人間 - x =人間、xの最大値は?

それぞれ人間として欠けてはならないものを持たない二人の人格、しかも記憶を共有した人格が登場するという、想像を絶するはずの状況をここまで説得力を持たせて語れるというのは専門的な知識や発想力にとどまらない、ただならぬ才能を感じます。驚きと尊敬を持って読みました。
専門用語や造語、技術的、理論的な話題がふんだんに盛り込まれているにも関わらず、消化不良を起こさせないのは、文章力、構成力のなせる技でしょうか。
また、全編を通してほぼ二人(ひとり?)の対話とAIの心理描写で成り立っていて、なおかつここまで読ませるというのは、やはりテーマとシナリオが知的好奇心を鷲掴みにするようなものだからでしょう。私は拡張現実やSNS、いわゆるlifeloggingの未来を想像するのが好きで、いつかこれらをテーマに作品を作りたいと思っています。なので、本作を読んで「やられた!」と思うと同時に、好みがどストライクな作品に出会えた喜びを感じています。
さて、ここまで良いことばかり書きましたが、一つだけ残念なことがあります。それは、物語の中核とも言える、わたしが自殺した理由についてです。確かに、伏線と呼べるようなものはありました。誰もが優等生になった社会という下りがあり、バイオローグについても丁寧に描かれています。しかし、それでも自殺の理由に納得がいきませんでした。これは今の世の中とは全く違った場所で、私の持つ社会通念や常識が通用しないのは分かります。だからあえて納得がいかないような理由にしたというなら、それはそれで読者の私は受け容れざるを得ないのかもしれません。しかし、ここまで精巧に練られた作品なのに、この部分が弱いがために作品全体の良さが消されてしまっているような気さえします。
わたしを自殺まで追い込んだ「事件」をもう少し重量感のある出来事にするか、あるいは、そんな些細なことで全てを壊してしまうほどの完璧主義の風潮をもっともっと伏線として用意するか。私が思いつくのはそれぐらいですが、ぜひこの部分を再考して頂きたいと思います。
ありがとうございました。

その他のおすすめレビュー

@louisさんの他のおすすめレビュー4