幕間⑥:先生達の花火大会

「光~! もーおそーい。走れよー。でーぶ」

「待ってくれよ、ミナルー、急がなくても間に合うってば!」

 久しぶりの登場となる花華の担任小山田おやまだみつるは、

 金髪ギャルゴブリンなミナルを連れて花火大会の会場に向かっていた。

 ミナルの服装は、ドクロ柄のTシャツに、短パンで。

 金髪はそれでもどこか夏をイメージしたリボンで一本に縛っている。

「だって、お前が連れてってくれるっていったんだろうがー。

 アタシだって花火大会楽しみにしてたんだからー」

 浜への道を軽快に走る彼女は元気全開である。

 彼女は若い女性で、ゴブリン族らしく身長は100センチに満たないが、

 グロスの赤い口紅も似合う、いかにも活発そうな女性というイメージだ。

 光は後を必死で追いかけ何とかぽよぽよのお腹を揺らしながらついて行く。

 彼女が突然住ませろ! と言って訪ねてきたのはついこの前の事のように思える。

 生徒達には言えないが趣味で見ているアニメのキャラクターみたいな風貌に、

 一瞬胸がときめいてしまったのは嘘ではなかった。

 が、彼が〝先生〟だと知ってからの粗暴さはかなりの物だった。

 先生という職業に恨みがあるわけではなさそうで、

 ただの子供好きっぽいところが、

 その見た目に反してちょっぴり可愛いところでもあるんだけれども。

「はぁ、はぁ、はぁ……もう走れな、い、

 ミナル、先に行ってていいよ。僕歩いて行くし」

 と国道から遙か遠くに花火大会の会場が見えたところで光は息も絶え絶え、

 汗もだくだく、足許を見て立ち尽くした。

 こんなに走ったのいつぶりだったろうか。

 ちょっと先に行ったところで振り返ったミナルは、

 だらしないなぁと思いながらも、

 道路沿いにあった自販機でスポーツドリンクを買い、

「ほら、光。これ、ご、ごめんな、アタシ浮かれ過ぎちゃってさ」

 ミナルは頬を掻きつつすこし照れくさそうにして光の顔を窺う。

「あ、……ありがとう」

「ゆっくり、一緒に行くから。ま、飲んで落ち着けよな」

 今日の花火大会を一緒に観に行こうとの約束をしたのは光だった。

 自由奔放に見えるタイプのミナルだが、

 家に居るときは一応彼の身の回りのこともしてくれているし、

 学校の話をする度にまた中学校に来たいとも言ってくれる。

 独身男の男子教師の所にどうしてこうしてこんな子が来てくれることになったんだと、

 神様が居たらお伺いを立てたい所だが、

 彼女が居ることはいつの間にか生活の潤滑油となり、希望となり、喜びになっていた。

 彼女も彼女なりの表現ではあるが、光のことが嫌いでは無いようで、

 解ってくれているらしかった。

 世間的には国際的な難民に相当するゴブリン族だが一緒に暮らしてみればよき隣人、

 あるいはそれ以上の仲に……というのは光の希望でもあるが。

 彼女にお世話になっている礼として今日の花火大会に行こうと誘ったら、

 いつものようにめんどくさがらずに喜んで頷いてくれたのだ。

 スポーツドリンクを受け取り二口飲んだところで、

「……はぁ、ミナル、ありがとう。それに待っててくれて」

「なんだよ、アタシは一応、アンタ、と観に行きたいんだからさ。――先に行っててとか言うなよな」

「はは、そうだね。ごめんね。ありがとう」

「お前いちいちありがとうが多いんだよっ! 恥ずかしいなぁ……行こ」

 と言うと遠慮がちに一瞬迷ってから、頭を掻いて、

 光の開いている方の手を掴んで、今度はゆっくりめのペースで歩き出した。

「あ、ミナル。手繋いでくれてありがとう」

 光の口癖は教師になってからいつの間にかありがとうになっていた。

 生徒の前では風貌と性格とかからやたらとすぐ謝る癖がついているから、

 反対にプライベートでは誰彼構わずありがとうと言ってしまう。

 ミナルはそれがくすぐったいようには感じても、

 嫌な感じはしないのだった。

 彼女もまた、母星に居たときは高位の魔導師で、故に魔法でこうして光と喋れるのだが、

 その風貌から教師にあたる導師達に落ちこぼれ扱いされたりといろいろあったのだ。

 誰かから、ありがとうと、声を掛けられれば嬉しい事に違いない。

 そんなことは知らずに光はミナルにありがとうを連発する。

 ミナルは眼を丸くしてから、繋いだ手を見つめ、

「れ、礼なんかいいよ。もう、光は優しいなぁ……。ほら、行こう」

 とぶっきらぼうに言うのだった。

 光は小さな美少女にそんなことを言われてしまい少し胸を弾ませながら、

 花火大会の会場に向かうのだった。


 一方、花火大会の第一部が終わってから。

 浴衣でも無く、私服で教師連中の女子仲間と花火を見に来ていた、

 花山はなやま典子のりこは偶然にも雑踏に紛れて、

 その現場を遠巻きの群衆から目撃してしまった。

『すみませんが、その三人は俺の友達なんで止めてくれませんか?』

『止めてくれませんかって言ってるんだが……』

 そう言って格好良くクラスの女子とゴブリンの女性を守っているのは間違いなく教え子の一人の、

 芹沢忠だった。

「やだちょっと喧嘩? 典子、あれって2-1の芹沢君達じゃないの?」

 同僚教師がクラスの副担任でもある典子に問いかける。

「……うん」

 遣り取りを見ていた典子は群衆から出て行って、教え子を守ろうか、

 という勇気はあまりに急な出来事に絞り出せずに、

 サンダルの足を踏みしめるだけだった。

 その後、警官が来て、何とかなったようで胸を撫で下ろすが、

 最後まで名乗り出られなかった事が恥ずかしかった。

「な、なんとかなったみたいで良かったじゃない! 典子が出て行くまでも無かったわね!」

「そ、そうね」

「なぁに、典子、出て行けなかったって後悔してるの?」

「……え? いやぁ、ちょっとね」

「ダメよ、殴り合いの喧嘩とかになったら危ないし。今の子達って解らないからね~」

「――ないわ」

「え?」

「芹沢くんに限ってはそんなことないっ!」

 言ってからハッとして、声が大きかったかもと思う。

「あら、典子、珍しい。生徒に本気になるなんて。でも、ま、気持ちは解るわ。

 彼ちゃんとしてるもんねー、さっきの連中だって退治して女の子達守れたみたいだし――」

 自分でも熱血教師なんて柄じゃないことは解っていた、

 それに彼だからって色眼鏡で見てるわけでもない。

 でも何故なんだろう同僚教師の語る一般論はなぜか典子をすり抜けてゆき。

「わ、私ちょっと、彼の所に行ってくるね! 先帰ってていいよ恭子!」

「え、あ、うん。また学校でね~!」

 気付いたらどうしても彼に一言言いたくなって、走り始めていた。


――幕間6.5――

 忠達が、川瀬さん、村田さんと別れるほんの少し前のこと。

「芹沢くんっ!」

 雑踏の中呼び止められた忠は、さっきのことがあったので思いっきりびっくりとして、

 跳び上がりそうになりながら振り返った。

「あ、花山先生? ……こんばんは」

 女子達二人と、ステファニーさんもこんばんはと彼女に挨拶する。

 彼女はツカツカと近づいてきて、忠を正面に捉え、

「あんなことして、危ないじゃない」

 と叱りつけた。

 ああ、さっきの、見られてたかぁと忠が思う。

「川瀬さんも、村田さんも、ああいう時はすぐに声を上げて周りの大人に助けを求める事よ」

「すみません先生」と川瀬さん。

「さっきはいきなりだったし怖くってその……」と村田さん。

「ふぅ、でも芹沢くんが冷静に対処してくれて良かったわ」

「すみません、先生、僕ももうちょっとやりようはあったと思います。

 先生見られてたんですね、いや、ごめんなさい」

 と忠に言われ、自分も見ていただけで、

 歩み出て生徒を守ろうとは出来なかった事を思い出し恥ずかしさが沸いてくる。

「あ、でも、先生は……」

 見ていただけでとは言い出せなかった。

 ステファニーさんはそれを察したのか、

「ありがとうございます、忠さんの先生、あとで私からもよーく言い聞かせておきますからっ」

 と大人な対応で心配してくれた先生の気持ちを受け取りつつ返した。

 典子先生はそのステファニーさんの口調とタイミングに、

 ああ、こんなに立派な女性と一緒なら大丈夫よね。と思うのと同時に。

 チラリと、

「ええ、お願いしますわ。ふぅ、三人とも、高校生なんだから10時までにはお家に帰るのよ」

 といいつつ、これはもしかしてそんなはずはないけど嫉妬?

 と降って沸いた感情に驚くのだった。

 一人雑踏の中、冷静になって考えたときに、毅然と女子を守る忠の姿に、

 少しだけ、少しだけ惹かれてしまったのかなと気付いて、

 やだ私ったら恥ずかしいなぁ。と思うのだった。

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