッ、誰ですの!?>

<その台詞はそっくりそのままお返しするよー。友達の対戦を邪魔するのは一体どこの馬の骨かなー?>


 サブモニターで周辺をチェック。友軍フレンドを示す青いマーカーとウィッカーマンの名前を確認。透吾だ。方角は……月面基地跡か。


<あまり野暮な真似はしない方が身のためだよー。僕はほんのり激おこモードだからさー>


 再度の砲撃。

 次はカスタムサスペリアが吹き飛んだ。

 ウィッカーマンの主力装備である、大型電磁加速砲・メガ・ソリッド・バスターがその長射程・高威力を遺憾なく発揮。突然の乱入者達を一方的に蹂躙していく。

 お、おっかねぇ……。

 オレのために怒ってくれるのは有り難いけど、やっぱり怖いものは怖いんだよなぁ。


<対戦を邪魔されて怒る? 何をふざけていらっしゃるの? これはバトルロイヤルですのよ!>

<うーん、それがどうかしたの? 問題なのは僕が怒っていることで、君がどう思っているかじゃないんだよねー。鬱陶しいからさっさとやられてよ>


 ウィッカーマンのメガ・ソリッド・バスターが、カスタムサスペリアに再び直撃。

 カスタムサスペリアの耐久値はもう殆ど残っていない。

 

<きゃあっ!!>

<花凛、だからボクは止めようとって言ったのにー>

<ちょ、響! 今更そんなことを言っても遅過ぎですわよ!>


 カスタムサスペリアもドリムキャッチャーもウィッカーマンの砲撃で既に撃墜寸前。ここでさっさと片付けた方がいいのは分かるけど……。


<小瀬川君、雨村あまむら君、面倒をかけてごめんなさい。後輩は私の方で対処します!>

<ん? 今の声はひょっとして宙埜さん……?>


 透吾が疑問の声を上げる。

 そうか、透吾はシアンの正体が宙埜さんだって、乾から聞いていたワケじゃないのか。


<二人とも、後で話があります! バトロ大会が終わるまで勝手にいなくなっては駄目よ?>

<そ、そんなー、お姉さまー>

<えー、ボクは花凜に巻き込まれただけなのにー>

<返事は「はい」でしょ!!>


 うお、宙埜さん凄い迫力。透吾とはまた違う怖さだ。

 今日の宙埜さんは本当に色んな表情を見せてくれるな。ますます好きになりそうだ。


<<は、はいっ!!>>


 二人の声が見事にハモる。


<小瀬川君との対戦をこれ以上邪魔されたくないの! 二人には悪いけどここで落ちて貰います!>


 スクラがフォトン・セイバーによる格闘で、虫の息だった二機のギアに引導を渡した。


<ふう、ごめんなさい。二人とも後輩が迷惑をかけて>

「あー、いや、オレは大丈夫。でも、良かったの? 後輩、何だよね……?」

<二人とも中学の頃から私と綾に懐いてくれてるんだけど、少し甘やかし過ぎたみたい……>


 そう言う宙埜さんの声は複雑そうだ。そういや、この前もあいつらが乱入してきたとき、一緒に共闘を申し出たのは宙埜さんの方だったな。

 いろいろと手のかかる後輩みたいだけど、同じゲームで盛り上がれる数少ない仲間だから、邪険には出来ないんだろうな。

 中学からの付き合いってことは、宙埜さんの事情は知っているのだろうか。

 あのノリだと、宙埜さんの事情なんて構いなしにまとわりついてる可能性が高そうだ。

 あれは、多分、乾が一番苦労するパターンだな。


<伊吹、大丈夫だったー?>

「透吾サンキューな。助かったよ。あとで午後ティおごるわ」

<やったー、アシストした甲斐があったよー。それはそうと、何で宙埜さんと戦ってるの? て言うか、宙埜さんもオラクル・ギアやる人だったの?> 


 まぁ、やっぱり気になるよな。


「スマン、これには話すと長くなる深い理由があってだな」

<ようするに、お察しってことだねー?>

「まぁ、そんなとこだ」

<いいよー、後で説明してくれれば>

<ありがとう、雨村くん>

<気にしないでー。それじゃ、僕は風狼田ふろださんのとこに向かったヒナが心配だから、そっちに行くね。あとは若い二人でどうぞー>


 お見合いかよ。


<もし、綾を見かけたら私は大丈夫だって伝えて貰ってもいい? あと、あの二人にはキツめのお仕置きをしておいたって>

<了解。会えたら伝えておくよー>


 そういや、乾のヤツ大丈夫かな。あいつも相当ヤる方だけど、プロ相手にどこまで持つか。フロニキと戦ってるヒナも気掛かりだ。

 でも。

 今、気にするべき相手は目の前の宙埜さんシアンだ。

 

「さて、そろそろ決着を付けようか?」

<うん、そうだね……>


 言うが早いか。スクラがロング・フォトン・ライフルをプロフェシーSG目掛けて、至近距離でぶっ放す。

 ゲェェェッ、いきなりそんなんビビるやろ! 思わず似非関西弁になってしまった。


<勝つのは私だからね?>


 スクラは後退することなく、更に二挺のフォトン・ライフルを連射。

 こっちもハーヴェスターⅡで応戦しようとするけど、咄嗟のことなので対応が遅れた。

 プロフェシーSGに攻撃させる隙を見せないよう、ダンスみたく軽快な動きで近距離連続射撃を繰り出すスクラは、まるでB級アクション映画のようだ。

 ここにきて、戦闘スタイルを変えた…だと…!?

 しかも、何かやたらとカッコいいし!

 

<スクラが遠距離戦だけのギアだと思わないでね!>


 スクラのベース機・ピーピング・トムは射撃戦主体のギアだから自分から格闘攻撃を仕掛けるのには向いてない。でも、カスタム機であるスクラは、ある程度格闘戦とこなせるように、バランス良くチューンされている。

 チャンスがあれば最低限の格闘攻撃を仕掛けることはあっても、宙埜さんシアンは極力自分の得意レンジで戦うこと拘った。それは、格闘攻撃が苦手だったからではなく、こちらの油断を誘うために長い時間をかけて置かれた布石だったのか。

 いつの日かオレと決着を付けることを想定して。

 まったく、やってくれるじゃないか!


この子スクラは近接戦だってちょっとしたものなんだよ。小瀬川君のプロフェシーにだって負けないと思う>

「宙埜さんには驚かされてばかりだよ。まさか、こんな奥の手があるとはね」

<最初の頃はちょくちょく近接戦挑んだの忘れた? さすがに分が悪いと思って途中で止めたけど。でも、私とスクラだってしっかり進化してるんだよ。小瀬川君と戦って、ライバルの熱さをずっと感じて、私だって負けられないって思ったんだ>


 そうか。オレの熱はしっかり宙埜さんに伝わっていたんだな。

 

「オレは……」

<どうしたの小瀬川君? 少し声が震えてるけど……>

「オレは嬉しいんだ。宙埜さんシアンがオレのことをライバルだと思っていてくれたことが。時々、不安だった。オレが一人で空回っているんじゃないかって。でも、そうじゃなかった。宙埜さんシアンとオレ、二人の歯車がしっかり噛み合っていた。そのことが嬉しいんだ」

<私、兄さんがいなくなってからずっとオラクル・ギアをプレイしてきた。でも、ここまで対戦して楽しいと思えたライナーは小瀬川君と綾だけだよ>


 ありがとう、宙埜さん。

 その言葉に報いるためにも、何よりプロフェシーとオレのためにも、この勝負は絶対に負けられない!

 オレは右スティックのアームトリガーをクリック。ガンポッドから撃ち出される光子弾をスクラがステップで回避。オレはその隙をついてハーヴェスターⅡで格闘攻撃を仕掛ける。しかし、スクラは再びステップで回避。そのまま、演舞のようなモーションで、こちら目掛けてフォトン・ライフルを連射。オレはお構いなしでプロフェシーSGを突っ込ませる。AFCを全て持っていかれるけど気にしない。肉を切らせて骨を断つだ。加速はそのままでハーヴェスターⅡを振り降ろすけど、スクラはステップからのターボダッシュで回避。

 スクラはそのまま、間近まで迫った月面基地跡まで一気に移動。

 障害物に隠れて狙撃モードに入る気だ。

 今日の宙埜さんの表情みたいに、宙埜さんシアンとスクラは目まぐるしく戦闘スタイルを変える。

 ははは、楽しい! 本当に楽しいなぁ!

 サイコーのライバルが自分の好きな女の子で、一緒にゲームをこんなに楽しく遊べるだなんて、オレは何て幸せなヤツなんだ。

 ずっと、このまま戦っていたい。そう思った。

 だけど、そんなワケにもいかない。

 オレは三つの目標を達成して、宙埜さんに自分の気持ちを伝えるために宙埜さんシアンに勝たなくてはいけないのだから。

 障害物の陰に隠れたスクラがロング・フォトン・ライフルでこちらを狙い撃つ。

 こちらが射撃戦を仕掛けるには不利。基地跡は障害物が多いので格闘仕掛けるのも難しい。そもそも、狙撃があるから近づくのも困難だ。状況としては相当分が悪い。

 だけどさ、こうゆうのって”燃える”よな!

 オレはプロフェシーSGの残り耐久値と武器の残弾ゲージを確認。右腕装備がまだ80%しか回復してないか……。

 耐久値の方は、さっきフォトン・セイバーのフルコンで受けたダメージが大きい。死霊館との戦いも無傷で切り抜けたワケじゃないし。AFCの耐久値だってもうゼロだ。ぶっちゃけ、余裕ねーよ。

 例えここを切り抜けたとしても、フロニキに溝呂木プロといった強敵がまだ残っている。

 オレは、本当にこのバトロで生き残ることが出来るのだろうか。

 いや、駄目だな。こんなことを考えていたら。

 生き残れるかじゃない、生き残るんだ、そう決めただろ!

 全てを出し尽くして生き残る。勝ち残ってやる!!

 オレは左右のデュアルスティックを外側に開き、プロフェシーSGをジャンプさせる。

 基地跡の障害物に隠れているスクラを見つける。

 武器ゲージを素早く再確認。右、左、主力。全て満タンだ。

 これならいける……!

 オレは空中でスクラをロックオン。そのまま、デュアルスティックを前に倒しながら、ブーストトリガーを押し込む。それと同時に左右のアームトリガーを素早く二回クリック。


「アーマード・ジャケット、パージ! モード・トライエス、 シークエンス・ゴー!!」


 オレの言葉と同時に、プロフェシーSGを包んでいた、大型スラスターを含む外装――アーマード・ジャケットがギア本体から切り離される。そこから現れたのは旧型プロフェシーよりもさらに軽量な、カメラ・オブスクラに匹敵する骨抜きが施されたギア、プロフェシーネイキッド だ。


<何、それ……!>


 宙埜さんシアンが驚愕の声を上げる。

 プロフェシーNから分離したアーマード・ジャケットはサーフボードのような形状へと変形。プロフェシーNがその上に乗る。まるで、空中でサーフィンをするサーフライダーのように、スクラ目掛けて突撃を開始。


「行くぜ、これがプロフェシーSGの最大必殺技、スタァ・ソード・スライダーだっ!! これで決着を付けるぞ、シアンッ!!」

<いいね、小瀬川君。凄くキラキラしてるよ、兄さんのこと、思い出す……。でも、言ったよね、私も負ける気はないって!!>


 スクラがスラスターを大きく噴かしターボダッシュ。空中からS S Sスタァ・ソード・スライダーで高速接近するプロフェシーNを回避しようとする。フォトン・ライフルとロング・フォトン・ライフルによる弾幕形成も忘れないが、プロフェシーNを包むように展開された攻性防御圏こうせいぼうぎょけん・セイバー・フィールドに全て阻まれる。

 移動、攻撃、防御の三つを兼ね備えた、これがプロフェシーSGの切り札! 

宙埜さんシアンに勝ち越し、このバトルロイヤルで生き残るために、オレとプロフェシーが手に入れた星の輝きだ!!

 スクラは尚もターボで回避を試みるが、敵機をロックしたSSSは推力が切れるまで相手を追い続ける。

 強力なカスタムなため使用条件はかなり厳しいことになったけど、何とかマスターシステムのチェックを通り抜けることが出来た。

 全武装の残弾マックス&耐久値が7割以下で発動可能とか、実用性はギリギリだったけど、土壇場で何とかなった。


「どこまでも輝けプロフェシー! その光でオレと一緒に未来を斬り拓こうっっ!!」


 プロフェシーが、今、一条の流星になってスクラへと突き進む。


<小瀬川君っ!!>

「宙埜さんっ!!」


 SSSがスクラに直撃する。

 ヘッドセットから轟音が響き、メインモニターは荒れ狂う光の波浪に飲み込まれた。



【To Be Continued……】

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