君達がいた夏祭り

 お盆期間は終日、夏祭りが開かれる、仮想空間『Sheep-World』を色とりどりの浴衣を着た、アバター達が闊歩する。お気に入りの『Sheep-World』の案内役、ガイド・マスコットを連れ、並ぶ屋台と、そびえ立つ櫓を結ぶ間に吊られた、赤やピンク、青や黄色の提灯の下を、若い男女や子供達が賑やかに通り過ぎていく。

 目の前を、綺麗な虹色の羽を背中につけた、ガイド・マスコットNo.143、フェアリータイプが、小学生高学年くらいの少女集団と共に通り過ぎ、オレは小さく溜息をついた。他にも少年達を連れたドラゴンタイプのガイド・マスコットや、金色に光るバードタイプのガイド・マスコットが、様々な人達を連れて通って行く。が、オレの周りには誰もいなかった。

 黒い肌のキューピーのようなボディに、矢印の先端が付いた悪魔の尻尾。蝙蝠の翼に金色の猫の瞳。No.694、ゴブリンタイプのガイド・マスコットのオレは、どうしてこんなもの作ったんだと、開発チーム自体が首を捻るほど、不人気なガイド・マスコットだ。オレを借りてくれたのは、この『Sheep-World』が出来た当初、物珍しさから借りた数名の客を除けば、ただ一人。それも今年の春を最後に、ぷつりと途絶えていた。

「…どうせ、最終通告も出ているんだし、ぶらぶらしてこよう」

 行き交う人の波を抜け、最後の『Sheep-World』を味わおうと飛ぶ、オレの背に

「ごーちぁ~ゃん!!」

 もう二度と、聞くことのないはずの声が掛かる。

「えっ!?」

 思わず後ろを振り返る。そこには、黒い肩までの髪に、クリーム色の長袖のブラウス、桜色のカーディガンに青色のパンツを履いた、少女が立っていた。

『ごーちゃん、また来週末に来るからね~』

 そう言って、春のあの日『Sheep-World』から現実世界に帰った、そのままの服装だ。

 ただ一人、オレを指名して借り続けた女の子、会員登録No.XYZ592840、浅井美奈子。

「…みなっちゃん…」

 慌てて『Sheep-World』の会員管理データにアクセスするオレに、みなっちゃんは、いつものように空に垂れ下がる尻尾を掴んだ。

「夏祭り、行こう!」

 そのまま、ぐいぐい引っ張っていく。

「えっ! いや! 待て! みなっちゃん!」

「いいから。いいから」

 みなっちゃんが、あの最後に別れたときそっくりの笑顔で、オレに笑い掛ける。うっと息を飲むと、オレを連れて、彼女はそのまま祭りの雑踏へと入っていった。



 キラキラと光る水面の下に、赤や黒の金魚がゆらゆらと泳ぐ。金魚すくいの屋台で、ポイを手にすくおうとしては、破ってしまう、みなっちゃんの後ろで、オレは会員管理データを何度も検索していた。

 会員登録No.XYZ592840、浅井美奈子。

 しかし、何度やっても『会員番号が見つかりません』という答えしか返ってこない。それもそのはずだ。彼女の会員データは、彼女の御両親からの申請で、オレが消したのだから。

 じゃあ、この目の前の、黒いデメキンをすくおうとして、必死にポイで水をかき回している女の子は誰だ?

 起こりえない事に混乱していると、突然、みなっちゃんが振り返り、オレにポイを突きつけた。

「何、焦っているの?」

「いや、別に~」

 プログラム通りに、ニヤニヤ笑いながら答える。オレは、見た目のゴブリンから、少し相手を小馬鹿にするような態度を取るように、プログラミングされている。これがまた不評で、オレを借りる人がいない原因でもあるのだ。

「ウソ。何か困っているでしょ」

 が、何故か、みなっちゃんは、それが平気だ。平気どころか、表情プログラムの後ろで、オレがAIで考えていることまで当ててしまう。

『ごーちゃんって慣れると、すっごく解りやすいよ』

 なんでこんな、不人気で生意気で、腹の立つガイド・マスコットを借りるの? 『Sheep-World』に一緒に来た友人に言われる度に

『ごーちゃんは上級者向けなんだよ!』

 彼女は、いつも言い返してくれていた。

「ごーちゃん、ごーちゃんがすくって」

 みなっちゃんが、ポイを渡してくる。

「はぁっ!? ガイド・マスコットは、屋台のゲームに参加してはいけないんだぜ!」

 突き出されたポイに焦る。そのとき、オレ達を見ていた屋台のおじさんがぼそりと言った。

「良いよ。今夜はこれから、この店限定でガイド・マスコットも参加OKだ」

 わっと、周囲のガイド・マスコットを連れた子供達が歓声を上げる。

「…………!!」

 麦わら帽子を被った、ランニングシャツとカーキ色の半ズボンの屋台のおじさんの声は、ガイド・マスコット開発チーフの辻岡さんのものだ。多分、夏祭りのリサーチにおじさんのアバターで、屋台の店主として参加しているのだろう。

「すくいなさい」

 にっと辻岡さんが笑い掛けてくれる。

「………解った」

 オレは、みなっちゃんからポイを受け取ると、翼をはためかせ、水面すれすれに降りて、ポイを構えた。



「ごーちゃん、すごい!」

 ビニール袋に狙っていた黒のデメキンと、一緒にすくった赤い小さな金魚を二つ入れたのを持って、みなっちゃんはリンゴ飴を食べながら、ご機嫌な顔で笑った。

「ねえ、ごーちゃん。ちょっと変わったところってない?」

 普通のお祭りに飽きたらしい、みなっちゃんのおねだりに、オレは夏祭り会場をサーチした。

「向こうに『和風不思議エリア』っていう夜のエリアがあるぜ」

「よし! そこに行こう!」

 みなっちゃんが駆け出す。オレは慌てて、彼女の桜色の背を追い掛けた。



 闇の中、ここだけは赤で揃えた提灯が揺れる。ぼんやりと光る朱の鳥居の列。エリアを囲む竹林がさやさやと鳴り、他の会場より幾分冷たい風が吹く中、カラカラと音を立てて、屋台の風車が回っている。

「みなっちゃん、どこだ~!!」

 オレの指す方向に向かって走って『和風不思議エリア』に入った途端、姿を消した彼女を探す。

 さすがに、ここでは騒ぐ気にはならないのか、遊びに来ている人も静かで、彼等がじゃりじゃりと踏む砂利の音が、やけに大きく響いていた。

『ごー、やっぱり美奈子ちゃんの会員IDは、完全に削除されている』

 辻岡さんから連絡が入る。

『サーチしてみたが、そのエリアで動いているIDに、美奈子ちゃんのものは無い』

 仮想空間にダイブする人は、事故や事件を防ぐ為に、全て会員登録して、会員IDを取る。そして、その動きは全てダイブ先の運営本部で見ることが出来る。

 辻岡さんの話によると、『和風不思議エリア』のアバターと会員IDは全て一致していて、いるはずの、みなっちゃんのアバターもIDも無いという。

「じゃあ…あの、みなっちゃんは…」

 屋台に綺麗に並べられた、狐のお面が提灯の下、赤く光る。

『ごー、お盆には昔から、ある言い伝えがあってな…』



 桜色の長袖のカーディガンの裾が夜風にふわりと揺れる。

「みなっちゃん!!」

 やっと見つけた背中に声を掛けると、彼女はくるりと振り向いた。

 金色のつり上がった瞳、朱く描かれた口、横に黒く引かれた髭。

「わぁっ!!」

 オレは空中で後ろにひっくり返った。狐のお面を外した、みなっちゃんが笑う。

「驚いた?」

「もう! びっくりしたぜっ!!」

 ぶうとオレは顔をしかめてみせた。

「みなっちゃん、辻岡さんが、こっそり、みなっちゃんが好きなプラネタリウムを開けてくれたんだ。一緒に行こう」

「本当!」

 みなっちゃんは『Sheep-World』に来ると、毎回必ずプラネタリウムを見ていた。

『私、いつか地球を出て、火星に行って、テラフォーミングの仕事をするの』

 その為に、私立の有名校で頑張って勉強しているんだと彼女は言っていた。

「ああ。でも、他のお客さんに見つかるといけないから、今から一時間だけだって」

「わ~い!!」

 嬉しさの余り声を上げて、しまったと周囲を見回し、両手で口を覆う。

「ナイショ…」

「ナイショだな」

 オレ達は人差し指を口に当てて、笑い合うと、プラネタリウムに向かって歩き出した。



 ザァァァァ…。突然、灰色の雲が青空を隠し、暗くなったと思った途端に、夕立が降る。

 夏祭りの通り雨。これも祭りの演出だ。18禁の仮想空間だと実際に服が濡れたようになって、肌が透けて見えたりするらしいが、ここは全年齢対象の仮想空間。皆、濡れることなく、雨宿りをしてみたり、そのまま歩いてたりしていた。

 みなっちゃんとオレは、プラネタリウムに行く途中にあった、屋台の隅で雨宿りをさせて貰っていた。

 大粒の雨が銀の線を描いて、空から落ち、地面にばしゃばしゃと波紋を作りながら飛び跳ねる。

 みなっちゃんは黙ってオレの尻尾を掴むと、引き寄せ、オレの身体を胸に抱え込んだ。

『娘は学校帰りの途中、突然の通り雨でスリップした車に、はねられて…』

 みなっちゃんの退会申請のとき、わざわざ会員登録してまで、オレやオレを作った辻岡さんに会いにきた、彼女の御両親の言葉が突き刺さる。

 彼女の腕が小刻みに震えている。

「大丈夫だ。みなっちゃん」

 オレは体の前で組まれた彼女の手に、自分の小さな両手を重ねた。



 通り雨が止み、再び歩き出したオレ達は、会場の端、いつもは仮想空間の街の端にある、プラネタリウムの建物に着いた。非常灯以外、明かりの付いてない建物の前に立つと、扉が横にスライドして開く。

 二人で入り込む。窓から差し込む光だけの薄暗い中、ぼんやりとした非常灯の明かりを頼りに、足繁く通った二階の上映ドームに向かう。

 パコン。光と音を通さない為の分厚い扉を開ける。暗い中、球形のスクリーンの、下、数分の一を切り取ったような、平らな観客席が円を描いていた。

 場内の見取り図をサーチして見ながら、みなっちゃんの手を引く。ドームの真ん中の一番良い場所に二人で寝転がる。

 辻岡さんに教えて貰ったとおりに、上映プログラムを選ぶ。みなっちゃんが大好きだった、プログラムの続編。上映スタートを投影装置に命じると静かな音楽が流れ、周囲に立体映像が広がった。

 天体観測の望遠鏡から覗いた星空。高山の上の大きな丸い天文台から見える星空。昔のISS、国際宇宙ステーションから見える宇宙。衛星軌道、ハッブル宇宙望遠鏡から見える宇宙。宇宙エレベーターの最先端から見える宇宙。そして、最後に今、開拓中の火星開拓基地の映像が映る。

 火星の地表から見える青い夕焼けが、オレ達を青く染める。

「私、ずっとここに行きたかったんだ…。それが小さい頃からの夢だったのに…」

 みなっちゃんの目に涙が浮かぶ。赤い大地に、白いドーム型の建物が次々と建っていき、やがて、周囲が緑に染まっていく、未来予想映像が流れる。

「綺麗…」

 さやさやと、立体映像の大きなシダの木が目の前で揺れる。その葉の間から見える青空と、地球のより幾分小さく弱い太陽。

 彼女の目尻を涙がすっと流れた。



 プラネタリウムを出て、建物の屋上に向かう階段を上がる。重い金属の扉を開けると、外…夏祭りの会場は光を落とし、夜になっていた。

 屋台や提灯の明かりが、真砂のように煌めき、動くアバターの波が、ずっとエリア内を遠くまで広がっている。

 ポン!! ポポン!!

 星空に、夏祭りのメインイベント、花火が大音量と共に打ち上がった。

 オレ達は送り火の意味もあるという光の華を、屋上の冷たい床に並んで座って眺めた。

「ごーちゃん、ありがとう」

 みなっちゃんが、オレにお礼を言う。その瞳に飛び散る金色の花火の火が映る。

「私ね、お盆でこっちに帰ってきて、お父さんとお母さんが、ごーちゃんの話をしているのを聞いてたら、いつの間にかここに来てたの」

 ずっと、火星の宇宙開拓団に入る為の勉強ばかりしていて、ごーちゃんと遊んだ時間が、一番楽しい時間だったせいかもしれない。みなっちゃんは懐かしげに微笑んだ。

『桜祭り、本当に楽しい!!』

『みなっちゃん、夏の夏祭りの方が、もっと賑やかで楽しいぜ』

 彼女がいなくなる数日前『Sheep-World』の春の桜祭りで交わした会話。

「本当に、ごーちゃんの言うとおり、すっごく楽しかった。ごーちゃんにまた会えて、行きたかった夏祭りを行けて、もう一度、二人でプラネタリウムが見れて、夢だった火星の綺麗な風景も見れて、本当に楽しかった」

 みなっちゃんが、明るく開く花火にも負けない笑顔で笑う。その向こうに星空が、うっすらと見える。オレは目をこすった。彼女の姿が薄くなっている。

「ごーちゃん、大好き!」

 屋上の床が透けて見え始めた腕を伸ばして、みなっちゃんは、オレを抱き締めた。寄せる頬、腕、胸が見る間に、どんどんと透明になっていく。そのとき、暖かくて柔らかなモノが、オレの尖った頭に触れた。

 それが、彼女の唇だと解って

「おわっ!?」

 びっくりして声を上げる。彼女は照れくさそうに笑った。

「ごーちゃん、本当に、本当にありがとう…」

 オレを離し、バイバイと、赤い花火の光が透ける手を振る。オレも手を振り返す。みなっちゃんが今までにない、嬉しそうな、満ち足りた笑顔を浮かべた。

 ポポポン!!!

 大きな大きな音が響いて、バチバチと空気を鳴らして、金色の滝が流れ落ちる。

 その音に思わず夜空を見上げ、慌てて隣を見ると、みなっちゃんの姿は消え、オレの影だけが、ゆらゆらと花火の光に揺れていた。



「辻岡さん、みなっちゃん、帰ったぜ」

 ポン! ポポン!! また花火が上がり、鳴り響く中、オレは辻岡さんに連絡を入れた。

『そうか…。ごー、今、運営から連絡がきた。明日だそうだ』

「…そっか。解った」

 不人気のガイド・マスコットのオレは、明日『消去』される。

 オレはネットにアクセスした。みなっちゃんの御両親の使用している、ネットクラウドサービスのオンラインストレージに、オレのメモリーの、今日の夏祭りの彼女の映像をUPする。

 性質の悪いイタズラだと、怒るかもしれない。でも、彼女がずっと楽しみにして、一番楽しんだだろう、夏祭りの笑顔を見て欲しい。

『ごーちゃん、大好き!』

 もしかしたら、みなっちゃんは、今日がオレの最後の一日なのを、知っていたのかもしれない。だから、オレともう一度遊ぶ為に、オレに最高の最後の日を過ごさせる為に、来てくれたのかもしれない。

「みなっちゃん、オレの方こそ本当に、本当にありがとう」

 オレもみなっちゃんのこと大好きだ。

「辻岡さん、オレ、ものすごく幸せなガイド・マスコットだった」

『ああ…』

 花火が夜空にまた上がり、広がり、散っていく。それに最終日の今日は流星群の演出も加わる。

 長く尾を引いて夜空を流れる星を見上げながら、オレは、優しいみなっちゃんの、次の生の幸せを、何度も何度も祈り続けた。

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