第5話 契約

 奴隷商と会った後、ヤマトに連れられて住宅地みたいな場所に来た。

 ここは露店とかは無くて、木造の平屋が建ち並んでいる。

 家からはボンヤリとした明りと、たまにいい匂いが流れてくる。


「お腹すいたー」

「もう着く、帰ったら飯を作ってやる」

「はーい」

 そう言えば、私は靴を履いていなかった、裸足だ。そろそろ足も痛くなってきた。もう着くってヤマトは言ってるし、あとちょっとだけ我慢しておこう。


「着いたぞ、ヒナミ」

「おー」

 ヤマトが案内してくれた建物は、近所の家より少しだけ大きい。ここも他の家と一緒で、木造の平屋建てだけど庭付きだ。奴隷商からここまでいろんな家を見たけど、庭付きの家はあまりなかった。

「ヤマトの家はお金持ち?」

「金か、それなりには持っている。それより入れ、ヒナミ。今日からここで暮らすのだ」

「はーい」

 玄関に行く、ここは何だか田舎のおじいちゃんの家みたいだ。


「お邪魔しまーす。……あれ? ヤマト。ここって他に誰か住んでないの?」 

「俺だけだ」

「お母さんとか、お父さんはいないの?」

「母は俺を捨てた。父は俺が幼いころに死んだと聞いている」

「あー。……聞いちゃ悪かった? ごめんね」

「何故謝る? ……俺の境遇は別段変わってはおらんぞ?」

「ふーん」

 ……ヤマト。お母さんに捨てられちゃったのかー。ひねくれて変態さんになっちゃってもしょうがないのかな? よし、これからは少し優しくしてあげよう。


「ついて来い、こっちが居間だ」

「いまって何? リビングルームのこと?」

「お前は、偶に可笑しなことを言うな。さて、そこら辺に座っておれ。まずは飯の準備をする」

「首輪のやつはいいの? まだナニかするんでしょ?」

 確か、でかいフクロウがそんなことを言っていた気がする。サイシュウケイヤクとか、なんとか。


「それか。飯の準備をしてからで構わん」  

 ヤマトは台所に行って、包丁で何かを切っている。

 私は暇だ。ゴロゴロしておこう。ここは畳が敷いてあって寝転ぶと、気持ちがいい。あ、座布団がある。これを枕にして横になろう。あー、気持ちいいなー。今日はずっと歩いていた気がするから、横になると何とも言えない気持ち良さが……。



「おい。ヒナミ起きろ」

「……は! 寝てないよ?」

 私は咄嗟に嘘をついた。特に理由はない。

「イビキをかいておったぞ」

「気のせいだよ? ふぁああああ」

 あくびが出る。ああ、気持ちよかった。

「……まあいい」

「ご飯できた?」

「……逞しいというか、ずうずうしい奴だな。いや、飯を炊いている最中だ。できるまでの間に最終契約を済ませる」

 ヤマトはフクロウから貰った一枚の紙を持っていた。

「それで、どうするの? 説明してー説明」

「……これは術印書という。これを使って、お前を俺の奴隷にする」

「なんでそれを使うと私がヤマトの奴隷になるの?」

「一種の契約だ。この書には、あらかじめ奴隷契約の術式が書き込まれている。難しく考えなくとも良い。この書に、ヒナミと俺が名を記し、血印を押せばよいだけだ」

「ふーん」

「見ておれ。まず俺が書いて見せよう」 

「はーい」

 ヤマトは紙の上の方に名前を書いた。そして、右手で腰の刀を少し抜いて刃を出し、左手の親指をその刃に当てて滑らせる。

「え! 血が出てるよ!?」

「……何を聞いていた? 血印を押すといっただろうに」

 ヤマト、痛くないのかな? ヤマトは平然としたまま、血が出ている左手の親指を名前の横に押す。


「さあ。次はヒナミだ」

「ねえねえ、私も指切らなくちゃいけないの?」

「当然であろうが」

「えー、嫌だなあ。ハンコとかじゃダメ?」

「判か、高尚な物を知っておるな。しかし、ヒナミ、判を持っているのか?」

「持ってない」

「では、諦めろ」

 こういう時、なんていうか知っている。ああ、無常と言えばいい。

 しぶしぶ私は紙に名前を書く。


「さあ、ヒナミ。指を出せ」

「……痛くしないでね?」

「ああ、早くしろ」

「絶対、絶対だよ?」

「ああ。だから早くだせ」

「うう。怖いよう」

 私は、目をつぶって左手の親指を出す。まあ、意外と痛くないのかもしれない。ヤマトは全然痛そうにしてなかったし、昔の人もしてることだから、そんなに痛くは…………


「いったー!!!?」

 チクっとじゃない。ザクッとした! 普通に痛い。普通にすごく痛い。

「痛いわー! アホーーー!!」 

「おい、ヒナミ暴れるな」

 前のようにヤマトの額の目玉を狙ってパンチを打ったが避けられてしまった。

「暴れてないで、早く押せ」 

「ヤマトの嘘つきー。痛いよー痛いじゃんかー」

 私は自分の名前の横に、指を押す。


「よし、これでいい。我は従える者、コレは従われる物。定めし決まりに従って契約を為せ」

 ヤマトが変な呪文を唱えると、紙が燃えた。

「ふむ、成功したな。首輪に呪印が付いた」

「んん? 首輪に何か付いたの?」  

 私は首を曲げてみたけど、……見えない。


「愚か者が。そんなことをしても、わかるまい。まあ心配するな、見たところ成功している」

「ふーん、これって何か変わったの?」

「ふ。ヒナミ、命令だ。ここへ飯を持ってこい」

 またヤマトが鼻で笑った。こいつの笑い方ちょっと気に障る。


「えー、ヤマトいきなり偉そう。いやだよー」  

「何!?」

「わ。びっくりした。突然、大声出さないで」


 突然ヤマトは大声を出して、私の首の方を見つめている。あ、着けていた鉢巻きを外した。

「むむむ、間違いなく、術印書の効果は出ている。しかし、何故。……おい、ヒナミ。命令だ、ヤマトが命じる。……俺の周りを三回、廻れ」

「えー。いやー」

「むむむむむ。……おかしい。なぜ効果がない」

「どうかしたの?」

「ああ、先ほどの契約を済ませると、奴隷は、いやつまりヒナミは俺の命令に服従することになる、筈だが」

「ふくじゅうって?」

「……俺の命令に逆らえなくなる」


「そんなん、聞いてないわ! アホー!?」

 やっぱり、ヤマトはどうしようもない変態だ。

 

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