最終話 そして、受験生にもどる

 蓮平たち、『THE騎士MENキシメン』の活躍がニュースになることはなかった。警察が徹底的な管制報道を敷いたためだ。

 『金鶏きんけい』たちの山車だしを目にした市民は多かったが、その後ナゴヤ城までの道は規制され誰も入ってこなかったため、壮絶な戦いがあったことを知っているのは市内でもほんの一握りの人間だけであった。

 山車も一種のパフォーマンスとして、濃霧も夏の異常気象として新聞の三面記事に小さく載っただけだ。また今回は公安警察がらみでもあり、県警内でも極秘裏に処理されていった。


 蓮平れんぺいたちは伊里亜いりあの運転するヴェルファイアで豪天ごうてん邸までもどり、瀬織津せおりつによる攻撃が想像を絶するものであったことを目の当たりにした。

 煉瓦塀は半壊しており、八事やごと霊園からの道路はアスファルトがめくれあがり、ところどころに土砂が山を築いていた。


 刀木かたなぎが伊里亜によって「仲間を売ったゲス野郎」ということで深夜に体育館で制裁リンチを受けたことは、翌日広間での朝食時に知ることとなる。

 あれだけ闘ってもケガひとつ負わなかった刀木の顔面が、見るも無残な新鮮な青あざだらけであったから。


 伊里亜にかしずくように従順に朝食の準備をする刀木は、どこか晴れがましく嬉しそうに独りほくそ笑んでおり、それを発見した伊里亜にお盆で尻を叩かれていた。


 広間のテーブルには豪天、蓮平、みやの、刀木、それに美麗みれいも同席していた。

 朝食はいつもの小倉アンにマーガリンのトースト、夏野菜のサラダ、オレンジジュースがすでにセッティングされている。


「まあみんな、夕べは、よお眠れたきゃ」


 豪天はトーストを持ち上げ訊く。


「はい。でも色々なことが頭をよぎって、正直あまり熟睡はできませんでした」


 苦笑しながら蓮平は言った。


「はい、おじさま。ワタクシもなにやら胸が苦しくて」


 みやのが恥ずかしそうに下を向く。すかさず刀木はマーガリンを塗るナイフでみやのと蓮平を交互に指した。


「ありゃりゃりゃ、これは朝から刺激的な発言ですよう、みやのちゃん。なんですか、それはもしかするとあのお城で」


 言いかけた刀木の頭に、伊里亜がトレイの角をわざとらしくぶつける。ガイーンと痛そうな音が響く。


「あら、刀木隊長。ナイフでお人を指すだなんて、お里がしれますわ」


 美麗は相変わらず食事には手をつけず、赤ワインをデキャンタからグラスに注いだ。


「でもまあ、『金鶏』たちの野望を阻止できたってことは喜ばしいな」


「ほうだて。下手すりゃあよ、こんなにのんびり朝食なんぞとれせんかったなも。

 『THE 騎士MEN』。きみらの活躍は残念ながら誰も知れせんし、これからも表に出ることはにゃーでな。それだけが残念だけどが」


 パンにかじりついた蓮平はジュースで飲み込むと、口を開く。


「いえ、ぼくらはナゴヤを守る事ができた。それだけで充分です」


 横のみやのと目が合い、互いにうなずく。


「ほうきゃあ。そういってまらえると、わしとしては溜飲が下がるけどな」


「結局、よく解らなかったのですけど。あのみかどってお人が黒幕と考えてよろしいのでしょうか」


 サラダの盛られたお皿に目を落とす、みやの。


「わしも実はこれから情報を集めてよう、新たに今回に件をまとめるつもりだけどが、今の段階ではそうではにゃーかと言わざるをえんのう」


「そういえば、加茂かも刑事が仮面の男をマガツと呼んでいましたが、帝が実はマガツ本人みたいなことも言っていました」


 食事が済み、伊里亜がアイスティを運んできた。


「あの、所長さん」


 蓮平は美麗を見る。


「なんだい」


「このペンダントはお返ししておきます」


 みやのもうなずき、二人は首からマルハチをはずした。


「もう使うことは無いと思いますし、受験生が持っていても仕方ないですから」


「ワタクシもです。確かにすごい兵器ですけど、ワタクシは平和な生活を望んでおりますので」


 美麗は笑みを浮かべる。


「そうだな。これが必要な時がもしまた来たら、すぐに渡せるように保管しておくさ」


 刀木も白いペンダントをはずそうとして、その手を伊里亜につかまれた。


「あらぁ、隊長さまには必要でしてよ」


「い、いや師匠。わたくしもこれでお役目ゴメンということで、さっそく次のビジネスが控えておりますから」


 伊里亜は天使の微笑みで、腰をかがめて刀木の顔の横に自分の顔を寄せる。


「お仕事に必要でしてよ、これが」


 甘い伊里亜の香りが刀木の鼻をくすぐる。


「だって隊長さまには、このお屋敷の破損個所を修理していただきませんと。ユンボの代わりに」


 ドキッと心臓が高鳴る刀木。


「外壁や土砂を片づけるのに、そうですわね、おひとりで作業なさるとして半年程度あれば充分ではないかと」


「えっ、もしかして俺がぜーんぶ直すの? しかも俺のマルハチは、太もも丸出しミニスカートじゃあねーですか」


「もちろんでございますわあ。だって、隊長さまがここのお屋敷の存在をたしか」


「わかったわかった! わかりましたよう、もう」


 伊里亜は色っぽい目つきで刀木の顔をのぞきこむ。


「おイヤ、でしたかしら? え、い、さ、く、さまぁ」


 刀木は誰が見てもお下劣でお下品な表情を浮かべ、ニタリと微笑んだ。

 美麗が追加する。


「ああ、そうだそうだ。隊長のマルハチだけど、ミニスカートは怖気が走るってことで、今度はレオタードタイプに変えておくよ」


 刀木はあんぐりと口を開け、そのまま固まった。


~~♡♡~~


 これで終わったんだなあ。


 蓮平はこの半月余りの間に起きた、夢にも思わない出来事を振り返る。

 受験生の一番大事な時期に、こともあろうか武装してナゴヤを守るという、とんでもない役目を引き受けさせられた。


 でもこれはナゴヤの国津神くにつかみであられる東海鯱王とうかいしゃちおうが、何百年も前からお決めになっていたこと。

 美麗博士の作ったマルハチを身に鎧い、『金鶏』という裏神道を崇拝する狂気の集団からナゴヤを死守できた。


 それよりもなによりも、隣に座る理想通りの女の子、みやのという恋人ができたことは最大の喜びであった。


 夢なら覚めないで! 


 蓮平が思った時、ふと左手に温もりを感じた。

 みやのが恥ずかしげにちらりと視線を向けながら、右手をテーブルの下で差出してきたのだ。

 蓮平はその手を握る。みやのもキュッと握り返してくる。


 夢じゃないんだ。


 これからは二人仲良く手を握り合って、どんな困難が待ち受けていたってに乗り越えていくぞ、と蓮平は心に誓う。


 みやのがそっと顔を寄せてきた。


「蓮平さま、お勉強頑張ってくださいませ」


 そうだて! 僕は受験生だったんだて!


 今まで不思議と止まっていたお腹がギュルギュルッと、盛大な音を立てるのであった。                         

                                                                                                  了


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THE☆騎士MEN 高尾つばき @tulip416

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