スイッチ——行動派のA君と理論派のB君

aoiaoi

行動派のA君と理論派のB君

 BはAに組み敷かれていた。

 それと同時に制服のワイシャツのボタンを2つほど乱暴に外され、左肩が半ば露わになっていた。

 その先へ進もうとするAの腕をぐっと掴み、渾身の力でその動きを一瞬止めた。

「おい……目を覚ませ」

 Bは、低く響く声で囁く。 



 AとBは、高校のクラスメイトだ。

 昔からの幼馴染だが、Aはスポーツ万能の行動派、Bは頭脳明晰な理論派に成長した。

 その容姿と能力から、彼らはしばしば校内女子の噂の的となった。Aがa子と一緒に歩いてた、デキちゃったの?やら、Bがb美と親しげに喋ってた、怪しい!など、どうでもいい噂でいちいち騒然となるのを、当のふたりは他人事のようにぼーっと聞いていた。

 対照的な性格でありながら、彼らはパズルのピースがはまるように気が合った。



 それがなぜ、こうなったのか。


 ある放課後、BがAを屋上へ呼び出したのだ。


 Aが、自分に何か悩みを打ち明けたいのではないか——Bにはそう思えた。

 彼が最近、何かを言いたそうに苦しげにしているから。

 自分たち以外誰もいない静かな場所で、話す機会を作った。

 これなら何か言い出すはずだ……と考えた彼の計画は失敗だった。

 話も何もすっ飛ばしてこの暴挙だ。

 育ち盛りの男の欲求を想定に入れていなかったのが失敗の要因である。


 腕力では決してAには敵わない。

 抗って大声を出す方法もあったが——下手をすれば、そのことが逆に一層彼の欲望を煽るかもしれない。それに何より、他人にこの状況を目撃されては、Aのこの先が丸潰れだ。

 そんな行動を取るより、この親友の動向をもう少し見ようと思った。



 一方、Aの心には——Bに低く囁かれたとたん、急速に迷いが生じていた。

 抑え難い思いをこのような形で果たせればそれでいいのか、と。


 最近Aは、自分自身のBへの思いに、とうとう気づいてしまった。

 考えれば考えるほど、親友以上の気持ちを認めざるを得ない。

 だが……仮に、彼にそんな思いを打ち明けて、何になる?

 うまくいかないことは目に見えている。——それなのに、黙ったままでいるのがどうにも苦しい。

 どう伝えたらいいのか分からなかった。言葉で伝えるのが無駄だとしたら……どうすればいいんだ?


 Aの混乱が最高潮にさしかかったところで、折悪しくBによる屋上への呼び出しが実行された。

 混乱した苦しい想いを抱えた行動派男子高校生だ。言葉で伝えられないなら、行動で示す以外にない。そのチャンスが、この上ない好条件でBから提示されてしまったわけだ。


 だが、自分のこの行動がプラスの結果をもたらす可能性は限りなく低く……むしろ最悪の展開に近いことに、Aはここまできて気づいた。

 大切な友を失い、ともすれば自分の将来も失う。

 そもそも、Bに想いを伝えるという自分の目的は、この行為で達成されるのか?無理やり相手を自分の欲求に従わせることで、想いは相手に届くのか?


 つまり……なんとも中途半端なところで、我に返ってしまったのだ。



 Aに組み敷かれ、肩を晒したまま、BはAの様子を窺った。

 Aの腕から、ふっと力が抜けた。

 どうやら本来のAが戻ってきたらしい。


「……おい、A」

「お?」

「お?じゃない。……俺をどうするんだ、この後」

「……ああ、どうしよう……」


「お前なあ……

なら、俺から助言してやる。とりあえずこの方法は最悪だ」

「だよな、やっぱり」

「何かを伝えたいなら、まず言葉を使え。本気の言葉で相手の心を動かせ。——でなきゃ、言葉を持っている意味がないだろう?

こうやって無理やり欲求を押し付けるのは犯罪だ。恋心を犯罪にしてどうする」


「……恋心……?」

 Aはにわかに赤くなる。

「……何でわかったんだ?」

「ここまでくれば、普通分かるだろ」

 Bは特に表情も変えない。

「……だって、あり得ないだろ?そうじゃないか?親友に告白って」

「何でもやってみなきゃわからないだろうが。

とにかく黙って手を出すなんて論外だ。抱くのは告白が成功してからだ……それから、抱くなら場所は前もって確保しておけ。こんな屋上でいいわけがない。

——恋する相手は、大切に扱え」

「……はい……」

 胡座に座り直したBが、正座で項垂れるAに厳しく諭す。


「告白の手順はわかったか。じゃ、もう行くぞ。寒いし汚れるし、シャレにもならない」

 制服を整えて汚れを払い、何事もなかったようにBはすらりと立ち上がる。



 Bの言う通りだ。伝え方が分からない、なんて、どれだけ自分勝手な了見だ?

 行動の前には、やはり理論が不可欠だ。

 結局本気の恋を無惨に散らしてしまった……だがそれは自業自得だ。

「……悪かった。本当に」

 大切な友に、酷いことをした。Aは心から謝る。


「別にいい。お前のことはよく解ってる」

 そしてBはすいと歩を進めながら、淡々と言った。

「今教えた手順で、次回は完璧にやってみろ」


「……はい?」

「はい?じゃない。俺に告白するんだろ?——成就させたいなら本気でやれ」


「……え、え?……成就って……?」

「お前の本気が俺のスイッチを入れられたら、の話だがな」



「……まじかよ?……

マジか!?

入れるぜスイッチ!誰がなんと言おうと入れるからな!絶対ONにしてやるから待ってろ!!」

 ガッツポーズは時期尚早だ。



「……さて、いつONにしてもらえるかな」

 Bは可笑しそうに呟いた。



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