「The end of imagination of the world.」

 気づけば僕は、草原に立っていた。

 空には天の川と、それを取り囲むように幾つもの星が輝いていた。

 遠くには、男の子と女の子が辿りつけなかった遊園地の淡いオレンジの光も見える。

 足元からも僕の顔を照らす淡い光があった。

 それは夕暮れに照らされているような優しい黄金色だった。

 ゆっくりと顔を上げる。

 空からまるで雪のように、幾つものフィルムが舞い落ちて来ていた。

 それが、淡い光を放っていた。

 その淡い光の中に、色んな世界が映し出されていた。

 僕らが見た世界だけじゃない。

 ずっと遠い誰かの観た、知らない世界が映し出されていた。

 そしてそれは、草原に落ちても、その光を失わずに、この世界を幻想的に照らし続けていた。


「ずるいよ」


 目の前に『あいつ』が立っていた。

 もう小さな男の子ではなく、痩せていたけれど僕と同じ背丈だった。

「ずるいよ」

 もう一度、『あいつ』が言った。

 僕はその顔に向かって同じ言葉を返した。

「ずるいよ」

 僕の言葉を聞いても、『あいつ』は眉一つ動かさなかった。

 淡い光に照らされて、今にも消えてしまいそうな雰囲気の中、確りと僕の事を見ていた。

 それは僕も同じだった。

「生きてたんだな。ずるいよ」

 もう一度、『あいつ』に向かって言う。

 何も言わずに僕をじっと見つめる。

 その顔を見て、ふと思った。

 ずっと寝たきりで、言葉を交わすことも出来ない。でも、ひょっとしたら目を覚まして、また二人で生きていけるかもしれない。そんな淡い希望を持つことが出来る『あいつ』と。

 短い間とは言え、言葉を交わし、空想の世界で旅をすることが出来た僕。ただ、もう物語は終わり、その続きは無い、僕。

 一体、どちらが幸せなのだろうか。

 絶望的な現実と。

 終わりのある幸せな空想。

「……。」

 答えなんて、最初から出ていた。

 女の子は、絶望しても、生きることを望んだ。

 空想の物語は、過去は、人の生きる糧になる。

 でも、人は、空想の物語の世界では、過去の世界では、生きていけない。

 僕は、終わりのある物語の登場人物。

 フィルムの中でだけ、存在することが出来る。

 フィルムの中でしか、存在することが出来ない。

 本も、映画も、必ず終わりが来る。

 僕らは紙の向こうから、スクリーンの向こうから、立ち去る人々を見送るのみだ。

 これから、生きる人々を、見送るのみだ。



 空を仰いだ。

 何枚ものフィルムが此処に落ちてきていた。

 きらきらと、光りながら。

 もう戻れない空の上を恋しく思いながら。

 逆らうことも出来ずに落ちてくる。

 僕は、そのフィルムの破片の底に立っていた。

 そして、天に向かって、生きている『あいつ』と女の子に向かって。

 アカリに向けて、言う。

「空想の物語は終わったよ。さあ、目を覚まして、生きるんだ」



「……おとことおとこの、やくそく?」

 『あいつ』が呟いた。

 その目はじっと僕を見ていた。

 ふっと、僕の口に笑みが溢れる。

「そうさ。約束さ。……さあ、目を覚まして、あの子と一緒に世界を見に行くんだ」

 『あいつ』が、淡い光の中で微笑んだ。そして、僕に手を差し出してくる。

 その手を僕は握る。僕が行くことの出来ない、『続き』を託して。

「わかった」

 その瞬間、物語が終わる音が、響いた。

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