イッツ・ショータイム!

薄雪朱鷺

第1話 団長の娘

 19。

 この数字は去年、私が1年間で転校した回数。1年は当然12ヶ月だから、1ヶ月のうち二度転校した時もあれば、三度転校した時もあった。

 たった数日間しか学校に滞在しなかったのに、お別れの際にはクラスメイトが色紙に寄せ書きを書いて、ずっと友達だの、これからも頑張ってねだのと、私という人間がどういう人物か知りもしないでプレゼントをした。

 そういう気遣いが一番嫌だった。私はもらったその日にその色紙を捨てた。親にそのことは伝えていない。バレたらきっとひっぱたかれると思うから。ちなみにそういうプレゼントはこれが初めてというわけではなくて、転校する度に色紙やらカーネーションやらをもらっていたから、が大変だった。

 2。

 この数字は今年に入って転校した回数。現在は4月だから、去年と比べるとかなり落ち着いている。去年の転校回数を越えることはもうないだろうと確信した。

 高校二年生となった私は、まず今通っている学校の始業式の後に入学したので、手続きを済ませ、今日と土日をまたいで来週に初登校する予定となった。

 そして私が帰路で足を運んだのは、市街地の真ん中に位置する駅付近の広い土地。地図ではここの土地は多目的広場と称され、放課後時になれば、子供がサッカーをしたり、主婦たちの集まり場であったり、散歩、ジョギングコースとして扱われていた土地だった。

 しかし今その多目的広場には工事の安全柵が設けられ、安全策の先にはクレーンが数台と、その真ん中に目立つ赤色の円錐な巨大テントの屋根が見えた。

 「おかえり。」

 と、私に声をかけてきたのはスーツ姿の男性。父さんだった。

 私の父さんは、あの安全柵越しに見えるテントの、つまり催しのオーナーである。

 もったいぶらずに言ってしまえば移動サーカスの団長を務めている。

 「学校はどうだった?」

 父さんは、私が転校した日や転入する日に決まってこの台詞を言う。

「うん。」

 と、私も決まってこの台詞を言う。本音を言ってしまえば、父さんや母さん、他のサーカス団員を傷つけてしまうかもしれないから。

 この会話を続けていると気分が落ちたままになる。私は父さんに別の話題をとばした。

「ユリヤはどこ?」

「ユリヤちゃんならテント内にいるよ。」

 そう言って父さんは安全柵の隙間から見える巨大なテントに指をさした。他の団員もおそらくこれから立つステージを見にきているのだろうか。

「ありがとう父さん。」

 そう言って私は安全柵の内側へ向かった。

                 *


外観は見事に巨大な円錐テントだったが、その中は未だ骨組みがむき出しであったり客席も全体に設置されてない未完成の状態だった。

完璧だったのはそのテント内部の大きなステージだけ。ステージの床は上がったり下がったりする仕掛けがあったり、劇の演出上、パフォーマーたちが出入りするための開閉扉が作られているのでテント内部で一番はやく完成させる必要があったからだ。そして私がテントの中へ入った時には、ちょうど照明チェックもされており、テント内で唯一照らされていたステージがまるで本番の時のような空気に感じた。ステージ上には私が探していたユリヤの他に団員やバックスタッフがいたので足を運んだ。

「ユリヤ!」

白髪の女の子は振り向いて私に返事をした。

「おかえり、舞ちゃん。」

ユリヤは私と同い年であり、ロシア人。黄肌の日本人が嫉妬するほど肌の白さは美しく、それを際立たせる白髪は振り向きざまになびいた。

「ここが、つぎの、私たちの、ステージに、なるんですよ。」

ユリヤの日本語は多少スローではあるもの、発音が完璧であり、日常でも会話として成り立っている。私自身も彼女とのスキンシップにロシア語を学んではいるが彼女のようにここまで完璧には話せない。

「ユリヤ、待たせてごめんね。今戻ったよ。」

「あらぁ?あなたたち何か約束してたの?」

そのステージにもうひとりいた団員がユリヤと私を交互に見ている。

の口調は女性だけれどドスの聞いた低音。男だ。

というより外見からして丸刈りで口周りを濃くメイクしているところ、まるで絵に描いたようなオカマだった。

「シュウジさん、ごめんなさい。今日は、舞ちゃんと、お買い物に、行く約束、してたの。」

イリヤにシュウジと呼ばれている彼はバランス演目のエンターテイナーであり、同演目のユリヤの師でもあった。オカマなのに得意な演目はだけど。

「いいのよ。可愛い弟子にも旅をさせよと言うし、というか私もついて行っちゃってもいいかしら!?」

それは困る。私はテントの出入口を指差して

「今父さんひとりだよ。」

と言った。

「何だと!?こんなところで油売ってる場合じゃねぇ!うおォォォ!!」

シュウジさんは叫んでテントを後にした。ごめん父さん。

「帰ったら、支えなし梯子スタンドラダーの、稽古して、教えてくださいね!」

ユリヤはそう言ってシュウジさんの背中に手を振っていた。

その光景を見て私は今日はじめて笑った。

やっぱり私が心許せるのはこのサーカスの、家族の中だけなんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イッツ・ショータイム! 薄雪朱鷺 @toki-hakusetsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ