第4話


 前回のあらすじ――

 生粋のグルメニアンであるカトーミヤビは、友人Mが持つホグワーツ魔法学校の入学許可証こと某ホテルビュッフェのペアチケットにより、家族で行くことすら滅多にない豪華なランチを味わおうとしていた! 生きててよかった!

 あと関係ないけどベネディクト・カンバーバッチという文字を見る度にエッグベネディクトを連想してしまう! それでもいい、むしろいい! 一緒にエッグベネディクトを食べましょうカンバーバッチ様!


 さて。

 ホテルビュッフェを予約した日が近付き、普段は根暗な私もさすがにテンアゲ、パーリーピーポーとなっていた。

 私とMは事あるごとに楽しみだと言い合い、皿の上を十字に分けて料理を取り分けるのが美しく盛れるコツかもしれないなどとエアビュッフェの動作をしながらイメージトレーニングに励んだ。

「いやーそれもこれもM父のおかげだねえ。あとMも」

「そうでしょそうでしょ。喫茶店のシュガースティックをおやつと認識してるミヤビが不憫だから誘ってあげたんだからね。跪いてヒザをお舐め」

「ヒザって何だよこのド変態が! でもなめる!」

 盛り上がるグルメニスタンの我々は傍目からは不気味そのものだったであろう。

 そしてついに迎えた土曜日の朝。

 由緒正しきグルマーの血を引く私は朝の九時から準備を始めた。朝食は我慢し、ていうか昨夜の夕食からセーブしていた。まさか寝癖頭とジャージで大阪のホテルまで出かけるわけにはいかないのでちゃんとオシャレの方も抜かりなく。

 Mの家まで行って合流することになっていたので、いざ行かん、と出かけようとしていたら当のMから電話がかかってきた。

「もしもし?」

『もしもしミヤビ……ぃぃぐうおぅっ』

 電話口から聞こえるMの奇妙な叫び声。

「え、ちょっとどうしたの大丈夫?」

『大丈夫じゃない……ウチで転んだ。足やっちゃった、あ、あぁぁいだぁぁぁいっ』

 若手芸人よりも声を張り上げるM。その瞬間、私の頭の中を何かが光速で奔り抜けた。それに名前を付けるならばおそらく絶望とか言うヤツだろう。

 死に直面すると走馬燈が見えるなんて信じていなかったタチだが、この分ではあながちあり得ないとも言い切れない。

「そ、それでどうすんの、病院は?」

『今から行って来る……』

 Mの声は実に沈痛であった。いやまあ「ちょいと病院行ってきまッピ~!」などと言われても殺意が湧くので困るのだが。

 しかしなぜ。なぜこのタイミングで怪我を負わなくてはならないのか。

 うそだぁ、そんなギャグみたいなこと起こるわけねーじゃん、とお思いの皆様もいらっしゃるだろうが、残念ながら事実である。にわかには信じられなかったのはむしろ私の方だ。

 こういうときの人間というのは不思議なもので、私は状況を把握していながら心の中でそれを認めようとしなかった。

 いや違うこれは嘘だ……そう、何かの間違いだ。M迫真の演技によるドッキリ。それか寝ぼけて私に電話してきている。怪我? 怪我だって? そんな。Mが大げさなだけで、湿布貼ったら大丈夫でそのまま出かけられるとか、そういうことにならないかなあ……。

 当初は「ビュッフェはどうなる」と思っていたジコチューな私も段々とMの容態の方が心配になり不安に駆られた。

 しばらくしてMが我が家までやって来た。もちろん車で移送されて。

「M! ちょっとマジ大丈夫?」

「ミヤビ~……痛いよぉ」

 憐れ、後部座席にいたMは涙目であった。足首に相当なダメージがあるらしい。これでは大阪まで行くのは到底無理であろう。

「まあホテルビュッフェはまた今度にしようよ。ひとまず安静にしてさ」

「うー。でもタダ券だよ、もったいないじゃん」

「そりゃそうだけど無理してもさ」

「アタシは無理でも、ミヤビ、行ってきて!」

「はい? 私一人で? いやいや待った」

 Mの提案にさすがに躊躇してしまった。最近流行りの「おひとりさま」であるが、牛丼屋ぐらいならどうにか……いやうーん……レベルの私なのだ、よりによってホテルビュッフェで一人はキツい。

 しかし「タダが無駄になる! 行け!」とMは逆ギレ。

 運転していたMのお父上も「せっかくなので行ってやってください」と物腰柔らかに私に勧めてくれた。なんて優しい人なのかしら。会社でチケットを貰えたのも人徳だわね、うん。

 チケットのお礼に下着の一つでも見せて差し上げるべきだったかもしれないが、状況が状況である。

 私も車に乗り込み、Mを病院に連れていく道中で駅まで送ってもらうことになった。

 車内の空気は実に何とも言えないもので、人生ってこんなことあるのね……と三人が三人とも思っていたことだろう。

 いくらかの罪悪感と共にホテルビュッフェへと向かうことになった私だが、まさかその先にすらドラマが待ち受けていただなんて、知る由もなかった……。

(続く)

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