TOPIC⑤:アイテムを入手しよう! ②・その2

道中には道を阻む仕掛けがいくつかあった。

しかし、それを網羅している賢者にとってはたいした弊害ではない。

付き従う勇者も余裕を持って、目的の部屋までたどり着く事ができた。

「ここに、まものがいるのですね。えっと"ロウイーター"でしたっけ?」

戦いでできた小さな傷を、持っていた薬草で癒しながら、次なる魔物の解説に耳を傾ける。

「基本的には物理攻撃しかしてこない。ただ力が強いから、毎ターン回復をしなければいけなくてね。その為に薬草を大量に用意したのさ」

「なるほどー……ほんとうならここに、そうりょさんが、いるはずだったわけですね」

そういう事だと頷きながら、賢者は部屋に入ろうと扉に手をかける。

少しだけ空いた隙間から、生温い風と、異臭が溢れる。

「うっ……ひどい臭い、なんだこれ……」

「はなが、まがります……」

嫌な気分を堪えて、扉を開き、部屋へと足を踏み入れる。

その先に広がっていたのは、血飛沫と腐肉がこびりついた、赤黒い一室。

隅の方には、少しだけ原型の見て取れる子供の骸が転がっていた。

人の死体を見慣れていない二人。それを見つけては体を強張らせ、目を伏せる。

「一旦、外に出ようか……」

「あ……わ、わたしなら、だいじょうぶ、ですよ……?」

小さな身体を懸命に奮い立たせながら、言葉を絞り出す勇者。

「いや、僕がダメだ。ごめん、出させて……」

「は、はい……」

青白くなった顔面を手で覆いながら、直視できない現実感に背を向ける賢者。

早々に退室し、扉の横で腰を落とす。膝を抱えてうずくまり、それを見かねたゆきは、優しく肩をさすった。

「ありがとう……画面上では簡単な骨の絵だったのに、現実はやっぱり、そうかぁ……」

「けんじゃさまは、ここでおやすみになっていますか?」

辛そうな男の表情を汲んで、ひとりで戦うことの提案をする勇者。拳を握りしめ、勇気を振り絞って出した言葉なのがわかる。

賢者は、心配そうに自分を見つめる少女の手を握り、ありがとう、大丈夫、と返した。

部屋の中にロウイーターの姿はなかった。遊学はその疑問について、すでに考え始めていた。

この部屋に入り、まず起こるべき出来事は何だったかと、攻略本を開き調べ始める。

不死者の床について書かれた攻略ページを眺めると、一枚の画像に目が留まった。

それは、僧侶が子供の骸に対して黙祷を捧げるシーンの画像。それにはセリフの一部も表示されていた。

本来なら僧侶が言うべき台詞。

もしかしたら、この会話イベントを起こさないと、敵は現れてくれないのかもしれない。

「やってみるか……」

そう考えた賢者は、腰を上げ、意を決してもう一度部屋へと入っていく。

勇者は心配そうな表情でそれについて行き、男の手を握りつづける。

子供の骸に近づき、まじまじと観察をする賢者。

「あぁ、何と言うことだ……」

跪き、目を伏せる。

「神よ、せめて、この小さき迷い子の魂が、無事御許へと還れることを……えっと……なんとか、かんとか……」

「なにをしてるんですか、けんじゃさま……」

頭でもおかしくなったのかと、さらに心配そうな顔をする勇者。

「大丈夫。多少アバウトでもいけるはず。今までも小さな違いはあったし……さぁ、黙祷しよう」

詳しい説明は特にせず、実験だと言いつつ黙祷を促す賢者。

しばらくの沈黙。

重い空気に混じり、程遠い場所から粘着質な足音が部屋に届いた。

「来たな、ロウイーターだ……ゆき、準備を」

僧侶の代役を務めた賢者。予想通り事が運んだことに安堵して、次に起こる戦いを勇者に知らせる。

言われるまでもなく、勇者はすでに黙祷を終えて、ナイフを片手に臨戦態勢を整えていた。

「こんかいは、なんターンでたおせるでしょうか?」

「5ターンで行けるよ」

取り出したメモに目を通す賢者。曖昧な返答で士気が下がることを嫌って、想定をはっきりと答える。

「3ターンで、たおしてみせます!」

いつも以上の気迫が、少女の背中から見て取れる。

黙祷を執り行って冷静になった彼女の胸には、静かに、怒りが湧いているようだった。

賢者はその言葉や気迫が、想定を超えうる要素として、信用に値するものだと考えていた。

過去に勇気を振り絞って相対したスライムとの戦い。そこでも普段どおりとは違う気迫や意気込みが、会心の一撃を繰り出させた。

今回もそれが見れたとすれば、今後の戦いについて考える際、彼女の精神状態を良い状態に保つことも重要になってくる。

「グェッ、グェッグェッ……イキのいい子供がいるなぁ……美味しそうな子供の匂いがするなぁ……」

二足歩行で現れた赤い皮膚の魔物。元は人間だったように見えるそれは、髪がほぼ抜け落ちて、顔は歪、肌は爛れて皮が剥け、部分部分からは体液が漏れている。

扉に手をかけ、顔を覗きこませる魔物。その時点で、勇者達の鼻に腐臭が届いた。

「やっぱりグロいな……3ターンで倒せると嬉しいんだけど」

記憶にある姿よりもリアリティを深めた魔物の姿を見て、賢者は小さくひとりごつ。

「グェッ、今日は女の子かぁぁ、いっぱい遊んであげるからねぇ……グェッグェッ」

「こんなまものに、このこたちは、ころされて……」

醜い風貌から放たれる、下衆い台詞。勇者はさらに怒りを深めて、手に持つナイフに殺意を込める。

ノロノロと歩き、こちらに寄ろうとするロウイーター。それを待つことなく、勇者は先制攻撃を仕掛けた。

「速い……!」

観察していた賢者まで一瞬姿を見失うほど、その動きは素早い。勇者は部屋の物陰で敵の視線を切りながら、背後に回りこむ。

「グゲェええ!?」

首筋を的確に狙い、会心の一撃が突き刺さる。

魔物は見失った敵を相手に、闇雲に腕を振り回した。

すぐさま間合いを取る勇者に、それは擦りもしない。

腕が止まった隙を見て、小さな狩人は切り込みを入れる。

「そ、そこかぁあ!?」

大振りの腕。

「かわした! すごいぞ、ノーダメージだ!」

虚しくも床に叩きつけられたそれの横を、一筋のナイフが通り過ぎる。

「おそいです」

新たに会心の一撃が繰り出され、二の腕から胸にかけて、深い切り込みが入った。颯爽と飛び退く勇者の後に、遅れて魔物の体液が飛び散る。

「グェ……ぎ、ぎさまあぁぁ、俺様を誰だと思っでるんダぁぁあ! 俺様にごんあごどしでどうなるかあぁぁあ」

ロウイーターは呻いている。

「しりません」

それも一蹴して、勇者は最後となる会心の一撃を繰り出す。

「グェッ、グゲぇぇえええ!」

けたたましい断末魔とともに、大量に吹き出す体液。事切れると、その肉塊は地に伏した。

すぐさま、その部屋には静寂が訪れる。

「薬草余っちゃったな。やっぱり気迫次第で、戦闘結果も大きく変わりそう……ゆき?」

賢者は感心して勇者の背を見つめる。

しかし、その背中は嗚咽を堪え、小さく震えていた。メモを取るのを一度後に回し、それを優しく抱きとめる。

「もう一度、黙祷しよう……」

優しく頭を撫る賢者。勇者は小さく頷く。

二人は改めて、演技ではない、心の底からの黙祷を、子供達に捧げた。



---TOPIC⑤・その2 Fin---

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