第36話「本当のわかれ」還れよ…。

5月18日。

十六日、愛猫が亡くなってから。


部屋に冷房を入れた。遺骸が腐敗しないように。


別にずっとベッドの上でもよかったけれど、火葬にだすためにダンボールに移した。


これがあつらえたようにぴったりで……。



『猫ってコンパクトだなあ』



と、見当違いの感想を抱いたりもする。


死後硬直がかなり早くて、体が小さい子はそんなところも早いのかなと思ったり。


ベッドに寝かせているときは、毛並みも生前と変わらず、滑らかな手触りだった。


いましも顔をもたげるのではないか、という錯覚が何度も起こったくらいだ。


今、嘘だよ、死んだふりだよーと言って、わたくしを見るのではないか?


やわらかいお腹を大きく膨らませて深呼吸してノビをして起き上がるのではないか?


いいや、そんなことはありえない。


ありえない幻想を抱いてしまうことこそが、愛着としても。



死んですぐは水の匂いがした。


消毒した水の中に、彼の体臭がまざって鼻についた。


火葬にすると決定的にしたのはそれだった。


このまま傍らに置いておいてはいけない。


わたくしまで、死の匂いに包まれていては、生きていけない。


一緒にわたくしの証明写真と、髪飾りにもなると言う正月飾りをいれて、なぜか切った爪も入れた。


この子は爪切りを苦手としていたからなあ……。


白薔薇十四本は何としても用意したい。


斎場は二カ所候補を挙げて、当日(つまり今日)都合のいい方に連れて行くことに決めた。


今も、わたくしの部屋にいると思うと、ほっと安心するし、姿を明かりの下で見れば、愛おしさがこみ上げてくる。


哀しくなんかない。病院の檻の中で死なせるより、よっぽど。充実している。


個別葬にしてお骨を拾って、おまえだとわかる部分を残して、散骨してやるぞ。


大地に還るんだ。


自由になれ。


これがわかれだ。


本当にお別れなんだ。

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