2個目

 進化したい。けど私たちにはできない。なぜかってお金がかかるから、それだけ。世の中はお金が全て。チャージャー?なにそれ、お金がないと買えないじゃない。それが癒しでそんなにいいものならどうして1人に1個ずつないのだろう。そしてそれがない人たちは変な目で見られるんだろう。なくったって困らないし必要ない。今は進化の注射になったけれど、それすらできない。お金がないとできないことは多い。お母さんは言う。それだけはいつの時代も変わらない、と。





 〇〇〇〇〇〇




 進化にお金がかかるようになったのは理由がいくつかある。チャージャー会社の利益のため、依存の被害を減らすため、みんなの進化状態をある程度把握するためと言われている。お金があってある程度病気がない人達は『対象者』と呼ばれており、知らせがくる。以前の世界でいうなら予防接種だ。3歳から接種ができる。チャージャーで進化しなくとも薬剤を静脈注射することによって進化が可能になった。それも病院や市役所でできる公的のものになった。全国民一斉に行う案もあったが、チャージャー害の被害者もいるため実施はされなかった。今もチャージャーはあるがだいぶ効力は抑えられており、チャージャー害は減った。というよりチャージャーは『進化』接種に変わっていった。


 俺はチャージャー害の被害者として特別施設で治療している。そしてだいぶ回復してきた。それに合わせて日記もだいぶ溜まってきた。最近は日記以外にも思ったことを書くようになった。ふとなぜ発明者の彼は自分自身を進化させなかったのだろうか。聞きたくても彼は犯罪者として牢屋にいる。彼は若くしてチャージャー以外にもロボットの研究もしている有名な科学者だ。チャージャー害の被害者が多く、彼は逮捕されることになった。進化の注射はまた違う研究施設の新発見として世界を騒がせたが、チャージャーを利用していることは明らかだった。安全性と利便性、副作用、中毒症状等全て検査して、今の進化接種の形まで広がっていった。それでも彼は牢屋にいる。発明者の彼は進化しないのだろうか、どうして?





 〇〇〇〇〇〇




 君はチャージャーに何を求める?


 俺は初めて作ったチャージャーを試したくてしょうがなかった。俺の研究は成功か失敗か、まずは実験する必要がある。そこで俺はその辺の女子高生にそれを手渡した。嘘だ。面識のあった友達の妹さんに、よく眠れるらしいと言って渡した。小さい頃よく遊んだ彼女は成長しており、最近では夜遊びを覚えたようでよく夜更かしをしているそうだ。いい実験対象だと思った。


 俺がなぜその形のチャージャーを1番に作ったか。それはよく眠れるように、体と心が休めるように。そしてなにより夢を見るためだ。人は夢を見るのが好きだからだ。たしか、そんな理由で作り始めたんだと思う。





 〇〇〇〇〇〇




 私は生まれてこのかたこの家でビンボー暮らしをしている。とはいっても家がある。家族がいる。ご飯も豪華じゃないけど毎日2食食べている。服も流行りの最先端なんてとんでもないけど毎日着替えられる。昔の世界の高校というところへ通っていたという歳になった。17歳。中学校だけになって成人は18歳。お酒もタバコもなくなったからだ。今の世界は進化できるかできないか、という不公平なわけかたをされている、許していいのかという話がテレビで話題になっている。そう、テレビ。私の家はまだテレビにスマホ。しかも母はスマホを持っていない。家の造りだってもう古くて周囲からだいぶ浮いている。自然災害で壊れない家が立ち並ぶ中、私の家は飛んでいく人たちに変な目で見られる。そしてなんといっても私の交通手段は自転車だ。



「お金が貯まるチャージャーってないかな」



 我ながら小学生みたいだと思う。そんな独り言を呟きながら今日も向かう職場は病院。自転車をこいで、空飛ぶ人を見あげながら丘を登っていく。そこで看護師の補助をしているケアワーカーだ。ロッカーで着替えながら熟年看護師の愚痴を聞く。



「みんな進化するから内科も外科も必要ないのよ、給料だって減ったし…もうやめちゃおうかな」


「でも、看護師さんいないと進化の注射できないじゃないですか」


「注射くらい自分で自分にできるよ。その気になれば誰だって。その進化接種の仕事か、対象外の人の健康管理、あとは出産と死後の処置とか手術は大きい病院でやるようになったから。ここみたいに小さいとこはそのうちに閉鎖になるな」



 進化を断った人達ももちろんいるけど少数で、だいたいは私みたいにお金がなくてできない。私よりももっとひどい、家がなかったり、学校に行けなかったりする人もいる。どうしてみんないっぺんに注射できないんだろう。理由があるんだろうか、あるとしたら、やっぱり。



「あーお金欲しい」



 友だちはみんな進化してしまった。チャージャーを試させてくれる彼女はいつも元気で明るい、私の愚痴を笑い飛ばしてくれる。このあいだ教えてもらった曲を口ずさみながら家に帰る。カラオケで2人で歌ってきた。何も大昔のカラオケ店まで行かなくても、家でできたけど、2人で昔みたいに騒ぎたかった。歌はいつまでも変わらない。1人でも歌えるしみんなでも歌える。ふと昨日の友だちの言葉を思い出す。いや私は別に進化したいわけじゃない。置いて行かれたような気がするから。ひとりきりになってしまいそうで嫌なんだ。




 〇〇〇〇〇〇




 君は休息しているか?


 休息することでエネルギーをチャージする。体を休めることも大切だが、それだけをしていても休めない。だからといって体も休めないといけない。今あるものより効果が強くて使いやすい、世界中の人が癒されるものを考えた結果、形は1つに絞れなかった。だからまさか世界の方で注射という形にするとは思わなかった。ストレスが溜まるじゃないか、針は痛いし怖いし病院の匂いがするし。だからあれは俺の完成品を劣化させたものなんだ。俺が作ったものはチャージャーであって進化ではない。休息が必要な女子高生の実験結果は順調だった。彼女を俺から奪ってさらに実験してそして作った注射だ。謝らなくてはいけない、俺が成功したらおこづかいを渡す約束が果たせないままだ。




 〇〇〇〇〇〇





 空の交通ルールって難しそう。あーでも空を飛んだら気持ちいいんだろうな。進化しなくてもいいと思っていた時期ももちろんある。だけどやっぱりみんなと同じがいい、私たちだけ特別なのが嫌だ。生活には満足している、必要がないならチャージャーも進化もしなくていい。だけどみんなが進化していく。夕暮れ時の帰宅ラッシュの人を見ながら、そして今星を見ながら、空を飛びたいと思う。夜は飛行禁止だけど。そのうちに発光衣服や街灯をつけた限定区間、短時間のみなら試験的に夜間飛行も許されるようになるみたい。その頃には私も進化できてたらいいなあ。月は2つになったし街灯は眩しいけれど、朝は明るくて夜は暗い。夕焼けは燃えて沈んでいってしまう。それでも次の日当たり前のように日が昇る。変わらないものもたくさんあるのに、どうしてみんなそんなに変わりたいんだろう。変わらなければいけないんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る