友蔵救出

 戸塚宿の友蔵の屋敷では文吉が中心となって善後策が練られていた。

「鶴見の貸元、私は代官所に押し掛けます」

 友蔵の代貸、仁八郎がいきり立つ。

「まて、相手は御公儀、下手をすると皆殺しだ」

 文吉が引き止める。

「大恩ある親分の命が掛かっております。我ら戸塚一家だけでも討ち入りします」

 仁八郎は譲らない。そこへ、

「まずは友蔵貸元を救うのが一番。それがしにおまかせあれ」

新九郎が静かに割って入った。

「どうやって救うのだ」

 文吉が言う。

「それがしの配下に忠吉というものがおります。このもの、もとは盗賊で武家屋敷に忍び込む事はお手の物。それにもう一人飛騨の山猿。この者の身軽さは貸元もご存知のはず」

「ああ。で、どうする」

「はい、この二人に友蔵貸元を救いださせます」

「出来るのか?」

 文吉が聞いた。

「出来るな」

 新九郎が忠吉と山猿に問う。

「へい、人を盗むのは初めてですがやってやります」

 忠吉が自信ありげに答える。

「よし、では行け」

「では我らは大八車を用意します」

 仁八郎が言う。

「よし、友蔵貸元を救ったら、それがしは代官を斬る」

「ならばお供を」

「仁八郎殿、命の覚悟はできているな」

「はい」

「よし、戸塚一家で決死隊を作ってくれ」

「へい」

「まずは忠吉、山猿頼んだぞ」

「お任せを」

 身軽な二人が飛び出して行った。


 深夜、丑の刻。

 忠吉と山猿は代官所の屋根に居た。

「存外、守りは薄いな」

 忠吉が呟く。

「誰も代官所に賊が入るとは思わねえだろ」

 と山猿が返す。すると、

「そこが付け目よ」

と突然、黒装束の男が背後から現れた。

「だ、誰でい」

 山猿が匕首を取り出す。

「慌てるな。ご同業よ」

 男は静かに答える。

「同業だと。じゃあ、戸塚の貸元を……」

「はあ? こちらはこの代官所のお宝を頂きに来たんだよ。なにせ、悪代官。たんまり溜め込んでいるらしいからな」

「じゃあ、お門違いだ。お互い邪魔立てはよそうぜ」

「そうだな。こっちは大方済んでいる。とっとと退散しようか」

 男は立ち去ろうとした。すると、

「あんた、野良ねこ小僧じゃないか?」

忠吉が尋ねる。

「よくわかったな」

 男が感心する。

「その手際の良さでピンと来たぜ。それにしても江戸が本拠のあんたが恩州くんだりまで来るとはどういう風の吹き回しだい」

「ふふふ、江戸も大方仕事をしてしまった。警戒も厳重になったからな。今後は諸国の悪党から金須をいただくのさ」

「ふーん」

 そこへ、

「旦那様、支度が整いました」

と大男の黒装束が現れる。

「そうか、では行こう」

 男は踵を返した。そして、去り際、

「友蔵の獄は北の牢屋だ。牢番はいびき掻いて寝てるぜ。ただ友蔵は重体だ。骨が折れるぜ」

と言って闇に消えた。

「あの声、どこかで聞いた事があるな」

 忠吉は考え込んだ。

「さあ、こっちも仕事だぜ」

 山猿が促す。

「ああ」

 二人は北の牢屋に向かった。そして屋根瓦を矧ぎ、そろそろと牢に侵入する。

 戸塚の友蔵は気絶していた。これは重い。他に捕縛されている者はいない。二人は縄で友蔵を厳重に縛ると、持って来た滑車を使って屋根へと持ち上げた。その間牢番は夢うつつだが、念のため眠り薬を嗅がせておいた。

「さあ、退散だ」

 二人は戸塚一家の用意した大八車に友蔵を乗せて夜道を掛けた。


「親分!」

 哀れな姿になった友蔵を見て仁八郎始め戸塚一家は号泣した。

「早く医者を」

 文吉が叫ぶ。

「石田右京、許せぬ」

 新九郎が呟く。

「私もです」

 健一郎も頷く。

「よし、明日は貴殿も討ち入りに参加しなさい。全てが終わったら仇討ち、受けて立とう」

 新九郎が言った。

「はい」

「まあ、その前に罪人として首を落とされるかもしれないが」

 新九郎は笑った。

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