第24話 レベル4の機密

――2018年1月22日、9時00分、ホワイトハウス地下――


 カワードはブレイクとブラウンを伴って、ホワイトハウスの地下金庫室に下りていた。そこは国家の機密文書の中でも、とりわけ機密度の高い、レベル4の文書やマイクロフィルムが、電子化されないままで保管されている場所だ。


 米国では1966年に制定された連邦政府情報公開法によって、公文書の公開原則が徹底されているため、トップシークレットとされているレベル3でさえ、市民からの開示請求があれば、情報公開担当官が、開示の是非を検討しなければならず、非公開とした場合は、その理由を明らかにしなければならない。

 また機密基準自体も、時の大統領の判断で緩和されるため、過去には国防や外交上の理由によって非開示であった情報でも、その重要性が失われた時点で公開されるものが多い。

 実際に20世紀後半からは、トップシークレットを上回る、レベル3+のウルトラトップシークレットも数多く公開されている。


 しかしそれとは対極に、どんなに時代が移り変わろうとも、決して公開されることがない情報もあった。資料の存在自体が秘匿され、開示請求さえできない機密――、それがレベル4のハイパートップシークレットだった。


 カワードたちはまず、求めるべき資料を探した。

 分類されたリストをコンピュータで検索すると、目的の資料はすぐに見つかった。しかし、コンピュータに頼る事ができるのはそこまでだ。

 その資料の中身は電子化されていないがために、目次を頼りに自らが読み込む以外に無かった。

 閲覧すべきはハイジャンプ作戦の記録の他に、当時の諜報記録や、当時の意思決定のプロセスなど。

 カワードは手際よくそれらを分類し、ブレイクとブラウンに割り振った。


 3人はそれぞれが、分担の資料を読み込んでいった。途中ブレイクがコーヒーとサンドウィッチを取りに地上に戻った以外は、数度のトイレ以外に席を立つことも無くかった。

 窓の無い地下では、時間の感覚が失われるが、気が付くと時計の針はもう夕方の時刻を指していた。


 マイクロフィルムリーダーの画面を見ていたブラウンが、操作の手を止めた。

「ハイジャンプ作戦の行動記録には、一通り目を通しました」

 ブラウンはカワードとブラウンが陣取っているテーブルに視線を向けた。

「こちらもよ」

 ブレイクが見ていたのは、第四帝国に関する当時の諜報記録だった。

「私も読み終わった」

 カワードが閉じたファイルの表紙には、『第四帝国関連・トルーマン大統領口述記録』と書かれていた。


「まずは、第四帝国計画の内容から確認していこう」

 カワードが促す言葉に、ブレイクは手元に置いたメモ用紙に目を落とした。


「ナチスの第四帝国計画は、1943年に、ポルトガルのリスボンで活動していたイギリス海軍情報部が察知しました」

「なぜ、リスボンで?」

「第二次大戦中、中立国であったポルトガルは、連合国、枢軸国双方の諜報活動の中心地で、スパイの首都と呼ばれていたのです」

「確か、1945年5月がドイツの敗戦だったな。1943年というと――」

「ドイツが旧ソ連で、スターリングラードの攻防戦に敗れた年です。この戦いがヨーロッパ戦線の趨勢を決定づけました」


「そこでナチスの上層部が、国に見切りをつけていたという事か?」

「ナチス政権全体が、敗戦を予想していたかというと、多分そうではないでしょう。ナチ党も一枚岩ではなく、幾つかの派閥があります。そのうちの一派が先鋭的に第四帝国計画を主導していたと考えるのが自然です。計画の執行責任者は、ナチ党の官房長官だったマルチン・ボルマン。ボルマンは敗戦色が強まるほどに政権内での発言力を増し、遂にはヒトラーの遺言執行人に指名されています」


「腹心中の腹心というわけだな」

「そういうことです。計画の重要性から考えると、当然の人選かと思われます」

「しかしなぜ第四帝国は、南極でなければならなかったんだ? 人が住むには最も適さない場所ではないか」

「当時のナチスドイツにとって最も重要な戦略物質、ボーキサイトとチタンの鉱床を手に入れるのが目的だったようです」


「ボーキサイトはアルミの素材か。当時は最先端技術を支える貴重な金属だったはずだな。しかしチタンはどうなんだ? 工業化されたのは戦後になってからのはずだが」

「大統領、ナチスドイツの基礎研究や工業化技術の能力は、既に万人の認めるところです。空気中の窒素からアンモニアを合成するのに成功したのだって、第一次大戦前のドイツです。チタン自体は18世紀に発見され、既に素材としての有効性は知られていたものです。必要に迫られれば、ナチスが精錬技術を確立できたとしても不思議とは思いません」


「必要に迫られて?」

「そうです。当時のドイツ軍の兵器は、コンセプトや設計の先進性に較べて、素材が追いついていません。それは石炭以外の鉱物資源を、ほぼ輸入に頼っていたためです。もしも当時のドイツで、潤沢にアルミやチタンを使うことができていたら、それだけで戦況は変わっていた可能性があります」

「軽量で生産性の高いティーガー戦車やジェット戦闘機、ロケット戦闘機が戦線に投入されたかもしれないということか?」

「それだけではありません。V1もV2も、遥かに航続距離を伸ばしたことでしょう。フランスからでなく、ドイツ本国からでもイギリスを直接攻撃できた可能性もあります」


「なるほど、確かに戦況は変わっていたかもしれないな」

「そう考えると大統領、第四帝国計画は、ナチスドイツの戦況が悪化したことから、急遽立案されたように見えますが、実はもっと前――、彼らがポーランドに侵攻し、イギリス、フランスに宣戦布告する前から、伏線が張られていた可能性があります」

「伏線とは?」

「そもそも、なぜナチスが南極に目を付けたのか、という事からご説明しなければなりません。マイクロフィルムの記録を元に、話を遡ります」

 ブレイクは再びマイクロフィルムリーダーに向き合い、それを見ながら話し始めた。


「南極大陸が帝政ロシアによって発見されたのが19世紀初頭です。以降、各国は頻繁に南極圏に探検隊を派遣しました。理由は簡単で、領土の拡大と、それによる地下資源、水産資源の確保です。

 しかし、厚い氷山に阻まれた南極には、当時の航海技術と装備では、容易に上陸する事はできず、ノルウェーのアムンゼンが南極点に到達したのが、ようやく1911年になってからです。


 1930年後半までに踏破された地域は僅かに15%。当然正確な地図など無く、南極はぶ厚い氷に覆われた真平らな氷原と考えられていました。そのような背景の中、ナチスが南極調査を行ったのが1938年から1939年に掛けてです。 後にノイ・シュヴァーベンラントと名付けられた東経20度から西経10度までの地域を調査し、水上機を使って1万枚を越える航空写真を撮影しました。


 結果として、南極は平坦な氷原ばかりではなく、造山活動があり、アルプスのように山脈の連なる地帯が有る事、内陸部にはオアシスと呼ばれる、氷や雪の無い露岩地域が存在する事、氷の下に氷底湖がある事などが分かりました。ナチスはその後も、毎年遠征隊を南極に送り込み、鉱物資源の発掘調査を行っています」


「それでヒトラーが、南極に目をつけたというわけだな?」

 カワードの質問に、ブレイクは「その通りです」とだけ答え、すぐさま次の説明に入った。


「ヒトラーが南極に興味を抱くまでに、ドイツには2つの大きな流れが有りました。一つ目は地政学の創始者、カール・ハウスホーファー教授の存在と、彼が唱えた生存圏理論――国家は自給自足を行う必要があり、その国力に応じた資源を得るための領土が必要――という理論です。

 ヒトラーは自著の『我が闘争』でもこれに言及しています。ハウスホーファー教授は、ナチスの副総統だったルドルフ・ヘスの恩師でもあり、ヒトラーへの影響力は大きかったと思われます。


 もう一つは、気象学者アルフレート・ヴェーゲナーが唱えた大陸移動説です。発表は1912年。かのフリッツ・ハーバーがアンモニアの合成に成功する前年です。この説はナチスの科学アカデミー、アーネンエルベの研究テーマの一つでもありました。

 ナチスが調査を行ったノイ・シュヴァーベンラントは、大陸移動説によれば、太古に南アフリカと繋がっています。そして南アフリカといえば、チタンとボーキサイトの一大産地。ナチスはその仮説に基づいて調査隊を南極に送ったという事です。

 現代の調査でも、そこに豊富なチタンとボーキサイトが眠っている事が明らかになっており、しかもウランの鉱床まで発見されています。正に南極は、ナチスドイツにとって宝の山だった訳です」


 ブレイクはそこで一旦説明をやめて、モニター画面にノイ・シュヴァーベンラント付近の写真を表示させた。それは一般に知られている平坦な地形ではなく、ヨーロッパのアルプスのように起伏に富んでいた。


 ブレイクはその写真を表示させたままで、その先の話題に進んだ。

「次にアルゼンチンと南極の関係です。アルゼンチンは1904年にスコットランドから、オルカダス島の基地を譲り受けて以降、恒久的に南極の観測を続けてきました。

 当然のことながら、アルゼンチンにとって南極は隣接する大陸で、地政学的に見た要衝です。当時同国が領有を主張していた地帯は、西経25度から西経68度。ノイ・シュヴァーベンラントにほぼ隣接します。


 ナチスドイツにとって都合の良い事に、アルゼンチンは親枢軸国で、実質的に国の実権を握っていたペロン副大統領は、公にナチス支持を表明していました。そこでナチスドイツとアルゼンチンには、密約が結ばれたようです。

 その内容は、両国それぞれが南極に軍事基地を作り、協力して大陸の4分の1を実効支配するというものだった模様です」


「その密約には、どんなメリットがあったのでしょう?」

 ブラウンがブレイクに訊ねた。


「ナチスドイツにとって、アルゼンチンと組むメリットは、アルゼンチン領側に防衛ライン敷かなくて済む上に、アルゼンチン本国からの補給路が確保されます。

 もう一方のアルゼンチンにとっては、技術力のあるナチスドイツと組む事で、大陸本土への進出ができるばかりか、地下資源の開発も可能になります。アルゼンチン領南極には、コバルト、クロム、モリブデンなどが眠っているのです。


 両国は南極において、ウィン‐ウィンの関係でしたが、やがてナチスドイツが敗戦濃厚になった。そこで次善の策として立案されたのが、第四帝国計画と言う訳です。

 計画の概要は、アルゼンチンが単独で南極に軍事基地を作り、その資金はナチスドイツが提供する。そして基地の実質の運営権はナチス側が持つ。

 そしてそこを橋頭堡として、時期を見てアルゼンチンがノイ・シュヴァーベンラントまで領有権の主張を拡大するという筋書きです。


 第四帝国計画の第一段階として、ナチスはポーランドとオーストリアに戦費として隠匿していた金と宝石を、アルゼンチンに送り始めました。ルートは大きくは2つ、枢軸国寄りの中立国スペインから、第三国間の貿易を装って貨物船で運ぶ方法と、占領下のフランスからUボートで輸送する方法です」


 ブレイクはテーブルの上に、金庫室に備え付けられた世界地図を広げた。そしてその上に直接ペンで、輸送ルートを示す線を描きこんで行った。


 カワードとブラウンは、その線が延びる先を、食い入るように見つめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る