『にごたん』インスタントヌードル王決定戦!

ここのえ九護

インスタントヌードル王決定戦!

○執筆時間:2時間10分

○お題:【愛しき悪夢】 【インスタント】 【最低限文化的な】


『さー! 始まりました、インスタントヌードル王決定戦! 今日はなんと、記念すべき第1000回目の開催です!』



 天を衝くような巨大な会場に大歓声が巻き起こる。歓声を送る観客達は皆頭に白いラーメンどんぶりをかぶり、頭髪はちりちりのテンパーロングヘア。この姿こそ、今夜行われる神聖なる戦いの正装なのだ!



『本日も解説は私、山田好之と――』

『ハッハーーー! エイブラハム・アブラハムデス!』

『ゲストのアブラハム氏! それでは早速行ってみましょう! 本日の挑戦者達の入場だぁぁ!』



 観客達と同じ正装に身を包んだ司会とゲストが会場中央へとカメラを向ける。二人の違いはどんぶり下から覗く肌の色でしかわからない。完璧なヌードルスタイルである!



『全選手入場ッッッッ!』 


 ドーン! ドーン! ドーン!


 全長数十メートルの巨大な太鼓が褌姿の男達によって打ち鳴らされる。もうもうと焚かれるスモークの中、会場中央の巨大な石扉がゆっくりと左右に開かれていく!


『『『 ワオオオオオオオオ! クワセローー! 』』』


 血とヌードルに餓えた観客達から残虐極まりない狂声が浴びせかけられる。

 そう、彼らはただの観客にあらずッ! 純然たる捕食者側の人間ッッ! 彼らは今宵、ただの勝負を見に来たのではない、インスタントヌードルを『喰い』に来たのだッッッ!



『さあああ! 煙の中から最初に現れたのはぁぁぁ! あ、ああああああっと! で、デカーーーーイ!? 説明不要ッッ! カップヌードルキングサイズの登場だあああああ!』

『アラユルカップヌードルノチョウテンデース! スゴイノガキマシータ!』



 その巨体をゆっくりと揺らして定位置につくキング! すでに会場の闘技エリアはキングの肉体で半分程が埋め尽くされているッッ! 圧倒的、圧倒的大きさッッ!



『冒頭からとんでもない奴が現れた! これは二番手、荷が重いか――ああああ!? こ、これはあああ!?』




『煙が赤く染まって――キタキタキタぁぁぁぁああああ! 俺より辛いラーメンに会いにキタッッ! とんがらし麺だあああああ!』


『全てのインスタントの始まりにして原点ッッッ! チキンラーメンッッッ』


『ラーメンだけがインスタント麺だと思ったら大間違いッッ! うどんの底力見せたる! ごんぶとッッッ!』


『うどんしか選べない? 哀れすぎて涙も出ねえッッ! うどんとそばの組み合わせが怖い! どん兵衛だッッッ!』


『着飾ってるやつは死ねッッッ! ジャンクこそ正義ッッ! 土方魂みせちゃる! スーパーカッァァァプッッッ!』


『袋ラーメン最強はカップラーメンでも最強に決まってるッッ! 札幌いっちっばんッッ! 今回は満を持しての塩ラーメンで参戦だぁぁぁ!』


『ゴキブリがなんぼのもんじゃいッッ! ラーメン共の好き勝手にゃさせんッッ! ペヤングソース焼きそばッッッ!』


『元祖高級ラーメンの座はいつだって俺の物ッッ! 今日燃え尽きたって構わないッッ! ラ王ッッッ!』


 

 十個の巨大なインスタント選手達が会場にひしめき合う! 

 最も小柄なとんがらし麺ですらその全長は十メートルを優に超えている。キングなどもはやはるか上空、その頂きは湯気に隠れて見ることすらできないッッ!


『さあさあさあ! 本日も素晴らしい選手達が揃ったぞッ! 観客席の皆様、準備はよろしいかあああああああ!?』


『『『 ワオオオオオオオオオオオ! 』』』


『ワ、ワタシモ、モウガマンデキマセーン!』


 ゲストのエイブラハムがその口から滝のようなよだれを垂らして身を乗り出すッ! すでにその両手には箸がしっかりと握られ、準備は万端だ!



『それでは、第1000回、インスタントヌードル王決定戦! スターーーートゥウウウ!』


『『『 ウオオオオオオオオオ! 』』』 


 会場だけでなく、周辺のメガシティ全土がマグニチュード7級の地鳴りに見舞われる! 会場に集まった10万人の観客達が一斉に目当てのカップめがけて爆走! つまずいた客が後列からの暴走に飲み込まれ、断末魔の悲鳴を上げて消える地獄絵図ッ!


 客席から降りた観客達は、会場でそれぞれのはしごやフック付きロープを奪い合う! あちこちで戦いが始まり、勝者が続々とカップへつづく橋頭堡を築いていく!


『ここから見る限り、今回の一番人気はぁぁぁ……やはり強い! 強い! キング奪取に向かう数が圧倒的だああああ!』


 まるでエサに群がるアリの大群! それもそのはず。この戦いに参加する観客達は、普段最低限文化的な生活すら送ることの出来ないはみ出し者達――ヌードルに命を懸ける、孤高のインスタントソルジャー達なのだッッッ!

  


『しかしいくらなんでもキングに群がりすぎです! キングの大きさは過去最大級! つまり、その分カップの傾斜も最大! オーバーハングするカップ頂上まで果たしてたどり着けるのかぁぁぁ!?』


 カップ達も必死である。そもそも、この戦いは単なる観客同士の早食い競争ではない。インスタント麺と観客達の、食うか食われるかという生存を懸けた高尚な戦いなのだッ! 


「う、うわあああああ!」 


 その有り余る力で真っ先に巨大なはしごを手に入れた大男が、キング頂上目前で力尽き真っ逆さまに墜落する。こうなっては頭部のラーメンどんぶりも間違いなく割れる。つまり、失格である――。 


『あああ! キング一番のりかと思われたNo.1145選手、あと一歩というところで脱落です! ぜひ、次回の参加をお待ちしていますッッ!』 


 既に戦いは中盤。最も巨大なキングはともかく、上背のないとんがらし麺などには多くの観客達がトップまで殺到していた! 


「や、やった! 俺が一番乗りだ! 辛いラーメンは人を選ぶッ! 読みがあたったぞ!」


 トップに辿り着き、喜びに震える壮年男性、彼がここで喜びを露わにしてしまったことを、一体誰が責められようか。彼は作戦を練り、見事辿り着いたのだ。だが、惜しむらくは『辿り着いたことで満足』してしまったことであろうか――。



「あ、ああ! ウギャアアアアアアァァァ!」



 喜び勇んで頂上の蓋を開く壮年男性――。

 彼は知らなかったのだ。

 熱々のカップ麺がその地獄の顎を開いたとき、どれだけの熱気が吹き出すのかを――。


「あ、あつい! あついぃぃぃぃ! 助けてくれぇぇぇ!」 


 そのまま、とうがらし煮えたぎる海へと落下していく壮年男性――彼の命はここで終わったかに見えた、だが!


『あああああああ!? こ、これはああああ!?』


「う、うまい! うまい! なんてうまいんだ! 極上の唐辛子が練り込まれた麺と、唐辛子の旨味が聞いた絶妙なスープ、これこそ辛いラーメンの頂点だ!」 


 落下した壮年男性は、既に答えに辿り着いていた。これほどの巨大なカップ。箸で食べることなど不可能ッッ! 食べたければ、飛び込むしかないッッ! 正に虎穴に入らずんば虎児を得ずッッッ!


 それを合図にしたかのように、次々と観客達がカップの中に飛び込んでいく。飛び込んだ先で待っているのは、いくら飲んでも減らない極上のスープと、いくら食べても食べ尽くせない謎肉と麺の山だッッ!


 頭にどんぶりをかぶり、ちりちりのロングパーマをかけた色とりどりの観客達が、カップの中の麺を! スープを! 具を食い散らかしていく! それは全ての人が夢見る、愛すべき悪夢ッッッッ! いや、これこそが人類の夢なのだッッッ! 


 小さくなっていく歓声と共に、カップの中のスープの、麺の、具の総量がみるみるうちに減っていく。 


 十万人に達する観客達の胃袋が一杯になるのが先か――。

 それともインスタントヌードル達の具材が底をつくのが先か――。


 だが、たとえどちらが先に限界を迎えたとしても、彼らはお互いを恨んだりはしないだろう。


 観客達は腹を満たすためにここを訪れ、そして、ヌードル達は人々の腹を満たすために存在しているのだから――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『にごたん』インスタントヌードル王決定戦! ここのえ九護 @Lueur

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ