3個目

 好きなことだけしていては生きていけない。実際そんなことはない。体は生きているし動く。金銭面や夢を追う力がないと路頭に迷うことになるけれど、生きてはいける。そんな不安定で夢のような生活が嫌になってしまい、諦めて安定した道を進む人も多い。だけどそれじゃ足りないだろう、それじゃダメだ。好きなことがあるんだろう。できないんじゃない、しないんだ。家を出て夢を追いかける生き方のどこが悪い。そう思い続け夢を追いかけていたころが懐かしい。そんな俺はもうどこにもいない。


 俺はみんなが言うようなチャージャーじゃない。俺は言いたい。そんなに頼るなよ、夢を見ているんだみんな。俺もみんなも。そりゃあそんなものがあったらみんなが欲しがる。夢物語なんだよ、結局のところ。その夢を壊したくないからそうやってすがるものを見つけては夢と言ったり癒しと言ったり最近はチャージャーと言ったりするんだよ。





 〇〇〇〇〇〇




 君の夢はなんだい?


 俺はチャージャーに夢を見ていた。俺の完成品で世界がどう進化するのか見たかった。遠い国の戦争もなくなるかもしれない。幸せになるかもしれない。生きるのが楽しくなるかもしれない。人が変わっていく、進化の過程をこの目でみたい。だから俺自身には影響のないように工夫した。今は注射の中身の薬剤として使われている成分、それに一切触れなかった。俺は変わらずにいなければいけない。成功を証明するために。俺以外の誰にもできない。俺だからこそできるのだ。自己満足がなくては、他の誰に褒められてもどうともならないのだ。




 〇〇〇〇〇〇




 この頃もう日記とはいえなくなった文章を読み返していた。読み終わって空いているページにヤフくん似のもてっとにゃんこの落書きをした。そう今俺は暇なんだ、チャージャー療法中の俺はほとんど外に出ていない。この施設で過ごしている。それをなんとも思わなかったんだ、今の今まで。そのことに気づいた。




 〇〇〇〇〇〇




 進化したい。なんかもうこの地区で進化していないのはおばあちゃん世代と私たち家族だけになってしまった。どうやらタダの偽注射が出回り自分たちで注射したようで、国の人が騒いでいるみたい。そんな怖いことよくできるよ。でもしたくてもできなくてイライラしていた人も多い、そんなに進化したかったのかな。空を飛ぶ人たちも増えているけど車の人たちもまだまだいる。その中で若い人は早くから飛ぶようになったから、だいぶ多い。私だってまだ若い、だけど車にも乗れず空も飛べないんじゃストレスが溜まる。仲間はずれにしないで全員にやればいいのに、なんでなんだろうな。また友だち減っちゃった、なんで連絡返ってこないんだろう。


 さびしいな。




 〇〇〇〇〇〇




 俺は歌がうまい。自分で言うのもなんだが、それだけ自信を持って歌っている。小さい頃から練習して、好きだからやり切れると思い続けた。何度か止めようとした、ギターも弾けなくなるときがあった。でも辞められなかった。好きだから、俺には諦めることができなかった。生活するためにしていたバイトでよく分かった。なにも好きなことをしなくても生きていけることをよく分からせてくれた。でもそれは生きているんだろうか。そう思い続けていた。だから俺にとって歌は、ギターは俺の生きがい。今もそれは変わらない。いやそれしか今はできなくなった。俺は歌うだけの存在。そのうちにきっとこんなことも考えなく、考えられなくなるんだろう。早くそうなってほしい。


『夢を追いかけるだけで幸せになれる』

 俺が2番目に作った曲のサビだ。メロディも歌の作り方も盛り上がり方も、慣れていなかったから簡単なよくある曲だが歌いやすくて馴染んでいて、夜の駅前で1人でよく歌っていた。その日もいつもと変わらずその歌を歌う。もうすぐ終わるあたりで俺のギターケースにひらひらと一万円札がゆっくりと落ちていく。俺は歌をやめ顔を上げた。若そうな男が1人、寒そうに立っていた。拍手は両手をコートに突っ込んでいるからかしてはくれなかった。



「こんなにいただけません」


「もっと渡してもいいくらいだよ」



 その時はこの男が何者かなんて特に気にしてもいなかった。ちょっと変な人なのかなとそれくらいで。



「俺は歌は嫌いだったが君の歌は好印象だ、声がいい」


「ありがとうございます!」



 うれしかった。本当にうれしかった。そしてあとでわかったがその彼は有名な人で、のちに犯罪者として騒がれる人だった。テレビにその顔が映った時にはびっくりした。その人はチャージャーを作った。いつだか行きつけの楽器屋がチャージャーを置くようになった。俺はギターは今のがいいから買う気になれなかった。そこでマイク型のストラップを買った。金がなかった、ギター型のは色が気に入らなかった。


 チャージャーを買って鍵につけて持ち歩くようになってから自分に自信が持てるようになったと思う。余計なことを気にしなくなった。夜の飲んだくれに褒められた。いい声してるぞ、声を出せ、それから声を思い切り張り上げた。だいぶ人が集まってくれるようになった。うれしいことに男女ともに聴いてくれた。成功というやつはあっという間に俺と、俺の周囲を変えていった。それは夢に見たステージだったりテレビの出演だったり、そのうちテレビではなくなったり、家の鍵が必要なくなったり、空を飛びながらライブをした。その頃には俺がチャージャーというものになっていた。その時俺のストラップのチャージャーは胸ポケットにいつもいた。


 俺のようなやつがその時代多かった。そんな俺らは病院で検査を受けた。俺は中でも特に検査値が悪く、入院し精密検査を受けチャージャー療法を受けた。依存症や中毒、そういったものになっていることに俺の方は気づいていなかった。そして俺は中でも特に気に入られ、進化の計画に組み込まれてしまった。研究者たちは俺を2週間でさらに変えた。俺は中毒者からミュージシャンへ、夢の中に戻った。いいや中毒者のままで歌を歌い続けた。俺のクスリまみれの歌で世の中の人をどう変えるのか、その研究材料になっている。そう気づいたのもだいぶ後だけれど。好きなことをしているのに、もう好きかどうかかわからない。今歌っている曲は俺が作ったものじゃないし、ギターももう弾けない。声だけが俺を俺だと思わせてくれる。




 〇〇〇〇〇〇




 依存とは何か。それはそれなしではいられないことだ。依存の対象とは何か。人それぞれ違う。刺激の強いものほどより依存しやすい。どうしてやめられいのか。止まれないのか。手が勝手に動いてしまうのか。足が勝手に動いてしまうのか。俺はずっとどうしてか考えていた。人はどうして自分で自分をコントロールできないのか。ずっと考えてきた。そしていろんなものを作った。その中にロボットやチャージャーがある。





 〇〇〇〇〇〇





「好きです」


「今の俺には言わないでくれ」


「私もそう思う。でも今も好きでいるからそんなふうに言わないでよ」



 中毒者ミュージシャンに出戻ってすぐ、以前からのファンで仲良くなり親しくなっていた人に言われた。



「そうまでして歌うの」


「歌わされているんだ」


「今は歌ってないよ」


「歌ってる」


「歌ってない、もう聞いていられない」



 そうして彼女と別れた。それから俺はより沈んでいった。俺には歌うことしかできなくなった。いいや、もう歌っていないのかもしれない、叫んでいるだけなのかもしれない。聞いているのかいないのかわからない人たちを相手に今日も明日も明後日も。


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