優しいキスと甘い眠りを

 忠はそわそわしながら、ステファニーさんと母と花華が帰ってくるのを待っていた。

「忠ー、大丈夫だって。ステファニーさん元気そうだったじゃ無いか。

 なにもお前が健康診断の結果を気にしなくても良いと思うんだがなぁ」

 父の真一は暢気にそう言う。

「いや、まぁ、大丈夫だと思うんだけどさ、

 だって他のゴブリンさん達とも会うんでしょ? 皆一斉にやるんなら。

 変な人とかが居ないとも限らないし……」

「あ、なるほど、昨日の今日で、女の子三人で行かせちゃったから心配してるのか。

 お前はいつの間にか出来る男になったんだなぁ。

 まぁお巡りさんにお叱りを受けない分にはお父さんも大歓迎だからな」

 相変わらず釣り具のメンテナンスをリビングで道具を広げてやっていた真一だったが、

 首をひょいとあげて、ダイニングの椅子に座る忠を見てカカと笑った。

 ちゃっかり早苗のことを女の子としてカウントしているところが真一らしい。


 ――と、車の音がして家の前で止まる。

「あ、帰ってきたかな」

 忠が玄関まで迎えに行くと、

「ただいまー、あ、忠、買い物車にあるから入れるの手伝ってー」

「はーい、あ、ステファニーさん、健康診断は大丈夫でしたか?」

 ひょこひょこと早苗の後ろを着いてきたステファニーさんと眼が合いそう尋ねる。

「はい、大丈夫でした。あ、もしかして忠さん心配してくれてました?」

 玄関で上に忠、下に上目遣いのステファニーさんという図で目線が絡み合ってしまい、

 忠はすこしドキリとしてから。

「あ、ええ、まぁ」

「ふふふ、ありがとうございます。今日はなんにもありませんでしたよ」

 ステファニーさんは察しが良くてそう答えてくれるのだった。

 忠が突っかけを履いて、車の荷物を取りに行く。

「お兄ちゃん、ちょっとイケメンぽいコトしたからって上機嫌なのね?」

 こそりと、玄関に荷物を置きつつ花華が言うと。

「まぁまぁ、私はホントに助かったんですから。良いんですよ花華さん」

 ステファニーさんにそう言われてしまうと形無しの花華。

「ふむ。まぁたまには良いところもあるかぁ」

 と兄の背中を見遣った。

「あら、花華、お兄ちゃんが格好良くなったら不安なんていい妹ね~」

「またお母さんはそういうこと言うー」

「へへへーん」

 母の早苗は忠が立派に育ってくれたので嬉しいのだ。

「あ、忠ーそれ重いわよ? 大丈夫かしら。ペットボトルのジュース6本も入ってるし」

「うん、なんと、か。大丈夫」

 母からすれば無理してるところを見せる忠もまた少し可愛く見えた。


 その日の夕飯もいつも通り家族でわいわいと食べて、

 それぞれお風呂に入って、いざ就寝時間。

 忠は昨日約束していたことを思い出してドキドキしていた。

 とりあえず部屋が暑くないようにと、臭いが籠もらないようにと意識して、

 窓は全開で網戸をして、夜風を取り入れている。涼しさもあるけれど外気はまだ暑い。

 今日はきちんと寝られるかなと思っていると、コンコン、と部屋がノックされる。

「忠さん、私です」

 ついにこの時が来てしまったかと忠は覚悟して、ステファニーさんを迎え入れる。

 彼女は昨日と同じように半袖薄ピンクのパジャマ姿で、枕を抱えているが、

 今日は髪は乾かして梳かしてきた様子でたわわなストレートの髪を下ろしていた。

「ど、どうぞ」

 忠は遠慮がちに言ったが、枕を抱える彼女の表情は相変わらず優しい。

「ありがとう。お邪魔します」

 彼女が部屋に入るとふわりと彼女が纏ったほのかな良い香りも部屋に入ってきた。

 忠はこの日この時のために三人が健康診断に行くんで留守にしている間に、

 自室は徹底的に掃除していたのでピカピカにしてあった、

 彼女がすぐ眠ってしまっても良いようにシーツだって代えて慣れないベッドメイキングだってしたし、というかこれから二人で自分のあのベッドで寝るんだろうかと部屋に戻る折ベッドを見てしまい胸の鼓動が早まった。

「ステファニーさんすぐ寝ますか?」

 居たたまれなくて頬を掻きつつそう聞くと、

「そうですね、少しお話でもしましょっか。あ、でもすぐ眠るんだしベッドに座って。ね?」

 と言ってくれる。

 雰囲気作りというわけではないけれど、部屋のライトを常夜灯だけにしてから、

 そわそわしながらベッドの縁に二人で掛ける、

 忠の隣にステファニーさんは間を開けずに座ったので腕のお互いの肌が触れあう。

 暖かいのだが恥ずかしい。

「あ。あの、僕のベッドでホントに寝るんですか? 狭くないですか。僕床に寝た方が――」

 忠がいうと、彼女は忠のてのひらを優しく握って、

「一緒に寝なきゃ意味ないです。私は忠さんと寝たいんですもん」

 とちょっと膨れて答える。彼女は身長が短いのでベッドに掛けると足はぶらぶらさせている。

「そうですか。僕も嬉しいんですけど、いろいろドキドキして」

「私もドキドキしてます。ふふふ」

 彼女は忠の緊張を察して柔らかく言う。

「忠さん、あの、一昨日おとといはありがとうございました、ほんとに」

 忠の手を握ったまま、金色の双眸で忠の瞳を見つめ彼女はそう切り出した。

「いえ、僕ももっと上手いやり方があったんじゃ無いかって今では思いますけど、

 頭にきちゃったのもあって。慌てててあんなやり方で」

「私本当に嬉しかったんですよ。帰り道にお礼しましたけど、あんなのじゃ全然足りないくらい」

「でも一緒に寝てくれるなんて思い切りすぎなんじゃ……」

 忠の手を握る力を少し強くして、

「そんなことありません。これでも足りないくらいですよ」

 忠は握られた手に優しくもう片方の手を重ねて、

「ありがとうございます」

 と言った。

 するとステファニーさんは見つめ合っていた目をふと伏せて、

 ちょっと照れるようにはにかんでから、

「あの、忠さん、お聞きしたいことがあるんですけど」

 手は互いに握ったままだ。

「はいなんでしょう?」

 再び目線をあげた彼女の小さな赤い唇は恥ずかしそうに言葉を選んでいるように見えて、

 忠はますますドキドキする。

「地球では、男性が女性と一緒に寝るのは特別な意味がありますか?」

「え、うんと、その、もちろんあると思いますよ。

 すごい親しい仲とかじゃなきゃないですし。

 それに、大切な人と一緒に寝るのはもっと大切な意味もあると思います」

 そこまで言ってからあんまり恥ずかしくなってそっと手を解いて下ろす。

 ステファニーさんのてのひらも察してくれて居たようでさりげなく下げてくれる。

「そうですか。私の星と同じですね。

 それと、忠さんは私のこと、

 今は家族としてじゃなくてちゃんと一人の女性として考えてくれてるんですね」

 確かに家族の男性と女性が寝るのは何も問題がないか、

 忠は緊張からか、ついうっかり大切な人として

 彼女のことを考えていることを吐露してしまっていた。

 少しだけ沈黙があったように思う。

「忠さんが優しいのは私だけなら良いのになぁ」

 少し悪戯っぽくステファニーさんが言って、

 忠がなんと答えたら良いものかとしどろもどろしている間に、

 彼女は脚を持ち上げて、ベッドの上に座り、

「でも忠さんは忠さんのままでお願いします。さ、そろそろ寝ましょっか」

 とにっこり笑んだ。

「は、はい。電気消しますね。あ、落ちたりすると危ないですし、

 ステファニーさんは壁側の奥へ」

「はい」

 ステファニーさんは持ってきた枕を忠の枕の隣に置いて横になる。

 夏場だから掛け布団は薄手のが一枚でそれを二人でシェアすることになるだろう。

 忠は電気を消して、ベッドに乗り込んで、ステファニーさんと向かい合って横になる。

「狭くないですか?」

「はい、私はちっとも。忠さん落ちないようにもっとこっちに来てくれて良いですよ?」

 窓から入る月明かりが、二人を優しく照らしていた。

 忠が遠慮がちに少しだけ彼女に近づくが、もっと、とステファニーさんが言い、

 引き寄せられてしまい。吐息が聞こえてしまう位の距離に顔が近づく。

 忠が今までで一番近くから見たステファニーさんの貌は、

 優しい大人の女性の顔で。

 蒼い月明かりに照らされた金色の瞳が優しく輝いていて、

 長い赤い睫とても綺麗で、小さい整った綺麗な鼻と、細い赤い眉と、

 小さく微笑みを湛える唇がすごい魅力的に見えて吸い込まれてしまいそうだった。

「忠さん、そんなにみつめないで下さい。恥ずかしいです」

 少しの間みつめ合っていた彼女からも、

 忠の貌は今までで一番近いところにあって、彼女は口には出さなかったが、

 彼女からもその男性になりかけの少年の顔がとても格好良く見えていたし、

 もう少し互いにみつめ合っていても良かったかなとも思えた。

「あっ、ごめんなさい僕」

 目線を外して下を見遣ると、今度はすぐ下に彼女の胸があって、

 薄手のパジャマからは長い綺麗な赤い髪に沿ってそのラインが見えていて、

 焦って上に目線を逸らすことになる。

「そう言えば、助けてくれたときはオレでしたね」

 上目遣いで彼女がそう問う。

「え? あの時はほんと、その無意識で」

 慌ててるのが見えないように焦りつつもそう返す。

「すごい格好良かったなぁー」

 少しとろんとした表情でそう言われ、忠はますます緊張してしまうが、

 彼女はすでに少し眠そうだった。

「そんな、ありがとうございます」

 照れつつ謙遜するのが精一杯だが、

 ステファニーさんは積極的にずいと忠の貌に近づいて、

 彼の頬に手を当てる。

「日本の言葉の、ありがとうございます、ってとても素敵ですよね。

 私も大好き。

 忠さんは私に、いっぱいありがとうございますって言ってくれるから。

 嬉しいな。

 こうしていると、やっぱり忠さんとの距離をもっと近づけたくなっちゃうんですけれど……」

 彼女も眼を泳がせているので気になる忠は。

「そんな、充分近いですよ」

「うーん、川瀬さんには抜け駆けしちゃって悪いかなとも思うんですけれど……」

 と言った彼女は次の瞬間、瞳を閉じて、

 少し全身を伸ばして、忠の唇に優しく口づけした。

「!!」

 一瞬だったが触れ合った口の感触はとても優しいものだった。

「ふふふ、一歩前進です。おやすみなさいっ!」 

 ステファニーさんはにこやかな表情でそう言うと忠の胸元に顔を埋めてしまった。

「――おやすみなさい」

 少し呆然としてから忠もそう言ったが、

 まさかキスまですることになるとは思っても居なかった忠は、

 喜びともどかしさでどうにかなりそうだった。

 こんな事態になったからには当然眠れなくなるだろうと思っていたのだが、

 胸元ですうすうと寝息を立てだしたステファニーさんの赤い髪を見るうち、

 徐々に眠くなり、彼女から香る甘い香りに包まれて、

 眠りに落ちていくのだった。

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