ささやかに

 あれから一年が過ぎ、明治の時代になった。我が身の呪縛から解き放たれた新九郎は文吉の許可を得て凪と結婚した。初めから好き合っていたのに、運命が長い時間待たせた。もちろん文吉二代目は廃業である。西郷は新九郎の願いを叶え、鶴見に田んぼと畑をくれた。

「本当は新政府の要人になれるお方なのに」

 西郷は逢うたびに嘆く。そのかわり、小十郎と松近家の四人が新九郎の推薦で新政府の役人となった。謹慎していた家元は希望通り悠々自適な生活を送っているが、士族となった旗本、御家人は苦しい生活を強いられた。玉屋玉三郎は維新前に家元の裏仕事を受け持っていたことが公になり店を畳んだが、後に警視庁の要職に就いた。

 熊太郎、虎太郎、竜太郎に長太郎はそれぞれの村の村長になった。めでたいことである。それぞれの部下、花見の真介や天狗の伊助らも村の仕事をしている。飛騨の山猿と木鼠の忠吉は新九郎の田畑で働くことになった。大曽根の権太は実家に帰って老母と暮らすことにした。染吉、公介も保土ヶ谷村の村長と助役になった。もちろん友蔵は戸塚村村長だ。ただひとり千ノ助だけは宮仕えをよしとせず一家を解散して旅に出た。利兵衛は勘八を誘って鶴見で小料理屋を出した。料理が得意だったのだ。人気は上々のようであるが孤雲和尚のツケがたまって困ると言っている。その孤雲和尚はなんと鶴見村村長になった。寺は風泉が守っている。


 青空が高い。

「親子三人暮らして行くにはこれで充分だ」

 田んぼを見ながら新九郎がいうと、

「来年にはややこが出来ますよ」

と凪が恥じらった。

「そうか、三代四人か」

 畑では山猿と忠吉が黒と白を使って土起こしをしている。駿馬の青は土手の草を食んでいる。紅の一家はカラス退治に忙しい。

「ああ」

 新九郎は草むらに寝転んだ。国を思うのもいいが、家族を思い、仲間を思うのもいい。最近、薬は飲んでない。心が安定したのだ。

「やれやれ」

 いつの間にか新九郎は眠ってしまった。凪はその散切り頭を撫でた。

 穏やかな風が吹き、安らかな時が流れる。

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恩州任侠伝 よろしくま・ぺこり @ak1969

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