いかにもな近未来は、私たちの足跡そのもの

仮想箱なる装置が作り出す、多種多様な世界。
それらはときには断片、ときには一部始終をもって、私たちに語りかけてくる。
記憶、可能性、課題、到達点。
意味するものこそ抽象的であれども、それらを噛み砕いたあとに残るのはたしかな足跡。
仮想箱が内包する思索の海は、あなたを待っている。

ガチガチのSFを楽しみたい、哲学的な世界に浸りたい方にオススメの一作です。
とにかく難解な物語ではありますが、そのぶん考察が驚くほど捗ります。そして、自分自身の考察が新たな物語になる。この不思議な感覚は、他の作品では味わえないでしょう。読み始めは異色の作品構造と、そこから滲み出る感性に圧倒されるかもしれませんが、それを越えた先にあるのは唯一無二の読書体験です。読み進めるほどに作品は難解さを極め、考察の濃度は高まっていく。無意識に文面以上の意味を文章から漁ろうとし、小さな気づきが積み重なっていく。読んでいるうちに、そんな体験を何度したことかわかりません。本作の物語にはある種の中毒性があります。

そして、作品の核となる仮想箱。
こちらも当然、考察の余地があります。答えは無数にあり、おそらく読者それぞれで違ったものになることでしょう。この辺りは、哲学的な思索に耽りたい方にはたまらない部分かと思います。答えのない、わからないものの形を各々が探り、好みの形を定義する。その作業を心の赴くままに、楽しむことのできる構造となっています。無論、SF好きの方は自らの認識を再考するいい機会になるはずです。原点回帰とまではいかずとも、新たな発見は必ずあると思います。一部の層を対象にしたものであるため敷居は高いものの、その「一部の層」を大いに満足させること間違いなしの作品です。

SFだからこそ描ける、複雑で数値化できない思考の深層。
その一端に触れたい方は、迷わず1ページ目をめくってみてください。

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