序章2 華の戦場、その路傍で…


 勝者に栄光をglory敗者に死をdeath。そして弱き者abandonにはthe絶望をweak―――。




「あなた。どうかご無事で……」

 終わる事のない地響きの連続。木造の小さな小屋の中、祈る彼女のカラダがたびたび揺れる。

 戦場に出た夫の帰りを待つ彼女は、まだ新婚ホヤホヤだ。夫もきっと彼女の無事を彼方の地で祈っている事だろう。


「メルロさんや、帰って来る者のためにも私らだって生き残らねばいかん。ここは危険じゃて、はよぅ地下に入っとらんね」

 地上全てが戦場となる大戦中に、安全な場所など存在しない。

力ある者が放った魔法の流れ弾が、一瞬で町を消し去るレベルなのだから。

巻き込まれるどころではなく、いついかなる時でも非戦闘員の命が消し飛ばされて当然の世界なのだ。


 なので地上にある町や村には、それぞれ有事の際の避難方法や設備がある。


 この村には、ドワーフとギガント巨人族が中心となって堀りあげた地下の避難所があり、地表より1000mの底に作られている。

 メルロと老婆はその入り口、非常時にのみ解錠される簡素な作りの木造小屋の中にいた。

 人間の老婆は窓際に立つメルロの袖を引いて避難を促す。見た目こそ彼女の方が年配者のようだが、実際はそうではない。


 メルロは齢304歳のハーフトードマン混血の蛙亜人である。

 目の前の老婆よりはるかに年上ながら二十歳になる前の、大人になり立ての少女の愛らしさを残す容貌の彼女はつい先日、大恋愛の末に人間の男性と結ばれたばかりだった。


 戦場に赴いている夫の身を案じる彼女の気持ちは老婆も理解している。

 しかし種族や年齢の差にとらわれない村の人々は、互いに助け合って生きてきた。

 そこに年上も年下もない。人々は誰しも協力しあうもの。

 なのでこういう時は全員で助かるための行動を取り、他の者の迷惑になる事は、厳に慎まなければならない。

 それが共存を支えるこの町の暗黙の規律ルール

 一人の我がままで全員が死ぬ―――そんな最悪のケースを老婆は看過できないし、メルロもそれは理解している。

 彼女は涙ぐむ目元を拭いながら頷き返し、小屋の外に向かって強く祈りを捧げてから、ようやく老婆と共に地下へと降りていった。





 ヒュルルルルル……ドガァッ…ン!!!!


「きゃああ!!」

「お、落ち着け! 近くに落ちただけだ!!」

 強烈な炸裂音と地鳴り、激しい戦闘光が村を覆うたびに人々は身を縮め、恐怖にふるえる。


「大丈夫、ここは大丈夫だ、なぁホネオさん!?」

 村のリーダーらしき青年に声をかけられた “その人物” は、ゆっくりと頷く。安全であるという根拠は不明だが、彼が肯定の意を示しただけで村人達の表情からは不安の色が和らぐ。

 それほどまでにホネオは信頼されていた。


「うえーんうえーん、ホネオさん、こわいよぉお。ホントに、ホントにへいき? わたしたちしんじゃったりしない??」

 小さな獣人の女の子が彼にすがりつく。少女の言葉はその場にいる全員の気持ちを如実に代弁している。それを知ってか知らずか彼は再び、しかし今度は力強く頷いて見せた。

 硬質なものが接触して、無機質な音がカラダの節々でカチンカチンと鳴り響く。女の子の手を握り返す指はどこまでも白く細い。顔を上げて村人達を見返す瞳に灯る輝きはない。


 彼は自身の小脇に置いていたペンとメモ帳を手にすると、戦闘の音から推測される戦況を、そしてこの場に危険が及びにくくて安全性が高いことを紙面上に書き記し、彼らに見せた。


 村の避難所は古くて頼りなく見えるし、地表に作られているために不安が尽きない。


 しかしミスリル魔法金属の骨組みに耐衝撃加工を施した頑丈な壁を有して、これまでも幾度となく戦火をくぐりぬけてきた頑丈な建物である。

 むしろこれ以上最適な避難所は他にないだろう。ここでダメなら万年を生きてきたホネオも、他に助かる事のできる施設に思い当たる所などなく、生を諦めるしかない。


「ホネオさんが言うなら間違いないな!」「ああ、さすがホネオさんだ!」

 納得し、口々に褒め称える人々。抱きついてきて安堵の表情を見せる子供達。


 村人達が安心してくれた事を喜ぶように、スケルトン生ける骸骨のホネオは物言えぬ口元を緩ませ、彼なりの精一杯な笑顔を浮かべた。






 廃墟と化した町に住人の姿はもはや見当たらない。しかし大戦が続く限り、無価値な場所と成り果てたこの地も安全とはいえない。

 ……にもかかわらず、そんな場所でうごめく影があった。


「ヒヒ、大量だぜェ。おまえらぁ…せいぜい派手にやり合ってくれよなぁ? このオレ様のためによぉ~♪」

 遠くで鳴り響く戦闘音に聞き耳を立てながら、ボロボロの家屋より大袋を引っさげて姿を見せる―――その者、名を“バフゥム”という。


 ボロ布のような薄汚れた着衣姿は半裸に近く、眼光はいやらしく辺りを嘗め回すその容貌、とても真っ当な生活を送っている善良な住民には見えない。彼はいわゆるゴロツキである。

 各地を転々としながら考えうる限りの犯罪を繰り返して生きてきた彼は今、戦の被害にあった町や村を訪れては火事場泥棒にいそしんでいた。

 ワードッグ犬獣人と呼ばれる種族であるバフゥムは、空気中に漂う匂いをかぎわけるように空に向けて鼻頭を揺らし、次なる獲物を捜し求める。


「……へぇ~? こりゃ、ハッハッハッ…よさげな、予感がするなぁ~?」

 犬が体温調節のために舌を出して呼吸をするような声を発しつつ、一種の興奮を示す。


 彼は“実際の匂い”を嗅ぐために鼻を使うわけではない。

 自身にとって得となる “ オイシイ予感 ” を嗅ぎつけるのがバフゥムの得意技だった。


「んじゃま、行ってみるとしますかね。へっへっへぇ、どうせならよう…久しぶりにいいオンナにありつきてぇもんだなっと、ヒヒヒッ」

 異常に腰の細い、やたら背中の曲がった醜悪なブルドッグが、大袋をひっさげて二足歩行で立ち去ってゆく。足取りは軽く、自らが戦火に巻き込まれる危険など微塵も感じていない悠々とした態度でいずこかへと消えていった。








「クイの村が消滅した?」


「くそ! なにやってんだウチらの領主サマはよぉ!」


「ハン、あんな小娘に何期待してんだか。テメェの命くらいテメェで守りな」


「なんだとこの野郎!!?」


 アトワルト領内北方に位置するオレスの村。

同じ種族の者を見つけるのが困難なほど多種多様な種族がたむろする広場では、今にもケンカが始まりそうな険悪な雰囲気が漂っていた。

 この村には目ぼしい避難所など設けられていない。

 数多の種族が存在する村であるため往来こそ盛んなものの、目先の利益を優先したものばかりの村は、こうした緊急時においては非常に脆かった。


「ええい、やめんか! 領主様の責任でもあるまいにこの戦―――」


ガカッ!!


 村の長らしき威厳ある老人が不安でピリピリしている若者達を一喝しようとした矢先、彼の後ろで落雷のような閃光が走った。


「ひ!?」


「お、おい今の…ロズ丘陵の向こうのほうじゃねーか、すぐ近くだぞ!?」


「ちくしょう! まだ死にたくねぇよ!!」


 大戦の火は、いつこの村に落ちてもおかしくない。そんな恐怖が彼らを支配している。



「(……やはり小娘では領主などやれようはずもなかったのだ)」

「? どうしたアレクス? 何怖い顔してんだよ」

 アレクスと呼ばれた男は、獣人譲りの眼光を領主の館がある方向へと向け、ため息をついた。


 昔、戦場にあった時に培った知識を掘り起こす。

 治安面において十分な戦力の保有や防衛設備の不足が顕著で、“彼女” が己の領内や領民を守る力を普段から準備していなかった事を、この場の誰よりも理解して恨めしく思う。


「……いや、なんでもない。憂いたところで俺がどうにかできる事でもないしな」

「はぁ? …ヘンなヤツだな」

 文句があるなら今大戦で兵として志願でもすればよかったのだ。後になって愚痴を言う筋合いはない。



「テメェら!! これほどの規模の戦だ! 死ぬ時は死ぬもんだ、男ならグダグダ抜かしてんじゃねーよ!!」

 突如として響き渡る乱暴な声。しかしその主張に間違いはなく、誰もが押し黙ってしまう。

 アレクスですらそれまでの思考を止めて声の主に視線を向けた。


「……リザードマン蜥蜴人? デカイな」

「ああ、他所からきたアレクスは知らないのか。彼はザドザドーン、この辺りじゃちょっとした名士で腕っ節もさることながら、見た目によらず頭も結構キレるんだぜ」

 近くにいた男が彼の事を教えてくれる。

その口ぶりから、ザドザドーンなる男が並大抵の者でない事が感じ取れた。


「しかしアイツ、てっきり戦にいってると思ったんだが。ロズの大森林にいってたのか」



 ―――ロズ丘陵の大森林

 ここ、アトワルト領の北方域に広がる森。

ロズ丘陵は周囲との標高差約30mとテーブルのように一段高く盛り上がっている高台地である。その地を占有している広大な森林は、自然を生活圏とする生物や種族が生息していた。


 当然リザードマン蜥蜴人も、この地に生活基盤を持っている部族がいる。


「たくよぉ。そんなに死ぬのが嫌だってんなら、勝手にどこにでも逃げればいいじゃねぇか。てめぇらの足は飾りか、それとも頭に脳みそつまってねーのか、ぁあ?」

 男達はぐうの音もでない。不満の色を浮かべながらも方々に散ってゆく。こうなっては各々の裁量で、可能な限り安全な場所へと逃がれるしかなかった。


「すまんなザード……。本来ならばワシがしっかりせねばならんというに」

「ハッ! 老けるには早いぜ、じーさんよ。ほれ、俺らも避難しよーぜ? 少なくともこーしてるよりかはマシだからな。おーい、そこのお前もボーっとしてんな。逃げるぞホラ!」

 促されてようやくアレクスは我にかえる。目の前のリザードマンの男気と場をおさめる力に感服して呆けていた自分が恥ずかしい。

 アレクスも、彼に劣らずの体躯をしている。なのに今は自分の存在が小さくなってしまった気がした。


「こっちだ。おい、おまえも早く走れっての! 獣人のくせしてボンヤリしてんじゃねーぞっ!」

「あ、ああ…すまない。早く避難するとしようか」


 向かう先はロズ丘陵の方角。遠目で正確にはわからないが、土地の高低差を利用した真新しい洞穴が掘ってあるようだった。


「(まさか彼はアレを掘っていたのか? 皆のために? このリザードマン、なんという…)」

 しかし彼は他の者たちにその事を伝えはしなかった。そんな彼の疑問を感じ取ったのか、アレクスの方を向く事なく先を走るリザードマンは口を開く。


「穴掘った、っつったらよー。あいつら殺到すんだろ? アホみてーに詰め掛けて収拾つかねーウチにぶっ飛ばされるとか死に様としちゃあ情けなさすぎて勘弁だぜ」


「それに、逃げるとなれば、ぜぇぜぇ…ほとんどの者は大森林に逃げ込むじゃろうからの…ゲホッゲホッ」


「そーゆーこった。見つけた奴ぁ逃げてくりゃいい。全員で一度に押し寄せるよりかは、スムーズに全員穴蔵入りできる。ケツだけ出ちまってるなんて事は勘弁だしな」


「しかし、ならばあの穴を見つけられなかった者は…」


「そこまで面倒みきれねーよ、そいつの責任だ。それによ、穴に潜ってりゃ無事でいられるワケじゃねー。あくまで “ マシ ” なだけだからな」

 大の男二人と老人一人。走るその背に熱風が叩き付けられる。戦場になくとも死は身近だ。しかし彼らは力強くそれを跳ね除けていくだろう。


 アレクスは走りながら思う。

 だからこそ有望な者達が理不尽に命を落としたり、踏みにじられるような事があってはならないと。

 この地の将来を憂いて、このまま小娘領主の差配に任せていて良いのかと、生真面目な彼はこんな時でもそんな事を考えてしまっていた。






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