(詩集) につき自薦作品集

につき

【再推敲版】「虫の夜」

妖しいほどに丸い月が


夜空高くから照らしていました。


雲が黒くまたは透けて


その間を


詩の欠片が


翻りまた翻り渡っていきます。


月の下には、


なんだかぽっかりと


明るく銀色に輝く


薄一面の野原が広がっていました。


そこには、


語り合う雄と雌の2本の銀杏の木がありました。





銀杏の雌は言いました。

「気が狂いたかったの。」


銀杏の雄が答えます。

「そうなんだ。」


銀杏の雌は、


がさ


と、梢を揺らして言いました。

「銀杏がね。薄緑いろの葉っぱなの。」


銀杏の雄は答えます。

「そうなんだ。」


銀杏の雌が明るい夜空を見上げて、言いました。

「明るすぎる黄色に弾けてしまう前に、見ておかないと。」


銀杏の雄も空を見上げて言いました。

「なぜなの。」


銀杏の雌は、今度は根っ子を地面の中を探るように動かしながら言いました。

「何か欲しいんだけど、わからないの。」


銀杏の雄は、動かずに聞きました。

「どこなの。」


その時、すーっと風が西から吹きました。

2本の銀杏を揺らして、風は東へ渡っていきました。

銀杏の雌は、風を追うように言いました。

「どこかに行かなければいけないの。」


銀杏の雄は、その声を聞いていないようでした。

自分自身の胸が高鳴っていく感じを、不思議に思いました。

銀杏の雄は、胸を押さえて言いました。

「心臓だね。」


銀杏の雌も、また胸が高鳴っていました。

「どきどきが治まらないの。」


銀杏の雄は、銀杏の雌の瞳を見ました。そして、もどかしそうに言いました。

「何かを言いたいけれど、どうすればいいか、わからないんだ。」


銀杏の雄が、少し体を揺すりました。


すると、


銀杏の雄の一番長い枝の先にある柔らかな葉っぱが、


銀杏の雌の一番長い枝の先にある柔らかな葉っぱに、


そっと、触れました。


2本の銀杏は、


思いがけない少し強いそよ風が吹き抜けたように、


その枝の葉を、震わしました。


銀杏の雌は、すこしためらった後、


ゆっくりと触れている枝を伸ばして、呟くように言いました。

「あの日に植えた銀杏の実が、必ず芽を出すと知っていたの?」


銀杏の雄は、大変驚きました。


息苦しいほどに鼓動が早くなりました。


やがて、


銀杏の雄は、ゆっくりと伸びてきたその枝を出来るだけ優しく、


今までで一番優しい気持ちで包みながら、掠れがちな声で言いました。

「知らなかった。僕の胸に銀杏の実が植えられていたことも。」


銀杏の雌と雄は、お互いを見つめあいました。


そして、銀杏の雌は雄の方へ


ばさり、


と、身体を預けました。そして囁くように言いました。

「ずいぶん育っているわ。私の銀杏の実も。」


夜が随分更けてきました。


寄り添う2本の銀杏の木の下で、何か虫が鳴いています。


私は、無学につきその虫の名を知りません。


でも、


あちらで、


またこちらで、


お互いを呼び合うように鳴いています。


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