第11話

 周囲の人間たちよりは本を読むため多少は言葉を知っているつもりなのだが、それにしたって言語というものは難しいなあ、と思う。

 長いことイマイチ理解できなかったのは、「趣味」と「特技」の違いだ。自己紹介や面接などでは定番の単語だが、「趣味や特技はありますか?」などと一緒にして使われたりして、どっちがどうなのか子供心に疑問だった。

 あれこれ具体例を考えてみたものだ。

 料理が趣味……うん、おかしくない。でもそれって特技でもあるよなあ。逆に、特技は料理だけど作るのはすごく嫌い、という場合は趣味とは言えないわよね。ってことは上手い下手関係なく「好き」なのが趣味、好き嫌い関係なく「上手い」のが特技かな?

 子供の頃の結論はこんな感じで、今も基本的にはその認識でいる。ただ、一歩進んで考えてみると、趣味は「暇さえあればそのことに集中したい」こと、特技は「他人より優れて出来る、あるいは他人には出来ないが自分には出来る」こと、なんて感じではなかろうか。

 特技は読書です、なんて言ったら、どんな普通じゃない読み方をするのかしらこの人、って思われるもんね。


 他にも似た言葉で微妙に意味が違う、というものが色々あるのだが、まあ似てるのは似てるのでそれほど困ることはない。

 それより、反対の言葉なのにどっちがどっちだったか瞬時にはわからないものが私にはいくつかあって、こっちの方が問題だ。

 まずは「あおむけ」と「うつ伏せ」。

 これは子供の頃、病院で「じゃあベッドにあおむけで寝てね」と言われたときにどっちなのかわからなくて軽くパニックになった記憶がある。上向き、下向きでいいじゃないか。

 今は一応、うつ伏せは「伏せる」んだから顔が下だよな、あおむけはその逆、という感じで覚えている。

 次に「原告」と「被告」。

 社会の授業でやったのが最初だと思うが、基本的に被害者は原告で、犯人は被告、という時点でマトモじゃない。被疑者、とか言われるとああ被害者なのかなと感じてしまう。今でもよく混乱するため、もはや裁判に関心を持たないことでしか解決できない。

 続いて「シンメトリー」と「アシンメトリー」。

 こいつらには出会った当初こそ混乱したが、ファッション誌なんか読んでると言葉として「アシメ」しか出て来ないためまあどうにかなっている。まったく、ラッキーとアンラッキーぐらいのわかりやすさを見習って欲しい。

 そしてボス的存在として君臨するのが、かの悪名高き「追い風」と「向かい風」である。

(風の悪名を語るのは日本広しと言えど私ぐらいのものだろうが)

 単体で出されても二つ並べられてもとにかく困る。人に言われたりマラソン中継で耳にしたりするたびに「お、追う……む、向かう……あばばば」と泡を吹いて倒れる私。

 特に向かい風は最悪だ。自分が向かっている方向に吹く風なのか自分に向かってくる風なのか、いつまで経っても覚えられない。そもそも日本語は抽象的というか意味が曖昧な単語が多いのに、「向かい」などという特に漠然とした単語を採用した時点で「向かい風」の名付け親は罪が重い。


 このように覚えられない言葉には代わりに怒りを覚えるわけなのだが、それよりもっと困るのがまったく間違えて記憶しているケースだ。これは言葉そのものが間違っている場合と、意味を勘違いしている場合の二パターンがある。

 前者は何といっても「大団円」だ。私はこれを長年ずっと「大円団」だと思っていた。

 だって語呂からして「だいだんえん」と濁音が続くと言いにくいではないか。間に「えん」を挟むことにより発音しやすくなるのになあ。これは割と頑張って間違いを正したのだが、惜しむらくは使う機会がまずない言葉だという点だ。

 一時、せっかく覚えたのだから使おうと「いやーあのドラマ大団円迎えたねー」などと言ってみたことがあるが、全ての友人に何言ってんのコイツみたいな顔をされたため封印した。こうして死語が生まれていくのだと思う。

 それから「美辞麗句」がある。これは「美麗字句」だと思っていて、綺麗な言葉だから字句なんだろーな、とずっと思っていた。現在でも記憶の修正ができていないが、まあ口に出す状況はあるまい。ていうかこれも「び」と「じ」が続くからウザいのだ。「びれい」の方が発音しやすいのに。

 意味を勘違いしていたのは「無骨」で、これは漢字の感じ(高等なギャグ)から、ひょろひょろでなよなよしたイメージの単語だと思っていた。

 しかし、骨っぽくゴツゴツしてる、というむしろ逆の意味だったなんて。無礼者みたいな意味もあり、そうするとひょろひょろどころか荒々しいイメージとなる。一応、全然役に立たない、的な意味もあるようだけど。

 おそらく過去の私は、読み方も「ぶこつ」ではなく「むこつ」だと思っていたに違いない。

 まあこれも最近の本ではあまり見かけないから困らない。本当はもっと日常単語で記憶違いしている言葉があるはずなのだが、今パッと出て来ないあたりが実に私の記憶力である。


 ともかく、このように日本語だけでもかなり大変なことがおわかりいただけただろうか。なので私の英語の成績が悪いのは単純に私のせいだとは言い切れないのだよ。わかったかいワトソンくん。

 え? 私がただ馬鹿なだけ? ええいそこへ直れぃ! 確かに地図見てもどっちが東で西だったかたまに混乱するけど! 関「東」は右……関「西」は左……っていちいち日本地図的な思い出し方をすることあるけど!

 ……うん、完全に馬鹿だね。皆様、私の英語の成績が悪いのは当然のようです。そういえばイーストとウェストもよく取り違える。ちゃんちゃん。


 ところで私は子供の頃から字が下手だ。

 思い出したのだが、小学一年生の授業で字の書き取りをした際、先生が「上手じゃなくていいから丁寧に書きなさい」とさかんに言っていた。

 丁寧に書くってことは上手に書こうとすることだから一緒じゃん、と私は思い、皆も「せんせー、それどう違うの」と首を傾げていたような気がする。

 今考えても小さな子供にその差を理解させるのは難しいと思う。

 そもそも小学一年生で「ていねい」という単語の概念がわかってたのかしら? 現在、私の周囲に実例がいないため尋ねることができず残念である。

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