第二十一話 『真田幸隆』パパになる。

 天文てんぶん六(1537)年。長野業正ながのなりまさの兵学の講義の最中、キョウが突然倒れたのだ。

 幸隆ゆきたかは、慌てて座席から立ち上がり「キョウ、大丈夫か!!」と言って、彼女の元へかけよった。

 教鞭きょうべんをとっていた長野業正もかけより「破水してる。もうすぐで赤子が産まれるかもしれません。父親は君ですよね?」と幸隆に尋ねる。

 すると、幸隆は「当たり前です。」とコクンとうなずいた。

 業正は矢継ぎ早に「キョウの父親は、このことを知ってるんですか?」と、また幸隆に尋ねた。

 幸隆は首を横にふり「コソコソ付き合ってたから、知らないです。」と言ったのだった。

 業正は一瞬だけ真剣な顔をすると「......そうですか。......でも二人はお似合いです。この際、祝言をあげてみてはいかがですか?」と笑顔で言った。

 このとき、一番嬉しそうにしたのは佐太夫さだゆうで「おめでとう!!」と祝福の大声をだした。

 それとは対照的に景持かげもちを幸隆に聞こえない声で「チキショー。」とうなっていた。

 隣の席で、それを見ていたトラは「そこでひがんでっから。モテねぇんだよ。非モテ野郎。」とタメ息混じりの小声で景持をさとす。

 景持は反応するとトラによって半殺しにされる可能性があったこともあり心の中で「黙れ、ガラガラ声の非モテ女。......よし、こうなったら。」と思った。そして、ある決意を心に決めた。そう、幸隆とキョウの祝言を潰すことを。


 その※一刻後。出産用に業正が用意した屋敷で。ついに幸隆の第一子である真田源太。後の真田信綱が産まれるのであった。

 産まれた瞬間、付き添ってくれた※御産婆おさんばさんは「元気な男の子ですよ!!」と声をあげ、もちろん最初はキョウに源太を渡した。すると、キョウは赤子のあまりのカワイさにウットリしていた。

 次に手渡されたのは幸隆で涙を流し「カワイすぎるだろ。ボケ!!」と声を震わして大声をあげるのであった。

 幸隆のはからいで佐太夫。そして、トラにも源太を抱くことになった。二人とも幸隆とキョウほどではないが、かなり感激している様子だった。

 そして、最後に恩師の長野業正も抱くことになったが、上泉は顔が怖いため抱くことができず。彼は屋敷の外で不貞腐ふてくされていたことは言うまでもない。


 ※一刻→二時間 

 ※御産婆さん→妊娠時から生児の看護まで関与する者


 その日の深夜。キョウの実家の羽尾はねお家の屋敷にて。羽尾家は代々、関東管領の家老を務めている、由緒正しい御家柄である。

 屋敷から当主でありキョウの父親であるマジメで、堅物で、融通が利かないことで知られている羽尾幸全はねおゆきてるが屋敷を吹き飛ばすかのような大声で「そいつは誠か!!」と叫んでいた。

 そして、キョウの父親の目の前にはツバまみれになりながらもニヤついてる景持が「そうなんですよ羽尾殿。真田幸隆さなだゆきたかはクズです。早く成敗したほうがいいですよ。」としらじらしく言っていた。どうやら、幸隆のワルイ噂話。あること、ないことを伝えていたようだ。人間のクズは景持の方である。

 羽尾殿は鼻息を荒くして「なるほど。景持とやらの情報に感謝する。さっそく真田幸隆を家来に頼んで、ワシの屋敷まで連行するか。けしからんクズはワシが直々に成敗いたす!!」と隣の家まで吹き飛ばす勢いの大声で叫ぶのであった。

 景持の顔が、さらに汚くなったことは言うまでもない。

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