第3話


 人は私をこう呼ぶ。グルメを越えた存在……グルメニアと!

 というわけでこんにちは。一行目から非情に巧妙な嘘をこっそり入れてみましたが、お気付きになりましたでしょうか。

 どんな人間なんだよグルメニアって。むしろどっかの国名のようだ。もしくはドラクエ5の街の名前。

 それはともかく、食べ物に対する興味は割と持っている方だと思う。もちろん日々の食生活の大半は家での食事なのだが、「ふーむ、ハンバーグにシソを混ぜるとはやりおるな」とか「おやおやさわらのソテーはいいが火が強すぎるんじゃないのかね」などと母親の調理行程に口を挟むことは積極的に行っている。まあ大抵の場合はうるさがられた挙げ句、レタスを洗ってちぎる作業を手伝わされたりして何も良いことないのだが。


 さてそんなグルマニアの私(もう変わっている)としては、金と時間さえあればあちこち食べ歩いてみたいなーなどと常に思っている。

 実際にはどちらもないのが世知辛い。いやまあ時間は土日などがあるのだが、いかんせんお金の方がなかなか。たまには可愛いお洋服なんぞも欲しいため、買い食いに回せる余裕があまりないのだ。喫茶店など行こうものなら、お嬢様系の友人がエスプレッソとケーキをたしなむ横で、薄いアメリカンコーヒーをとっくに飲み干した私は店員さんに水をもらってはガジガジと氷をかじるのである。何という格差社会であろうか。

 ちょっと食べる? と優しい友人はケーキの皿を差し出してくれたりするのだが、私にも意地というものがあるではないか。

「ありがとよ娘さん。だが拙者にも武士としての誇りってえもんが」

「あ、そう? なら食べちゃうね」

「ごめんちょっとだけちょうだい」

 どこが武士だ。意地よりカロリーを優先してしまうあたりまだまだ二重の意味で甘ちゃんである。

 というわけで自腹での外食はたこ焼きやお好み焼きをたまに、そもそも大阪までの電車賃だって安かねえんだよ、でおなじみの私であり、テレビで観るようなフランス料理やらイタリアンやらのレストランに対する憧れはまるでベネディクト・カンバーバッチに寄せる私の想いのようだ。すなわち遠距離恋愛……悲しいかな、一方通行という点すらも同じである。

 

(※ベネディクト・カンバーバッチとは? 海外ドラマ『シャーロック』のホームズ役俳優。セクシーな魅力で世の婦女子を絶賛誘惑中の色男。求婚されたら私は家族も学校も捨てる覚悟であるが、ただ彼は自国民が認める料理のイマイチな国・イギリス出身なので、結婚後は何としても日本で暮らさねばならない)


 だいたいレストランというのは立派な大人が行く場所であり、私なぞが「ちょいと舌平目のムニエルでもつまんで行こっかな」などと気軽に寄るような場所ではないのだ。

 わかっている。そんなことはわかっているのだが、芸能人が「うわぁ~これ美味しそうですね~」などとテレビで言うたび「あんたは普段からそういうのばっかり食べてんだろ! 私によこせ私に!」と飢えたライオンよろしく画面に向かって叫んでしまうのは止められない。

 こちとらムニエルどころか自分でヒラメの切り身を買うことすらキツいのである。最近の若者には夢がない、などと言う人がいるが、若者に夢と希望を持たせたかったらぜひとも彼らに美味いメシを食べさせるところから始めていただきたい。

 そんな美食の権化たる私だが、本当に信じられない出来事というのは起こるときには起こるものである。先日、とてつもない話が転がり込んできたのだ。

 友人のMがランチに行こうと誘ってきたのであるが、問題はその内容である。

「ねえねえミヤビ、一緒に大阪でランチしない? 三週間後の土曜日なんだけど」

「いいけど何でそんな先なの」

「土日は予約がなかなか取れなくって。とりあえず先に予約しちゃった」

「私の了解得てから予約しようよ……てか何の店?」

 予約が必要な店は基本的に高級なので私と縁がないのだ。例外は歯医者。

「すっごいよー。何とホテルビュッフェ」

「な……何で!?」

 ビュッフェ。古い言い方だとバイキング。ここで言うのは要するに食べ放題のことだ。

 その中でもホテルのビュッフェというのはかなりハイソサエティな代物で、前菜からデザートに至るまで抜け目なく揃うが値段もそれ相応に高額なのである。そもそも近所には存在しない。

「マジ無理、そんなの食べるお金ないし! Mだって私と似た金銭事情でしょ」

 何勝手なことしてくれてんだこいつめ、とMを睨んだが、フッ、と笑いが返って来る。

「アタシだってそんな金あったら服買うし。じゃなくて、実はタダ券があって」

「え! 嘘!?」

「マジマジ。お父さんが会社の人にもらったか何かでさー。それをアタシがもらったの。期限が今月いっぱいで、とりあえずギリギリ予約できたってわけ」

「神か」

 なんというお父上だろうか。ウチの父親では足元にも及ばない。

「だからミヤビも連れてってあげるよ。アタシの靴でも舐めとく?」

「ふざけんな! でもなめる!」

「あっはっは崇めろ崇めろ」

「神ィ!」

 このとき私は、こんな奇跡のようなことが本当に起こるんだ、と無邪気に喜んでいた。そしてここからの三週間は「ホテルで食い放題や!」と楽しみで楽しみで仕方なかった。

 しかしまさか別の意味で奇跡のような出来事が起こるとは夢にも思っていなかった……。


(続く)

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