■小さな君の大冒険



「最近のランドセルは随分素敵になっちゃったのねぇ」



 二つ並んだ

 真新しい

 色違いのランドセルは

 お揃いの刺繍で


 お花の模様が入っていた。


 キラキラビーズが

 埋め込まれてて


 自慢気にそれを話す

 沙希ちゃんと

 朱希ちゃんの


 笑顔はもっと

 キラキラだ。



 母さんが

 大袈裟に見える相づちで

 二人の話を聞いている。



 オレが入学した頃にも

 色んな色のランドセルは

 あったんだけど


 今はきっともっと

 バリエーション増えてて


 しかも

 装飾が凝ってるよね。



「ランドセルってこんなにおっきかったっけ?」



 大きな箱でも

 背負ってるみたいで


 二人の小さな体には

 あまりにも

 不釣り合いに見えた。



 まぁ

 本人たちは

 喜んでるからいいか。



「さーちゃんたちねぇ、どくさいになったからもう学校もひとりでいけるんだよ?」



 すごいでしょ!と

 元気いっぱいだけど


『ろ』がうまく言えなくて

 六歳がどくさいになってる。



「小学校には4月から行くんでしょ」


「でもねーあのねー、もうお迎えとかいらないのよー」


「幼稚園の送り迎えはいるでしょよ?」



 小さい子と話してると

 話し方も話の内容も


 どんどん

 おかしくなってきてるような

 そんな気がする。





「道路交通法よ。小さい子は大人の人と一緒じゃないとお出かけできないけど、小学生になったらもう、沙希ちゃんも朱希ちゃんも立派に独り歩きできるのよね」



 母さんから

 何かの法律とか

 難しい話が出るとは

 思ってなかった。



「小学生は子どもだけで遊びに行くもんね」



 自分で言ったあと

 沙希ちゃんと

 朱希ちゃんを見て


 思わず呟いた。



「すげぇ心配」



 子どもだけで外に出たら

 どこで何をするんだろう、


 少なくとも

 家に来てからの

 沙希ちゃんと朱希ちゃんの

 行動範囲なんて


 たかが知れてる。



「恭ちゃんもそうだったでしょ?」


「オレは姉貴がいたし、それに男だし!」


「さーちゃんねー。おつかい行きたいの」



 小さな手で

 オレの服の裾を

 くいくいと引きながら


 沙希ちゃんが

 えへへと笑う。


 この間抜けた前歯が

 もうはえかけてきていて

 半分の歯が見える。



「あーちゃんと」



 朱希ちゃんも

 沙希ちゃんの隣で

 オレをじっと見上げている。



「おつかい……?」



 テレビで見た

 番組の影響か


 二人の

 期待の眼差しを受けて

 オレは首をひねった。



「オレは?」


「お留守番!」



 沙希ちゃんが

 きゃははと笑いながら

 ランドセルをおろした。



「ランドセルもお留守番!」



 おつかいか。


 いくら

 もうすぐ小学生とはいえ


 二人だけは心配だな。



 テレビと違って

 見守るスタッフは

 いないしな。



(やっぱりここは尾行すべきか?)



 オレは

 少し考えて

 腕を組んだ。



「そうだなぁ、おつかいか。どこがいいかなぁ」


「何でもまかせていいよう?」



 沙希ちゃんが

 調子よく言うほど

 心配だったりするんだけど


 朱希ちゃんもついてるし

 大丈夫だと思いたい。



「じゃあさ、コンビニでおやつ買ってきてもらえる?肉まんとポテトチップス」


「にくまん!」


「お金ね、財布に500円入れるからお釣りもらってきて」


「おつり!」


「……」



 朱希ちゃんの視線が

 オレに突き刺さる。



「あーちゃんもおさいふ持ってる」


「……わかった。朱希ちゃんの財布にも500円入れるから」



 オレの財布は

 すっかり軽くなったけどね。


 後で母さんから

 お金もらおう。





 たかがコンビニ。

 されどコンビニ。



 いつも

 何気なく行く場所だけど

 小さな二人が行くとなると

 色々心配だ。


 コンビニ前は

 車の出入りもあるし


 やっぱり

 違うとこがいいかな。



 スーパーになると

 店の中が広すぎるし

 目的のものを

 上手く買えるかわからない。


 近場で

 おつかいしやすい所は

 一体どこだ。



 オレが優柔不断に

 あれこれ悩んでいると


 二人が言った。



「さーちゃんたちね、そのうちママのとこにも遊びに行くのよ」


「あーちゃん、どーぶつえんも行く」


「自分たち、だけで?」



 オレは恐る恐る聞いた。



「だってもうアカチャンじゃないんだよー」



 帽子をかぶって

 出かける準備を終えた


 何も手伝わなくても

 自分のことを各々

 てきぱきとこなす。



 ああ


 確かに二人は

 赤ちゃんとは違う。



「……わかった。オレは家で待ってるから。おつかい任せた!」


「うん。いってきまーす」

「いってきまぁす」



 ものすごく

 心配は尽きないけど


 自立心を

 認めてあげなきゃ

 いけないんだろう。



 バタンと閉じた玄関のドア


 遠ざかっていく

 二人の話し声


 モヤモヤと

 手持ちぶさたみたいな

 落ち着かない気持ちが

 後ろ髪をひく。



 でも

 ここは我慢でしょ。


 二人を信じて

 待つのが大事。



(うああ、すげぇそわそわする)





 自分が小さいこどもの頃は

 一体どうしてたんだっけ。



 親の気持ちとか

 考えたこともなかったけど


 きっと

 たくさん心配とか

 迷惑とか


 かけたりしたんだろうな。



(あー……でもオレの場合はわりと姉貴が面倒みてくれてたかな)



 面倒をみてくれていたのか

 オレがただ引っ付いて

 後をついて回っただけか


 とにかく


 親に叱られるより

 姉貴に

 叱られることのほうが


 圧倒的に

 多かったように思う。



(……母さんに最後に怒られたのはいつだったっけ)





 ***



「恭ちゃんは来ちゃダメ!今日は遠くに行くから連れてけないの!」



 姉貴と

 姉貴の友達が何人か

 自転車で遠出をした。


 オレがまだ

 補助輪のついた自転車に

 乗っていた頃。



 置いてきぼりをくらった

 オレは


 いつも行く

 近所の公園に

 一人で行ったんだけど


 つまんなくて

 すぐ家に帰った。




 家に帰ったって

 母さんもいなくて


 結局一人で。



 一人で

 探検ごっこをした。



 ***



 当時住んでた

 アパートの裏に


 広い畑があって


 背が高い

 トマトや

 胡瓜が植えられた場所は


 狭い通路でさえ

 格好の隠れ家だった。



 よく

 走り回って遊んだ場所も


 一人では

 どうしようもなく静かで


 虫を観察したりしてた。



 探検ごっこは

 その延長で


 虫を追って見つけた

 抜け道、


 実際には

 いつもは草に埋もれて

 見えていなかっただけの

 細い道。



 その先に

 古い小屋があった。



 もう使われていない

 古い機具がしまってある


 忘れ去られたような小屋は

 不思議な魅力に満ちていた。





 いつもは

 姉貴の後を追って


 アレはダメ

 コレはダメと

 止められてばかり。


 だけどこの日は

 一人きりの退屈の先に

 自由があった。



 家のすぐそばの場所に

 今まで知らなかったものが

 たくさんあって


 それを見つけたのは自分。


 自分の世界が

 自分の力で広がる

 わくわくした気持ちは


 悪いことを

 しているんじゃなくて


 純粋に探検だった。



 ***



 今思えば

 危ない物も

 たくさんあっただろうから


 やっぱり

 大人に見つかると

 叱られたかもしれない。



 だけど

 何があるか

 わからない場所だから


 あの時間は

 かけがえのないものに

 なったんじゃないかな。



 密集した住宅街に

 ポツポツと小さな公園が

 用意されているけれど


 そんな安全な場所には

 新しい発見はなくて


 何だろうっていう不思議も

 潜んではいない。



(いたずらって必要なのかも……。考える力とか経験とか。誰かが与えるものじゃ補えないよな)



 沙希ちゃんや朱希ちゃんが

 何か

 イタズラや失敗をしても


 きっときっと

 大事な財産になるから。



 頭ごなしに

 怒ったりしないで


 いっぱい話を

 聞いてあげよう。



 いっぱいいっぱい

 応援してあげよう。





「「ただいまー」」



「お!」



 玄関の扉が開く音と

 元気いっぱいの

 二人の声が


 一気に賑やかな我が家に

 空気を塗り替えてく。



「おかえりー。どうだった?」


「コンビニねー、コンビニの向こうにもコンビニがあって、さーちゃんとあーちゃん両方行ったよー」


「あーちゃんのこれ」


「両方行ったの?それは大変だったね」



 二人は

 違うコンビニの袋を

 それぞれテーブルに乗せて


 ガサガサと

 中の物を並べて行った。


 テーブルが

 肉まんだらけになった。



「すごいいっぱい。じゃあお腹ペコペコの子は手を洗ってこよう」


「おてて泡泡ー!」

「お腹ペコペコー」



 声をたてて

 二人は洗面所に向かう。


 肉まんの他に

 ピザまんが混ざってるけど

 まぁいいか。



 おてて洗いの歌を

 歌いながら

 キャッキャと笑う。


 どんなけ楽しいのか

 二人とも

 なかなか戻ってこない。



 後で

 琉依ちゃんと

 由紀さんに


 肉まんにまみれた二人の

 写メでも送ろう。


 こんなことでも

 大人の階段の

 一段一段になるんだろうし。



「……んー。オレは何をしたら大人の階段のぼれるんだろ?」



 沙希ちゃんと

 朱希ちゃんは

 毎日成長してくのに。


 オレってば

 何か進歩ないよね。



「洗ってきたー!」

「あーちゃんもー」


「オレも成長したいなぁ……」



 思わず

 トホホと嘆いたオレに

 朱希ちゃんが

 肉まんを差し出して

 慰めてくれた。



「お兄ちゃんにはおっきいのあげるからね」



 食べて成長するのも

 もうそろそろ

 終わりそうなんだけどね。


 ていうか

 そういう成長じゃないし。



「さーちゃん、こっちのオレンジ色の肉まんたべたいー」



 だからそれ

 ピザまんだからね。



「由紀ママにメールするから写メ撮るよー。二人とも笑ってー」


「はーい」

「にくまーん」

 




          ―――― To be continued ?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る