俺とグレイの7日間

招けネコ

俺とグレイの7日間

「もうすぐ夏だっていうのにまだ寒いな。」


ブルリと震えて俺はいつものように会社からの帰路に着く。

いつものように駅を降りて

いつものように近くのコンビニで飯を買って

いつものように近道の為、公園を池沿いに歩いて

いつものように家に着くはずだった。

だけど今日はいつもじゃなかった。


「チュミー」


ふとした声に目を傾けるとそこには一匹のグレイがいたんだ。


「お前捨てグレイか。」


「チュミー」


あぁ、こいつは捨てられたんだなってすぐに思ったよ。

なんせ段ボールに入って顔だけ出して大きな目をうるうるさせてたら誰だって分かるだろ?


「チュミー」


「ん?俺んちはダメだよ。ペット禁止なんだ。」


「チュミー」


「そう言われても見つかったら俺が怒られるんだよ。」


「チュミー」


「いや、気持ちは分かるがな・・。」


「チュミー」


「そんなに悲しそうな顔するなよ。ああっしょうがないな。家に来てもいいがバレないように大人しくしてろよ?大家さん怒ると怖えんだ。」


「チュミー」


「分かってくれたか。じゃあバレないように帰るか。おお、お前結構軽いんだな。」


こいつは寂しいのか俺に対して訴えてきたんだ。

うちのアパートの大家さんは御年80を超えたおばあちゃんだが、

それはそれは怒ると怖いことを住民である俺は知ってるから最初は拒んだよ?

でも行く当てのないこいつを置いておくこともできないじゃないか?


だから内緒で飼うことにしたんだよ。

このグレイをさ。


ああ、それとなんで言葉が通じるのかって思ったかもしれないが言葉なんて分からないからな?

ただ目を見ればそいつが何を言いたいか分かるってもんさ。


こうして俺とグレイの短いようで長い1週間が始まったんだ。




「チュミー」


「よし。アパートの人達には見つからなかったな。ここが俺の家だ。」


「チュミー」


「ふん。ボロくて悪かったな。こっちは貧乏人なもんでな。」


「チュミー」


「今さら気に済んな。お前一人増えたくらいどうってことないさ。」


「チュミー」


「ははっ。いいっていいって。それより飯にしようぜ。ほら俺の飯分けてやるよ。」


こいつは家に着くなり、汚いと言いたげに泣いたけど、俺はそんなに裕福じゃないからな。ああ、そんな気にするなよ。


だから気晴らしに飯にしようって言ったんだけど


「チュミー」


「ん?お前コンビニ飯ダメなのか?」


「チュミー」


「ったく。しょうがないな。えぇと、冷蔵庫に何かあったかな?」


「チュミー」


「おいおい。それはただの生卵だぞ?そんなんでいいのか?」


「チュミー」


「卵くらいならいくらでも食えよ。遠慮するな。」


「チュミー」


「おお、食いっぷりいいなお前。」


冷蔵庫を開けて見るとそこにあったのはバターなどの調味料と卵が数個あるだけだったんだ。あいつは迷わず卵に手を出してこれが言いと鳴いたんだよ。

こんなもんでいいのかと思ったけど美味しそうに食べていたから俺も少し嬉しくなったんだ。


「ああっ、なんでそこでシュート外すかな。今のは決めておくべきとこだろ?」


「チュミー」


「ん?今のは確実に後方にパスするべきだったって?待て待て、後ろはDFががっちりマークしてたから戻すのは難しかったと思うぞ?」


「チュミー」


「それをやるのがプロ、か。確かにその通りなんだけどさ。でもチャンスはまだある応援するぞ。」


「チュミー」


二人で飯を食った後はTVでサッカーの試合を見ながら応援してたんだ。狭いアパートだから遊ぶ物もないし、俺とこいつは一喜一憂しながら試合を見てたよ。


「あーあ。負けちまったな。」


「チュミー」


「そうだよな。結構惜しいとこまでいったのに粘りが足りないよな。」


「チュミー」


「おまえ分かってるな。今の選手には粘りが足りないよな。と、こんな時間だそろそろ風呂入って寝ようぜ。」


「チュミー」


「ああ、もちろん一緒に入ろうぜ。」


「チュミー」


「おいおい、シャンプーが苦手なのか。そんな大きな目をしてるからだ。」


サッカー観戦を楽しんだ俺とこいつは風呂に入ったんだ。

目が大きいこいつはシャンプーが苦手みたいで苦しんでたよ。


「そろそろ寝ようぜ。」


「チュミー」


「ん?なんでそんな部屋の隅にいるんだよ?」


「チュミー」


「ああ、そんなことか。俺は気にしないから一緒に寝ようぜ。」


「チュミー」


「ほら、早く入って来いよ。」


「チュミー」


こいつは恥ずかしそうに部屋の隅に座ってたんだ。

けど、俺一人布団で寝るのは悪いと思って布団の裾をめくってやったんだ。


「おい、暴れるなって。」


「チュミー」


「恥ずかしいだって?別に気にすることじゃないだろ?」


「チュミー」


「俺にはデリカシーが足りないって?言ってくれるじゃないか。そんなお前はこうしてやる!」


「チュミー」


「だからデリカシーがないって?ほっとけ。ふざけてたら疲れたからもう寝るぞ。」


「チュミー」


こいつはおずおずと布団に近づいてきたが、そんな緊張を吹き飛ばそうとして強引に布団に引き入れたんだよ。そしたらデリカシーがないってばかりに言うもんだから誤魔化すようについ掛布団でぐるぐる巻きにしたんだよ。

だけど、嫌がらせがしたかったわけじゃなかったんだ。


「じゃあ、おやすみ。」


「チュミー」


お互いに挨拶してその日は眠りについた。

不思議とぐっすりと眠れる夜だったことを覚えてる。





それからいつもの生活が少し変わっていったんだ。


仕事を終わると俺は

いつものように駅を降りて

いつものように近くのコンビニで飯と生卵を買って、

いつものように近道の為、公園を池沿いに歩いて

いつものように家に着いて、


「ただいま」


「チュミー」


そしていつものように挨拶をしたんだ。

その後は、

いつものように俺はコンビニ飯、あいつは生卵を食べて、

いつものようにTVを見て騒いで、

いつものように二人で風呂に入って目が痛いと騒ぎながら体を洗って、

いつものように二人で布団に入った。


そんな毎日がずっと続くと思ってたが、あいつと会って7日後、突如それは終わりを告げたんだ。


「今のギャグはさすがに外しすぎだよな。」


「チュミー」


「まあ、お前の言う通り一発ギャグの時代は終わったってことか。」


いつものように食後のTVを楽しんでいたが、その日はいつもじゃなかった。


ピンポーン


「ん?こんな時間に誰だ?」


「チュミー」


「ああ、いいよ。俺が行くから。」


俺はこいつにTVを見ていていいと伝えて、玄関のドアを開けたんだ。


「はい。どなたですか?」


「斉藤 健一さんですね?私達はこういうものです。」


「・・アメリカ軍 外宇宙渉外課の方、ですか。そんな方が俺になんの用ですか?」


「私達のところにタレコミがあってね。君がグレイを飼っている、と。」


「いや、そんなことは・・。何かの間違いじゃないですか?」


「そのグレイは私達のところから逃げ出したグレイでね。返してもらいにきたんですよ。」


俺は誤魔化そうとしたよ。

でも相手は全く信用しなかったよ。


「・・うちにはグレイなんか、いません。」


そう、うちにいるのはあいつだけだ。

アメリカ軍外宇宙渉外課が探しているグレイなんかじゃない。俺の・・家族なんだ。


「調べはついているんだ。強引に入らせてもらうよ。」


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


アメリカ軍外宇宙渉外課が勝手に家に入ろうとしてきた。

慌てて止めたんだけど向こうのほうが力が強くてすぐに突破されるって分かったよ。


だから俺は、


「ここはすぐ限界になる!お前は今すぐ窓から逃げろ!」


「チュミー」


「俺は大丈夫だから心配ない!だから早く!」


「チュミー」


あいつは済まなそうに一鳴きすると窓から出て行ったさ。

アメリカ軍外宇宙渉外課の人が慌てて外に向かって追いかけようとしている。

けど、行かさないよ。


「くっ!離しなさい!」


「ダメだ!あいつは俺の家族なんだ!絶対に離さない!」


「離せと・・言っているでしょうッ!」


ドカッ!!


「うわっ!」


「・・いいですか?あれはグレイなんです。外宇宙の生き物は故郷に帰してあげないといけないんですよ。」


「・・それでも、俺はっ、あいつとっ、もっと一緒にいたいんだ!」


感情が溢れてしまう。

いつも楽しそうだったあいつ

生卵ばっかり食べるあいつ

シャンプーがしみると喚くあいつ


あいつと過ごした一週間が脳内で駆け巡る。

でも、あいつはグレイなんだ。故郷で過ごしたほうがいいのかもしれないと思うと涙が零れてしまった。


アメリカ軍外宇宙渉外課の人はそんな俺に無言でその場を後にした。

あいつを追って行ったんだろう。

でも俺は暫く動けなかったんだ。


「・・あいつを、探さないと・・。」


どれだけ、時間が経ったんだろう。

ようやく感情が整理できてきた。これでお別れなんて結末でいいのか?

あいつは家族だ。離れても家族なんだ。

お別れの挨拶をしないといけないんだ。


そう考えて俺は夜の街を飛び出した。


「はぁっ、はぁっいない。どこ行ったんだ・・っ」


いない。あいつはどこにもいなかった。

考え付くところを探してもどこにも見つからない。

考えろ、もっと考えろ、どこかにヒントはないのか?考えるんだ。


「・・あいつを、拾ったあの公園・・。」


そうだ、きっとそこに違いない。

あそこに行ってみよう。




「チュミー」


「・・よかった。・・いた。」


いた。いてくれた。

アメリカ軍外宇宙渉外課の人はまだ見つけてないんだろうか?


ともかく


「よかった。アメリカ軍外宇宙渉外課の人は俺が何とかする。家に帰ろう。」


「チュミー」


「な、そんな迷惑なんかじゃないっ!お前を迷惑だなんて思うわけないじゃないか!大丈夫。回りの人達には俺から説明して一緒に住めるようにするさ。大家さんにだってきっと許可してくれる。だから、一緒に帰ろう?」


「チュミー」


あいつは嬉しそうな、それでいて悲しそうな表情を浮かべながらふるふる、と首を振った。


「チュミ・・ケ・ン・イ・・チ・・」


「お前、言葉が・・。」


「ケ・ン・イ・チ・・カゾク・・タノ・・シカッタ・・」


たどたどしく俺の名前を告げるこいつに俺はなんて答えればいいのだろう。

なんて言えばいいんだろう。

言葉が続かなかった。


「チュミー。・・オムカエキタ・・サヨ・・ナラ・・・・ケンイチ」


突然、大きな光が頭上に浮かんだ。

ああ、あれはあいつのUFOなんだろう。

もう帰ってしまうのか。お別れなのか。

涙が溢れてしまった。


「ああ・・、お別れだ・・っ。だけど・・、だけど・・っ!お前は俺の家族だ!いつまでも家族なんだっ!俺はっ!絶対に!お前を忘れないっ!」


「チュミ・・ケンイチ・・ワタシノ・・カゾク・・。サヨ・・ナラ・・ケンイチ・・」


「ああ・・っ!・・さよならだ!」


そうしてあいつは光に包まれてUFOに吸い込まれて行ったよ。

アメリカ軍外宇宙渉外課の人に後から聞いた話では無事に故郷に帰ることができたらしい。それだけ聞いてよかったと思う反面、心にポッカリと穴が開いた様だった。




俺はいつもの生活に戻って

あれから1年、あいつのいない生活が続いた。


ただ、なぜか冷蔵庫には生卵だけは入れておくようにした。



季節はもうすぐ夏だが、その日は寒かった。


「もうすぐ夏だっていうのにまだ寒いな。」


ブルリと震えて俺はいつものように会社からの帰路に着く。

いつものように駅を降りて

いつものように近くのコンビニで飯を買って

いつものように近道の為、公園を池沿いに歩いて

いつものように家に着くはずだった。

だけど今日はいつもじゃなかった。


「チュミ・・タダイマ・・ケンイチ・・。」


「・・ああ、おかえり。家に来るか?大家さんにバレないように静かにするんだぞ。」


「チュミー」


あいつは公園の段ボールの中にいて、あの日と同じように鳴いたんだ。

そうして俺はまた家族と暮らすようになった。

そう、かけがえのない家族と・・。

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