ゴブリン族の保険体育です

 一夜明けて、八月二日。

 忠は昨日のあれやこれやがあってなかなか寝付けなかった為か、

 今日は朝8時にを過ぎても起きてくる様子はない。

 ピンポーンとインターホンが鳴って早苗が出ると、

 お隣さんが回覧板を回してきてくれたのだった。

「芹沢さんの所はゴブリンさん、確かステファニーさんでしたっけ、いらっしゃいましたよねぇ?」

「ええ、はい」

 早苗とお隣さんの遣り取りを聞きつけ、後ろからステファニーさんも顔を出して。

「あ、おはようございます」

「あら、おはようございます。お綺麗な方ねー、私ったら噂話しちゃってごめんなさいね」

「いいえいいえ、あ、回覧板ですかー?」

「そうなの、コレなの、芹沢さん、なんか政府が健康診断やるって言ってたでしょう?

 今日から中学校でこの地域も始まるみたいなのよー」

 お隣の奥さんはほほほと口に手を当てて、ステファニーさんの容姿に見とれつつ言った。

「ああ、なるほどーそうですか。それについて書いてあるんですね。

 ありがとうございます田中さん。あたしもそろそろかとおもってたからぁー、

 ステファニーちゃん今日って用事あるっけ?」

 早苗が回覧板を受け取りつつステファニーさんに尋ねると。

「いいえ、特に、あ、でも鶴岡八幡宮のぼんぼりまつりでしたっけ、あれには行きたいかなぁ

 って思っていたんですけど」

 と主婦二人を見上げて微笑む。

「ああ、今年は長いのよね、ゴブリンさん達のおかげでもあるけど昨日から九日までだったっけ?

 いいわねぇー、私も行こうかしら」

「田中さんのお家は息子さん達大きいから楽よねぇ。私んちは子供だけで行かせるの大変で。

 私も行きたいってだけなんだけどねぇ、ふふふ。それはそうと、ステファニーちゃん、

 今日時間よかったら、早めに健康診断行っちゃいましょう。

 花華も付いてきたいって言うかしら? 聞いてきてみて?」

「はい。それでは田中さん、失礼します」

 ぺこりと頭を下げて、玄関を辞するステファニーさん。

 最近ではすっかり日本式の作法も身に付けたようだ。

「あら、ほんと素敵な方ね。今度もっとお話ししたいわ」

「お気軽にいらして下さいな、回覧板ありがとうございました」

 早苗もにこりとわらいつつ頭を下げる。

「いいえー」

 田中さんは上機嫌で帰って行った。


「花華さん、私達ゴブリン族の健康診断なんですって。良かったら付いてきてくれますか?」

 ステファニーさんは別に不安だったわけでは無いが、

 健康診断を行う場所が花華の中学校だったことは判っていたし、

 なんとなく同族紹介の場に彼女を招きたいと言う想いもありそう提案したのだった。

「うん、ステファニーさんさえ良ければ、私も一緒に行きたいです。

 お母さん良いよね?」

「ええ、腰越中学の体育館でしょう? 花華の学校だし。夏休みだし、丁度良いわよね。

 お祭りも連日行ってたんじゃステファニーちゃんだって疲れちゃうしね。

 これくらいの時間から行けばすいてそうだし、良いんじゃ無いかしら。

 送り迎えは私が車で行ってあげる」

 リビングで花華と早苗とステファニーさんで打ち合わせ。

 隣の居間で早起きして釣り竿の整理をしていたお父さんの真一も口を挟む。

「早苗さん、僕が送らなくてもいいかい?」

「うん。お父さんはゆっくり休んでていいわよ。私も今日は特に用事も無いから、

 帰りにお買い物してきちゃうわ」

「じゃあ頼んだよ」

「はい、任せといて。じゃあ、花華、ステファニーちゃん、準備が出来たら行くから、用意してね」

「はーい」

 と二人は声を合わせた。

 ステファニーさんがぺらぺらと、回覧板の健康診断の用紙を確認すると、

 丁寧にゴブリン達の母国語で記載された用紙もあり、当日の服装やら、

 各種問診票、注意点などが記載されていた。

 彼女はふと当日の服装の所で眼を留めて、

「あ、お母様、行きがけに町田さんのお家に寄って頂くことはできますか?」

 と尋ねる。

「ああ、アイレちゃんに昨日の服返すのね?」

「はい。早いほうが良いかなって」

「そうね、私もアイレちゃんのために作った服持ってってあげようと思ってた所だったし、

 丁度良いわ。行きましょ。それに今度ステファニーちゃんにもパンツも何本か作ってあげるね?」

「わ、ありがとうございます。アイレさんと私、丈が丁度同じくらいだったから、

 お洋服も借りれれば良いかななんて思ってたんですけどね?

 お母様もあまりお気を遣わないで……」

「いやいや、あたしのは趣味趣味。気にしないで。

 でもなかなかズボンスタイルのステファニーちゃんもなかなかイケてたし。

 やる気でちゃうのよねぇー」

「お母さんイケてるは死語だよ」

 花華が突っ込む。

「あらやだー」

 なーんて遣り取りをしつつ、途中町田さんに寄りつつ、いざ三人で中学校へ。


 朝の9時半と早い時間だったし、回覧板は今日回ってきたばかりだったからか、

 体育館の前にはゴブリン連れの家族は二、三組しか居ない。けれども、

「あ、やっぱり女性ばっかりなのね」

 と、ステファニーさんと手を繋いだ花華が零す。

「ですねぇ」とステファニーさん。

 体育館に入ると一応端っこの方に申し訳無さそうに男性はこちらなんてゴブリン男性用の

 ブースもあったけれど、敷居の感じからして8対2位のスペース取りで女性の方が広かった。

 そんなに男性が少ないのかぁ、と昨日のステファニーさんとの遣り取りを思い出しつつ花華は、

 何の気なしに男性のゴブリンさんも探してみるが、この時間に居たのは小さな男の子一人だけだった。

「ほんとうに男性は少ないんですねぇ」

 花華が感慨深げにそう言う。

「そうですね、でもそれもこれまでのことですよ。

 きっと、地球に来てからは男性も増えていくでしょうし大丈夫ですよ」

 とにこりと返してくれるステファニーさんは力強いなぁと思う。

「あ、あそこに居るのは須藤さんちだわね、あたし御挨拶に行ってくるわ、二人で並んでてねー」

 目敏くPTAでの知り合いの家族を見つけた早苗は挨拶に行ってしまい、

 ステファニーさんと、花華の二人で列に並ぶ。

 と言っても3家庭くらいしか待っては居ないのだが、前の家族のゴブリン女性は、

 髪の色がオレンジ色で、その前の人は青だった。

 ゴブリンさん達は髪の毛の色が様々なんだなぁと花華は思った。

 オレンジ髪の女性はステファニーさんよりは多少歳上だったようだが、

 彼女が王族の髪色をしていることに気付いたようで、

「あ、貴女もしかしたらファエドレシア家の?」

「ええ、姪ですけれどね」

「そうなんですかぁ、地球でお近づきになれて嬉しいです」

 と耳をぴょこりと立てて嬉しそうに御挨拶をしてくれた。

 ステファニーさんも応じて少し仲良さそうにお喋りをしていた。

 歓談をする際にも母国語じゃなくて日本語で喋っているので花華にも内容は解るが、

 それ以前に二人とも高位の魔導師さんなんだぁと思い、

 花華は何気なく聞き耳を立てない程度に話を聞き流していた。

「次の方ー」

 と呼ばれて前のオレンジ髪の女性が、

「あ、それじゃ私行ってきますね、お話しできて光栄でした。これからもよろしくお願い致しますわ」

 ひらひらと手をやる仕草がやはりステファニーさん同様とても可愛い。

「ステファニーさん、今の方もお綺麗でしたね! ゴブリンさんの女性って皆美人なのかしら」

「ふふふ、そうでしょうか。ありがとうございます。花華さん」

「むむむー、男の子が少なくって取り合いになるくらいなら女の子は綺麗になるのかー」

 花華は腕を組んで考え込んだ。

「そんなことは無いと思いますけど」

 組んだ腕に手を添えてステファニーさんは笑顔で微笑む。

「うーん羨ましいような、大変なような。ゴブリンさん達の苦労は計り知れないわー」

 と大仰に頷いて見せて花華も笑いかけた。

 数分経って、

「次の方ー」

 今度はステファニーさんの番になる。

 早苗は未だ戻ってきていない。市の担当者っぽい人が、

「あ、ご家族の方もご一緒でお願いします」

 と言うので、花華は私でも大丈夫ですか? と確認してから、

 話は私が聴くのでとステファニーさんに後押しされて同席することに。

 身長、体重、採血などの測定を一通りやってから、医師による診察だったようだ。

「どうぞー」と言われ二人で仕切られた診察スペースに入ったところ、

 手元のカルテをパタンと閉じて、

「あら、スティフじゃない!」

 と銀髪の眼鏡を掛けたゴブリン女性がステファニーさんに話しかけた。

 白衣を纏っていて小さい椅子に座りミニスカートから出た長い綺麗な脚を組んでいて、

 少し年嵩に見える。この方が担当の医師のようだ。

「ああ、先生! ご無沙汰しておりました」

 ステファニーさんがお辞儀する。

 花華は知り合いかな? と思うと、ステファニーさんが補足してくれ。

「花華さん、こちらステラ先生です。私の魔法の先生でもあり、お医者様でもある方なんですよ」

「はぁ、そうなんですね。あ、私ステファニーさんと同居して居ります芹沢と申します」

 花華が腰を折ると、ステラも椅子を立って、花華に丁寧にお辞儀をする。

「はじめまして、わたくしこの子の師匠のステラと申します。

 そっか、地球語では発音しにくいからステファニーなのね? なるほど」

 銀縁の眼鏡をくいっとあげると彼女はまぁ座ってと二人に促した。

「はい、地球の方にはステファニーって呼んで頂いて居りました。

 先生もお元気そうで。それにもうお仕事も再開なさったんですね」

 ステファニーさんは旧知の仲の人物に会え嬉しそうに話す。

「うん、たまたまね、私のご厄介になったお家が厚生労働省の関係の方でー。

 しかも私ってなにか仕事してないと落ち着かないたちじゃない。

 たまたまゴブリンの健康診断やるからどうだーって声掛けて貰って、それならやりましょうって。

 スティフも元気そうでよかったー。あーっと名刺名刺。

 ここに連絡先あるから、今度お話でもしましょ。芹沢様もよろしくね」

 ステラは名刺を取り出して一枚をステファニーさんに手渡した。ちらりと花華が覗いてみたが、

 ゴブリン族の母国語で書いてあった。

「はいありがとうございます」

「んじゃ、ぱぱっと診察済ませちゃおう。あ、そこの彼女はそのまま居て下さって大丈夫よ。

 スティフ、そこにまっすぐ立ってー」

 パチンとステラが指を鳴らすと、何やら見慣れない銀色の医療器具の様な物が、

 ほんの数秒間でステファニーさんの周りをくるくる回って、

 それと同時に勝手に持ち上がったペンがカルテに何かを記載し、

 元あった場所に戻り診察が終わったようだ。

「はい、終わりー、魔法はね、今回は特例で使って良いんですって。おかげで大助かり」

 カルテに目を通しつつステラが言う。

「なるほど。それなら早くて良いですね」

 ステファニーさんが言う。

「うん、んとー、いまんとこ体調は問題なしね。

 あ、スティフ、地球に来てからまだ生理になってないかな?」

「はい、まだなってません」

「そっか、地球は月がかなり大きいから潮汐ちようせきも大きいのよね、

 それで、最初の一回目は辛いらしいのよ」

「あら、そうなんですね」

 花華は聞いていけない内容とも思えないのでその場で一緒に話を聴く。

「それでね、えーっと、最寄りの産婦人科に持って行けば人間用の低用量ピルって言うのかしら?

 芹沢さんご存知?」

「ええ、はい、生理痛とかに効くお薬ですよね」

「そうそう、それを体重分、今日交付する仮の保険証でもって無料で提供してくれるんですって。

 辛くなる前に貰っておくと良いわ。手順が書いてある紙がコレよ。

 女性のゴブリン族には言ってるんだけど、かかりつけの産婦人科を見つけておいてね」

 ステファニーさんはプリント用紙を受け取りつつステラの話に頷き、

「はい、ありがとうございます」

 と頭を下げた。

「お医者さんとして言って置かなきゃならないことはとりあえずこの位ねぇ、

 なにか質問あるかな? なんでも答えるわよー」

 ステラはカルテに書き込みつつ、ステファニーさんに問う。

「ええーっと、そうだ。一応訊いておきたいんですけど、先生。

 ゴブリンの女性と地球の男性って、あの、その、性交渉とかって可能なんでしょうか」

 ステファニーさんはかなり遠慮がちにそう聞いたが、花華は一瞬耳を疑う。ところが、

「あら、貴女もその話聞くか」

 ステラはあっけらかんと答えてステファニーさんに向き直った。

「貴女もってことはやはり他の皆さんも訊いてらっしゃるんですね?」

 ステファニーさんは若干気恥ずかしそうに尋ねる。

「まぁねぇ、喫緊の問題でもあるわけでそうなるわねぇ。

 ああ、隣の彼女はこういう話まだ恥ずかしい時期かしらね、でもそんなに構えないで頂戴」

「ええ、はい」

 花華は頷くのが精一杯だが、昨日のステファニーさんの話を聞いた限りでは、

 いろいろ問題が含まれる話のようにも思えた。

「そうねぇ、話戻して結論から言うと問題なしね。

 妊娠するか? っていうとまだ全然解らないわ。まだデータがなさ過ぎるから」

「そうですか」

 ステファニーさんは胸に手を当ててほっと一息吐いたように見えた。

「ま、おいおい地球人も巻き込んでの話になることだし、

 そこら辺の話はそのうち広がるから大丈夫よ。ご安心なさいな。他には聞きたいことある?」

 何気ない会話に絶滅寸前の種としての断片が見える気がしてヒヤヒヤするが、

 きっと彼らはぜんぜん前向き何だろうなぁと花華には見えて、

 地球に居ることが彼らにとって良いことに繋がればいいなと思うのだった。


「――そうですねぇ、あとは食べ物とか、ゴブリン族はこれはやめておいた方がいいっていう、

 食べ物ってありますか? 日本って美味しい物が多くて。気になってしまって」

 一気に砕けた話題になり、花華も胸を撫で下ろした。

「そうよね、気になる所よねー、私が調べた範囲だと問題無さそうだけど、

 海苔って食べ物と、フグって魚の毒、だけは人間もだけどゴブリンも注意した方が良いみたいねー、

 フグは人間には舌がピリピリするぐらいが美味しいみたいなんだけど、

 私達じゃ分解酵素がないから厳しいわね。

 それと海苔の方は全地球上でも分解酵素らしい物持ってるのも日本人だけらしいわ、

 無理して食べないことをオススメします。こんなところかな――」

 はぁ、とステファニーさんと揃って花華も頷いた。

「――えっと、さっきも言ったけど、産婦人科さんについての書類がこっち。あと2、3枚

 食べ物とか緊急時についての案内も含めて母国語で書いている資料がこっち、

 んで、帰りに体育館の出入り口の所で交付される仮保険証を貰ってってくれればOKよ」

「はい、ありがとうございました」

「そうだ、スティフ、まだまだドタバタしてる時期だからあれだけど、

 もし就職先とかで困ることもあったら私に連絡して、貴女ならいい助手になれるからねー」

「看護師さんですかぁ。私確かにそういう職業にも憧れてたことあったなぁ」

 ステファニーさんが優しく微笑んだ。

「まぁ、落ち着いてからでいいわ、落ち着かなくてもお話はしたいから連絡頂戴ねー、またね」

「はい、先生、今日はありがとうございました」

 ステファニーがぺこりと頭を下げたのにあわせ、花華もぺこりと頭をさげその場を辞する。

 仕切られた診察ブースから出ると早苗が待っていた。

「ごめんごめん、あたしったらつい話し込んじゃって、診察大丈夫だった?」

「ええ、大丈夫でした。ありがとうございました、花華さん、一緒に居て下さって」

「ううん、私なんにもしてないし。

 お母さん、ゴブリン族っていろいろ大変みたいよ?」

「へぇーあとであたしにも教えてねぇー」

 体育館の出入り口で仮のステファニーさんの保険証を受け取り、

 無事健康診断は終わったのだった。


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