神話級大戦の後日譚―ウサミミ領主の受難―

ろーくん

序章

序章1 大戦の現場



 強烈な閃光、鳴り響く轟音、そして……世界各地で散ってゆく数多の命。


 山脈やまなみに照り付けるは太陽の光ではない。灰色の雲の下、空の戦いが発する閃光が、陽の光にも負けぬほどの眩しさを地表に浴びせていた。




 そして雲の上の更なる高高度でも……


「第一小隊、そっちへいったぞ」

「敵はワイバーン? たいした規模ではないな」

 太陽の光に白銀の輝きを返す鎧を纏った数十人が、白き翼を羽ばたかせながら彼方へと飛んでゆく。

 まだ敵である黒い翼の翼竜ワイバーン部隊が小石程度の大きさにしか見えない距離で魔法の詠唱を開始し、手にした槍の穂先を進行方向へと指し向け、構えた。



「天使側の小隊か……一気に蹴散らしてしまうか?」

「焦るな。本隊はまだかなり後ろだ、戦線維持を優先しろ」

 翼竜ワイバーンの背に乗った小悪魔達。そしてさきほどの天使達が互いにその存在をハッキリと視認し、見据え合う距離まで間合いを縮める。


 一拍の間をあけて―――ワイバーンの口から火球が放たれた。


「敵の攻撃。防護魔法を!」

「もっと横に広がるんだ!」

 天使達が隊列を崩して一気に散開する。

 火球は彼らの間を縫って後方へと抜けた。だが続く数発の中には直撃コースで飛来するものもある。

 何人かの天使があらかじめ用意していた防護魔法を展開しつつ前面へと出て、火球をすべて受け止め、味方を守った。



「厄介だ、数は少ないがやり手だぞ」

「なら、なおさらここでやっておかねーとなっ!」

 小悪魔達は頷き合うと、手綱から片手を放して一斉に腰の剣を抜いた。

 スピードでは天使達を上回るものの、ワイバーンに騎乗しての戦闘は小回りでどうしても遅れをとってしまう。


 すれ違いざまの一撃を与えては一度遠ざかるというヒット&アウェイの基本戦法を愚直に繰り返すことで、なんとか渡り合った。




「なめるな! 低俗な悪魔ごときがそんなものワイバーンに騎乗したところでっ!!」


 ズザンッ!!


「ぐぎゃああぁっッ!」

「ゲモンー!! ちぃいッ、やりやがったな野郎ッ!!」

 何人かの小悪魔が崩れ落ちるように墜落していく。しかし天使側にも被害がないわけではなかった。


 ザッシュウ!


「くっ! まずい、左翼を斬られた……と、飛べないっ」


  ・

  ・

  ・


 ドォンッ! ドォォオンッ!!


 断続的に飛来するワイバーンの火球。

 その至近弾が味方の誰かに当たった炸裂音と閃光、そして熱風を背に受けた天使側の隊長は奥歯を強く噛みしめた。


「下がれ! 後ろに下がれ!! おい、あいつを連れて行け、邪魔だ!」

「マルコル! おい、しっかりしろ! 返事をしてくれ、マルコルッ!!」

 時間と共に両者の被害は増える一方だ。それでも互いに退くことはない。


 個々の能力は天使達の小隊に分があった。だが数では小悪魔達が勝っている。

 質対量による激しい空戦―――しかしこれは戦場全体の極一部でしかない。





――― 時は神魔大戦マイソロジー・ウォーの真っ只中。


 太陽光に恵まれし地上世界の大地…その全面のあらゆる場所で、このような小競り合いが起こっている。


 ――戦士達の飛翔の軌跡が雲を引き千切り、鮮血を飛ばす空戦。

 ――砂塵を巻上げる爆発の嵐によって、地形が変わってゆく陸戦。

 ――渦をまき、水柱が立ち上り、水面の割れた海が敗者をかみ砕いてゆく海戦。


 かつて高度な科学文明を抱いた弱小生物にんげんの常識からすれば、すべてが神話として語り継がれるような戦場ばかり。


 だがそのすべてが勝敗を左右するに至らない…前座にすらならない事を、現場の兵士たちは知らない。

 それでも彼らは、己が戦いが自陣営の勝利に貢献すると信じて疑うことなく命を賭けていた。




 そんな下っ端の、滑稽で涙ぐましい戦いの数々を知ってか知らずか、大戦の主役達は今まさに対峙して睨み合っていた。


「フン、神の奴が出張ってくると思っていたがアテがはずれたな」

 対峙しているうちの一人、大魔族アズアゼル12世は不満そうな面持ちで、何もない中空を片手で払う。眼前の敵を無価値なゴミに喩えた挑発の仕草だ。


「アズアゼル、貴様程度に神が出張る? ありえない妄想は早々に捨てるべきですな」

 魔界の大貴族とも比肩する体格と気品。

 6枚の神々しい輝きを放つ白亜の翼を鷹揚に羽ばたかせながら目の前の大魔族を愚物と笑い飛ばすは、神側の大将軍であるフゥルネス卿だ。


 両者がにらみ合うその場所―――

 地上における神と魔王の地上領土を二分する大いなる山脈グレートラインの上空約3万kmの宙域。


 そんな並の者ならば呼吸すらできない異常な戦場で両者が対峙して、はや1時間が経過しようとしていた。




 高い身分を思わせる装束を纏い、空の青さを失った宇宙の暗闇の中、赤黒い灯火がゆらめいているかのように見える色のマントをたなびかせるアズアゼル。

 自身の両こめかみから禍々しく伸びる巨大な角を撫でるその態度は余裕。


 しかし内心では裏腹に苛立ちを募らせていた。


「(ちっ、なまじ力ある天使が相手では派手に暴れられん。地上を吹っ飛ばしてはしまっては本末転倒だ…クソがッ、いまいましい限りだ。ようやく得られた好機だというのに)」

 彼らの戦闘の爪跡は地上の各地にまで及んでいる。


 指先で放つたった一発の小さな魔法弾の流れ弾が、大地に隕石の着弾級の破壊をもたらしてしまう……そんな実力者二人である。

 全世界中を破壊し尽くす事も可能な力を持つ彼らが、共にその好戦的な性格からは考えられないほど慎重な戦いを、この1時間ずっと強いられ続けていた。



「(せっかく腑抜けの神を出し抜いて戦端を開けたのです、この機会…無駄にはできない!)」

 並々ならなぬ決意をもって戦いに挑んだフゥルネス。


 焦りが表に出ぬよう、あくまで優雅に敵である眼前の大悪魔を見据える。

 神魔大戦最大の目的は、両陣営とも地上の制覇に他ならない。相手陣営を完全に追い出し、すべてを我が物とする極単純な支配権の完全獲得である。


 しかしどれほど強大な力を有していようとも、それは容易に叶う事ではなかった。


 両陣営のトップたる神も魔王も長きに渡る戦いに疲れたのか、ここ数百年は積極的に戦を仕掛ける事もなく、配下の将たちは業を煮やしていた。


 今回の神魔大戦の首謀者は神と魔王ではない、他ならぬこの二人であった。




「(存分に力が振るえぬならば、戦法を変えるまでよ!)これでも喰らえ、――<黙示録の歌姫>」

 音とも声とも区別のつかない音が、アズアゼルから放たれた。


黙示録の歌姫アポカリプト・ディーヴァ>――――

 その音を一定以上の音量で可聴可能な範囲にいる者すべてに対して襲い掛かる “ 破滅 ” を引き起こす空間魔法。

 いかなる “ 破滅 ” が顕現するかは音を聴いた者次第でり、その者に対して最も効果的な “ 破滅 ” が起こる―――


 最上位級の存在でもない限りは完全に逃れる術のないこの魔法は、アズアゼルにとっての隠し玉だった。しかし……


「っ、この程度! <絶対排他の聖域>」

 

絶対排他の聖域イレイジング・スァンクツァール>―――

 一定範囲を包み込む己だけの聖域を展開する空間魔法。

 空間内に存在する他のものは、万物全てを等しく空間外へと排除する。

 空間内に留まる事を許されるのは術者であるフゥルネス卿と同等かそれを上回る存在のみ―――


 アズアゼル本人はなんら問題はないが彼のはなった音は排除され、フゥルネスには効果を発揮しない。

 憤りが大魔族に相応しい品格と力加減を忘れさせ、歯軋りと共に拳の中に強い魔力を集中させた。

「ええいッ、しつこいぞ! さっさと堕ちろ、神の腰ぎんちゃくがッ!」



 限られた時間……それは 神 が動き出すまで。

 それまでに多くの者が賞賛し、有無を言わせないだけの戦果をあげなくてはならないフゥルネスも、焦りから苛立った気分のままに吠えてしまう。

「それはこちらの台詞ですアズアゼル。そのまま闇へと帰るがいい!」




 蒼白と紅黒の光点が宇宙の闇の中で衝突する。


 衝撃派が星の位置を押しズラし、地表に浴びせられた爆風は巨大な森林すらをも一瞬で蒸発させてしまう。


 それだけで一体どれだけの配下が、眷属が、罪なき生命が失われたか……


 そんな事は気にも留めない二人は、自らに支配者の資格などありはしないと己が戦いぶりで示してしまっている事にすら気付かずに、ひたすら力をぶつけ合い続ける。


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