第八章 発見

第26話 作戦の真相

――2018年1月24日、ホワイトハウス、8時00分、大統領執務室――


 この日、大統領執務室には、ブレイク首席補佐官、ブラウン国家情報長官が朝から詰めていた。一昨日、ホワイトハウスの地下金庫室で得た情報を整理するためだった。


「始めてくれ、ベン」

 カワードはベンジャミン・ブラウン国家情報長官に言った。ブラウンは「それでは」と短く答え、手元に置いたレポート用紙に目を落とした。


「ハイジャンプ作戦の内容について、地下に保管されていた情報は、やはり軍の公式記録とは大きく異なっていました。また当時の海軍の記録を辿ったところ、ハイジャンプ作戦の期間中に限り、厳重に保管されているはずの、数多くの艦の作戦記録や航海日誌が遺失しています。

 これは軍の内部でも、作戦が秘匿されていたことを裏付けるものです。ハイジャンプ作戦の機密は当時最高レベルであったことが伺われます」

 ブラウンはそこで一旦、カワードとブレイクの様子を窺った。二人ともそこで大きく頷き、ブレイクは「続けて」と言って、ブラウンを促した。


「ハイジャンプ作戦は、公式には1946年の12月、太平洋戦争終結の1年後に実施された南極観測プロジェクトです。しかし実際にはそれを遡る9月に、既に別働隊に出撃命令が発令されています。


 まずは公式隊の陣容は次のようなものでした。

――空母×1、水上機母艦×2、駆逐艦×2、揚陸指揮艦×1、砕氷艦×2、タンカー×1、輸送船×3、潜水艦×1――

 空母は輸送機R4D6機の発着専用に使われ、水上機は偵察用なので、文字通り公式隊は観測を目的としたものです。


 それに較べ、別働隊は陣容が異なります。

――空母×4、戦艦×1、巡洋艦×1、機雷敷設艦×8、砕氷艦×4、駆逐艦×8、タンカー×2、輸送船×4、潜水艦×2――

 こちらの空母には艦上攻撃機と、その護衛用の戦闘機が積まれていました」


「ものすごい規模ね、公式記録とは随分違うわ」

 思わずブレイクが声を上げた。

「そうです。公式部隊よりも、別働隊の方が遥かに規模が大きいと言うのは驚くべきことです」

「つまり作戦全体を見渡すと、9月に先行した別働隊の方が、南極圏で第四帝国の拠点をたたく主力部隊だったという事になるのね?」

「そう思われます。3か月後に作戦海域に到着した公式隊は、実は南極観測と言う名のもとに、別働隊の戦果を記録し、攻撃の漏れを確認していく評価部隊だったということです。つまりハイジャンプ作戦は、二段構えだったわけです」

 ブラウンはブレイクが納得したことを確認すると、また手元のレポート用紙に視線を戻した。


「3隊に分かれてサンディエゴ、ノーフォーク、ホノルルから出港した別働隊は、南極海で集結し、初めにアルゼンチン南端のフエゴ島に向かいました。秘密裡に建設されていたUボートブンカーの場所を特定し、そこを空襲によって破壊するためです」

「Uボートブンカーというのは何?」

「Uボートを繋留・整備するための潜水艦専用施設です。空襲から船体を守るために、分厚い鉄筋コンクリートの屋根がついています」

 ブラウンは持参したブリーフケースの中から、一枚の写真を撮りだした。


「これが実物です」

 ブラウンが示したその写真には、フィヨルドの入り組んだ海岸線に紛れるようにして、細長い箱状の構造体を、8個横に並べた人工物の航空写真が映っていた。

 それは偽装のために、施設上部には巧妙に岩や土が被されており、事前に諜報員が位置情報を入手していなければ、空からの偵察だけでは、とても発見することはできなかっただろう。


「破壊できたのか?」

 カワードが訊いた

「はい、総数120機の戦闘爆撃機TBFアベンジャーが、一週間に渡って、2000ポンド爆弾を3交代で投下し続けたと記録されていました。爆撃後の写真も残されています」

 ブラウンが示した写真には、大きく地形を変えて崩壊した海岸線が写されていた。


「敵からの反撃は?」

「まだ完全に要塞化する前だったため、被害は最小限で済んだようです。高射砲で2機が被弾しただけでした」

「なるほど。それでアルゼンチンを片付けた後が、南極ということか?」

「そうです。南極半島沖に移動した別働隊は、まずノイ・シュワ―ベンラントに絨毯爆撃を行いました。そして次の目標が、アルゼンチンが南極半島に整備中だった陸揚げ用港湾施設です。

 そこは現在同国のマランビオ基地がある場所から、南西に500㎞ほど行った地点です。港の規模から推定すると、10万人以上を収容できる、巨大な基地が計画されていたのではないかと予想されています」


「それがハイジャンプ作戦の全貌という事だな?」

「概ねそういう事です。南極にもフエゴ島と対になる、Uボートブンカーが建設されていたはずですが、作戦期間中には場所を特定できませんでした。

 実は南極側のUボートブンカーは、“氷底湖”を利用して造られた可能性が強く、当時の探査技術では探知する術が無かったのです」


「そのというのは何だ?」

「氷冠の下にある、不凍湖です。南極では氷の圧力によって、氷層の下の凝固点が低下し、更にそこで地熱と放熱のバランスが取れた場合に、厚い氷の下に湖が生まれます。しかもその中には外海と繋がっているものもあります」

「自然が造ったUボートブンカーという訳か」

「そうです。人の作為が加わっていないだけに、発見は容易ではありません」


「どう処理をしたんだ?」

「ノイ・シュワ―ベンラントと、南極半島のウェッデル海側に、広範囲に機雷源を敷いたのです。ブンカーの破壊ができなくても、Uボートの活動を止めれば効果は同じと言うわけです」

「別働隊に砕氷艦と機雷敷設艦の数が多かったのは、それを見越していたという訳だな」

「そういう事です」

「その後、機雷の再投下は行ったのか?」

「行っていません。機雷の寿命は長いので、その必要は無いという判断でしょう。磁気機雷は電源が必要なので、寿命は数年といったところでしょうが、接触型は少なくとも30年、条件さえ良ければ50年でも持ちます」


「話をまとめましょう」

 ブレイクが話に割って入った。

「ナチスの第四帝国計画とは、ナチスが敗戦を見据えて計画した、アルゼンチンを巻き込んで、南極大陸への進出を画するものだった。実際にそれは実行され、アルゼンチンに資金と要員が送り込まれ、フエゴ島と南極には、橋頭堡となる拠点の建設も行われた」

 ブラウンは頷き、ブレイクからその先の話を引き受けた。

「そしてそれを察知した連合国側は、徹底的な爆撃と機雷の敷設によって、第四帝国計画を無きものにした。それがハイジャンプ作戦の真相であった」

 ブラウンは、大統領に視線を送った。


「大きな流れはそうだな。そしてそれがやがて、殺されたモサドの諜報員ペレスの、アルゼンチンでの任務に繋がって行くわけだ」

「ペレスは第四帝国が再び息を吹き返さないように、ブエノスアイレスに駐在し、ナチスシンパを監視していた男だった。戦後70年以上もたって、彼はネオ・トゥーレと呼ばれる一団が、金取引に動いた事を察知した。しかしそれを調査している過程で消されてしまった。それがペレス殺害に関する一連の流れですね」


 ブレイクの言葉に、3人は視線を交わらせて大きく頷きあった。



――2018年1月25日、13時00分、リスボン――


 矢倉はポルトガルに来る前から、祖父が残した緯度経度の海域にあるものは、沈没船に間違いないだろうと考えていた。


 理由は単純だ。まずはその場所に行くことができる手段が、船か飛行機以外に無いことは明らかだ。しかし飛行機は日本からだと航続距離が足りないし、祖父が出兵した当時は、枢軸国のイタリアは既に降伏し、ドイツも制空権を失っている。選択肢としては船しか考えられない。


 それでは船を使って、目的の海域まで移動し、その海底に“何か”を沈めたという可能性はどうだろうか? 

 矢倉にはその選択肢も無いように思えた。“何か”を隠すのであれば、いつかはそれを回収するという目的があるはずだ。日本軍がそれを行うのであれば、瀬戸内海か日本海あたりにしておかなければ、引き上げる事が難しくなる。


 残された答は限られてくる、恐らくは中立国であったポルトガルを介して、日本からドイツに何かを運ぶか、逆にドイツから日本に運ぶ途中で、船が沈められてしまったに違いない。――それが、矢倉が推論した結論だった。


 今、矢倉が行わなければならないのは、潜水調査を行うポイントの特定であり、そのための調査船の手配だった。

 祖父が遺したセルロイド板の緯度経度の情報は、小数点以下二位まで書かれていた。緯度経度は1度違えば、およそ110㎞位置が変わる。小数点以下二位に収まるマージンは±1.1㎞。つまり数字が正確であっても、指定された場所を中心に、2.2㎞四方のエリアを調べなければならない。ダイバーが潜って目視するには広すぎる範囲だ。

 しかも数字が彫り込まれた当時は、GPSの無かった時代。ジャイロと六分儀に頼った航行では、位置特定にも誤差があると考えてよい。やはり実際に潜る前に、目的のポイントを絞りこむ事は必須だった。


 矢倉は今後の調査活動をスムーズに進めるために、改めてテレサをアシスタントとして、自分の専属で雇うことにした。彼女の働きは、矢倉から見て申し分のないものだったし、テレサも次の仕事が入っていなかったので、喜んで矢倉の誘いに乗った。


 アシスタントになったテレサの初仕事は、リスボンの船主協会のリストを手に入れることだった。ファロから帰った翌日、テレサは早速それを入手すると、午後一番で矢倉の宿泊するホテルに届けに来た。


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