第22話 第四帝国

「組織の詳細は?」

 ブレイクは更にグラハムに質問を続けた。


「モサドもまだ詳しくは把握をしていません。危険分子のネオナチでなかったため、これまで踏み込んだ潜入調査が行われてこなかったのです。

 現状で分かっているのは、膨大な資産を有しているらしい事。組織の本部が北欧に存在するらしい事。ドイツ系の人物がリーダーらしい事。せいぜいそれくらいです。遅きに失した感はありますが、モサドはこれから本格的な調査、諜報活動に入るとの事です」


「そのネオ・トゥーレが行っていた不審な経済活動というのは、一体何なの?」

「彼らは通常、保有資産を様々な金融商品に分散させ、複雑なポートフォリオを構成しているらしいのですがで、ここにきてその資産の内のかなりの金額が、急にの現物にシフトし始めたという事です」

ですって?」

 ブレイクは金という言葉に強く反応した。同時に会議室にいる誰もが表情を変えた。


「いつからなの?」

「昨年の12月19日を境にして、急に動きが活発化した模様です」

「12月19日といえば――、我々が管理金準備制度について、全IMF理事国に概要を打診し始めた正にその日よ。翌20日には日本、イギリス、ドイツ、フランスの任命理事国4国から財務大臣を秘密裡に呼んで、グレン財務長官が直接会談。21日からは、残る19か国の理事国への説明。

 情報漏洩が無いように、短期間で交渉をしたというのに、その時点で既に情報が漏れていたとは、我が国の機密管理体制もお粗末なものね」


「CIAの立場から言わせていただくと、少しも意外には感じませんね。それが諜報活動というものです。人の口に蓋をする事ができない以上は、幾らでも情報は洩れます。それが早いか遅いかだけの話です。

 全IMF理事国に打診をされたとのお話でしたが、言い換えればそれは、19日の時点で機密情報が23もの国に拡散してしまったということです」

「確かにそうかもしれないわね。硬く箝口令を敷いたつもりなのに、IMF理事国のみならず、それ以外の幾つもの国の中央銀行が、金買いに走っているのが現実なのだから」

「我々がV2ミサイルの一件で動きを止められている間に、先行して金の奪い合いが始まってしまったわけです」


「こうなったら最早、誰が情報を漏らしたかを詮索しても仕方がないわ」

「確かに、ごもっともです」

 グラハムは頷いた。

「あなたがわざわざ、ネオ・トゥーレの金買いをこの会議で報告しているという事は、取引量が無視できない規模だということね?」


「その通りです。ペレスが掴んでいたはずの詳細な取引データは、アタッシュケースごと奪われてしまいましたので、最早彼の監視先の表面的な資金の流れから推定するしかありません。

 モサドから得た情報を元に、シュメル博士に分析を依頼したところ、顕在化しているだけで、既に30億ドルが金に投下されています。更に驚くべきは、ネオ・トゥーレの資金力です。


 博士によれば、世界中に分散されているその資金は、手元の流動資産だけで1200億ドルに上るのではないかという予想です。

 これはデフォルトしたばかりのギリシャの国家予算に匹敵します。更に潜在化している資金はその10倍から15倍にもなるのではないかというのが博士の読みです」


「何てことなの。ギリシャどころか、イギリス、フランスの国家予算並みじゃない。その資金が全て金買いに回れば、マーケットは大混乱になるわ」

 ブレイクが大声を上げた。

「買おうとしても限界はありますがね」

 口を挟んだのがグレン財務長官だった。


「高騰直前に世界中で流通していた金は推定で17万トン弱。金額ベースでは6兆ドル程。その後は金価格の上昇に伴い、現在の年間流通量は19兆ドルに膨らんでいます。

 シュメル博士の予測値を信じるならば、ネオ・トゥーレの資金は、最も高騰した現在の金価格で計算しても、優に全流通量の10%以上を買い占めることができる金額です。

 金の流通は、国際的に監視されています。そこに大量の資金を一気に投入することなど不可能ですよ」


「実際に買えるかどうかは問題では無いわ。重要なのは流通する金の10%を買えるだけの流動資金が現実に存在し、それが買いに回る可能性があるという事実よ。 もしもマーケットを混乱させて、管理金準備制度を阻害するのが目的なら、それだけでも十分に効果があるわ」

「確かに、それは否定できませんが……」

 グレンはそこで黙り込んだ。


「ペレスの面会先とその目的が分かったとしても、まだ当初の疑問はそのまま残るわね。どうしてペレスは『ザビアが目を覚ます』という言葉を残したのかしら?」

「ネオ・トゥーレの金買いとザビアには、何らかの関連があるのだと思います。ザビアがパレスの今際の際の言葉だったのは、そちらの方にペレスの力点があったという事でしょう。

 例えば、ザビアが使用される危険性をペレスが察知し、その犯人を炙り出すためにシュメル博士の分析結果を必要としていたとか……」


「チェイス、君は会議の冒頭で、ペレスのアルゼンチン国内での任務についても、情報を得たと言っていたな」

 カワードがミラーに訊いた。

「はい、申しました。大統領」

「ペレスはアルゼンチンで、何をやっていたんだ?」

「驚かないで下さい大統領。彼の任務は、ナチス第四帝国の阻止――です」

「ナチス第四帝国の阻止だと!?」


「はい、もっとかみ砕いて言えば、それを行うためのナチスシンパ、とりわけネオナチへの諜報活動、破壊活動、そして暗殺です。ナチスシンパの資金の流れを監視していたのは、本来の任務を遂行するための手段と言えます」

「しかし――、今頃ナチスとは――、随分と古臭い話を蒸し返すのだな」

「誰もが過ぎ去った過去と思っていた事です。しかし、それは風化していなかったのです」


「君は、CIAの監視先リストでは、ペレスは重要度BBだったと言っていたな?」

「はい、70年前でしたら、彼のような任務を負った諜報員は、間違いなくSSランクだったでしょう。しかしナチ党の高官たちは、既に大半が戦犯として逮捕されており、辛うじて逃げ延びた者も、もうとっくに寿命を迎えているはずです。

 誰もナチスが息を吹き返すなどとは思っておらず、随分昔にイギリスやロシア、フランスの諜報機関も手を引きました。

 もちろん我が国も。今でも真剣にナチスの影を追っているのは、世界中でモサドだけです。ペレスの重要度BBはその流れを前提としたものです」


「今回の一件で、状況が一変したという事か。だが、今更第四帝国と言われても……」

「荒唐無稽だと仰りたいのでしょう。当然です。しかしながら大統領、過去には我が国で新たな大統領が選出され、初めてホワイトハウスに入られた際に、ナチス第四帝国の監視状況が、最も重要な申し送り事項だった時代もあったのです」

「もちろん知っている。ソ連の核配備状況と並んで、それが重大な関心事であった時代。ハイジャンプ作戦以降の30年ほどの間だったな……」


――ハイジャンプ作戦――

 それは、太平洋戦争が終結した1946年の12月から、アメリカ軍が南極海域で行った大規模な作戦行動として知られている。

 空母、潜水艦を含む13隻の艦船と航空機、約5000名の人員が投入され、翌年3月まで続いたもので、公式には衛星基地建設のための南極観測であると発表されていたものだ。


「ハイジャンプ作戦の実態は、公式発表とは大きく違っています。表向きの観測部隊とは違う別働隊が組織されており、そこでは空母と戦艦、巡洋艦を主力とし、総艦数34隻が投入されているのです」

 グラハムの発言に、会議室内はざわついた。

「ハイジャンプ作戦は、南極の調査や観測などが目的ではなく、明確な軍事作戦だったということね?」

 ブレイクが発言した。

「そういうことです」

 答えたのはブラウン国家情報長官だった。


「一昨日、チェイスから本件の報告を受け、この会議が始まる前に、当時のハイジャンプ作戦の記録を調べてみました」

「その内容は?」

「敗戦を予期したナチスドイツが立案し、アルゼンチンを巻き込んで展開しようとしたのが第四帝国計画です。ハイジャンプ作戦の真相は、その計画を阻止するために行われた、大規模なナチスの掃討作戦という事です」


「今回のV2ミサイルの一件は、第四帝国計画に端を発しているようね。ハイジャンプ作戦と、当時のナチスの動きをもっと詳しく知る必要があるわ」

「残念ながら、今ご報告した以上の情報は、私には閲覧権限がありませんでした。本件の記録はウルトラトップシークレットを越える機密レベルのため、大統領ご本人、或いは議会が許可し、大統領が承認した人物のみしか見ることが許されていないのです」

 ブレイクとブラウンは、同時にカワードの顔を見た。


「分かった。記録を閲覧しに行こう。議会の許可などいらん。君たち二人も同行しろ。記録はどこに保管されている? 公文書館か? それともペンタゴンか?」

「いえ大統領、どちらでもありません。他でもない、ここホワイトハウスの地下金庫に保管されています」

 ブラウンの言葉に、カワードは一瞬目を見開いた。

「あそこか……」

 そしてカワードは、一瞬の沈黙の後、事の重大さを悟ったかのごとく、ゆっくりと頷いた。


――第六章、終わり――

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