宣告-2




「ええ。獣人のことはご存じですか?」

「……ネコミミとか尻尾とかそういうのが付いてる人たちのことですか」

「そうです。人と近い外見を保ちながら人とは違う面を持つ隣人のことを、この国では獣人と呼びます。彼らの多くが他の動物の特徴を持ち、神術こそ使えませんが高い身体能力を誇ります」


 現皇は彼が出ていった扉の方を眺めながら目を細めていった。


「シザーは獣人の中でも特殊な、〝先祖返り〟と呼ばれるものです」

「先祖返り、ですか」


 その横顔に優しさがにじみ出ているような気がして、訳もなくこちらがドキドキしてしまう。


「獣人はどれだけ人と似通っていても人と全く同じ身体はしていません。必ずどこかに獣としての部分があるはずなのです。ですが、ごくごく稀に、シザーのように人間と全く変わらない外見をした獣人が生まれてきます。彼らを〝先祖返り〟と呼びます」

「先祖返りだと獣の姿に化けられるんですね」

「ええ。その通りです」


 その時、丁度いいタイミングでノックの音が聞こえた

 お茶を淹れに行ったシザーが入室の許可を願う。

 現皇は彼の問いかけに笑って答えて、自ら扉を開けに行った。


「ご苦労。後は私がやる。下がってくれ」

「かしこまりました」

「あ、あのっ」

「貴方はそこで座っていてください。客人をもてなすのが主人の役目ですから」


 現皇はあわてて腰を浮かせた琴子を軽く諌めた。

 一瞬迷ったけれど本人に諌められてしまえば仕方なく、座っていた長椅子にすごすごと腰を下ろす。


「お口に合うといいのですが……」


 そういって現皇が琴子の分のカップにお茶を注ぐ。


 立ちのぼる白い湯気に少しだけ肩の力が抜けた。

 運ばれてきたお茶は、紅茶とは少し違うようで何かの花の匂いがした。


(やっぱり緊張してるな。わかっていたけど)


 どうぞと促されるまま、注がれたお茶に口をつける。

 舌が火傷しない程度のほどよい熱さには確かにおもてなしの心が含まれている気がして、琴子はようやく現皇が自分に害をなすつもりがないのだということを理解した。


「ハヤミ・コトコさま」

「!はいっ」


 視線をあげれば真っ直ぐにこちらを射抜く、オッドアイと目が合った。


「どうか、我らの世界を救ってはくれませんか。この世を滅ぼす世紀末から」


 さっきとは違う意味で、琴子は唾を飲み込んだ。

 やっぱりさっきの言葉は聞き間違いなんかじゃなかったのだ。


「…………あの、さっきも宮でそうおっしゃっていましたけれど、一体何が何だか……私はただの女子高生だし、いきなり世界を救ってくれと言われても、どうしたらいいのかわかりません。それに、一体何から世界を救うんですか?まさか魔王から、なんて言いませんよね……?」


 慎重に言葉を選びながら現皇の様子を伺った。


 さっきからずっと、この話題が出たときにどう断ろうかと考えていたのだ。この国で一番偉い人相手に「はあ!?意味わかんないっ!」なんて言い方が出来ないし、かといってこれ以上有りえないことに巻き込まれるのは勘弁だ。

 夏休み、家に帰ろうと電車に乗ったことがそんなにいけなかっただろうか。

 こんな目に合わなければならない理由が自分にあるのかと何回か考えてみたけれど、そもそもただの女子高生の自分がやっているようなことは、他の女子高生だってやってるはずだ。


 なんで。どうして。

 理由を問う言葉はいくらでも出てくるのに、答えは一行に出てこない。


(ともかく!)


 とんでもない世界に飛ばされてきてしまった時点で十分ありえないのに、これ以上のイベントはごめんだ!


(特にこの世界本当に何でもアリみたいだし!)


 魔法じみた神術に、人から獣に変身するイケメン。

 その上で世界を救ってほしいなんて悪い冗談としか思えない。

 流行りのライトノベルみたいに、いきなり勇者として放り出されるのは勘弁してほしい。


「いえ、魔王なんてものはこの世界には存在しません」

「本当ですか!?良かった……」

「この世界を滅ぼそうとしているのは、貴方自身です」

「──え?」


 思わず持っていたカップを落としそうになった。


「いやいやいやいや!何言ってるんですか!私はただ元の世界に帰りたいだけで、そんな世界を滅ぼそうなんてこれっぽちも思ってませんよ!?」

「確かに、貴方自身が原因ではないのかもしれません。ですが、稀人の登場は世紀末を予告する凶兆として記録されています」

「なっ」

「なにせ実際の世紀末が起こったのは千年以上前のこと。いくらこの国が長い歴史を誇る大国でも、一度滅びた世界の歴史は記録に残っていません。唯一残っているのは、千年前の世紀末で生き残り、残ったものたちを束ねてこの国を築き上げた初代の言い伝えのみ」

「その、初代の言い伝えを根拠に、私が世紀末を起こすと考えていらっしゃるのですか?」


 現皇は黙って頷いた。

 その瞳から、側近のことを話していた時のような温かみはすっかり消え去っていた。


「私は、世界を滅ぼしたいなんて、一切全く考えていません!」

「そうかもしれませんね。でもそうじゃないかもしれません」

「そんな……!言い伝えだけで決めつけないでください!」

「いいえ。決して言い伝えだけで貴方をここに呼んだのではありません。貴方が現れる以前から予兆と思しきものはあったのです。ただそれを、世紀末の予兆であると考えるだけの根拠がなかった。そこに貴方が現れた。予言で歌われる、蒼の世界の稀人が」


 蒼の世界──

 ロウも確か言っていた。

 この世界と繋がるもう一つの世界。


「貴方が世界を滅ぼすのか。それとも貴方を使った誰かがこの世界を滅ぼすのか。ほんとうのことは誰にもわからない。ただわかっていることは、千年前の世紀末が起きたとき、確かにそこに稀人の存在があったということです」

「!」

「貴方はこの世の滅びと関係している。だから〝宿木〟は貴方を欲しがる」


 ゾクリと悪寒がした。

 点と点が、線で繋がる。

 今までそうだろうと思っていたことが、確実な線となってつながった。

 どうしてあの赤い面が、琴子のことを狙うのか。

 どうして、琴子がこの世界にやってきたのか───


(この世界を滅ぼすため……?)

 そんなはず

(ない、の……?)





 


 電車の警告音が鳴る。

 熱い熱い、夏の日差しが脳を焼く。


 




   違う、私は。


 フラッシュバックのようにホームの端が見えた。


   違う、そんなことしたいなんて思ってない。


 黄色と白のライン。その向こうに、痛い青空。



   ただ、生きたいとも、思っていなかっただけで───












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