人類の生存に適さない星

深水えいな

habitable zone


「先生! なぜ火星なんですか?」


 赤いほっぺをした少年が元気よく手を上げて質問する。


 今日は小学生たちに星や宇宙について興味を持ってもらおうと、宇宙飛行士の鈴木さんが特別に火星の地球化計画について授業をしにやって来る日。


 かねてよりこの宇宙飛行士の本を愛読していた少年は、この日を心待ちにしていたのだ。


「いい質問だね、少年」


 鈴木さんが人の良さそうな笑顔で質問に答える。


「例えば水星には大気がほとんどないので、表面の温度は昼間は450℃にまで上がり、夜は-180度まで下がるんだ」


 パッと白い壁に太陽系の図が映し出される。


「木星はそのほとんどが水素やヘリウムといったガスでできているし、金星も二酸化炭素の分厚い大気に覆われ、温室効果で気温が常に500℃近い」


 火星の図を棒で指し示す鈴木さん。


「それに比べて火星は、地表の温度は20℃から-130℃で地球より寒いけれど、四季があり、かつて地球と同じように大気や海があったと考えられていて、非常に地球に近いんだ」


 太陽系の図が消え、鈴木さんは生徒たちに向き直る。


「さて、そんな他の星よりは住みやすそうな火星だけど、それでも火星は地球よりも寒いし、大気や海もなく、高エネルギーの放射線や紫外線が飛び交っていて、今のままではとてもじゃないが人が住める状態ではない」


鈴木さんはそう言うと、火星の表面の画像へと切り替える。赤い酸化鉄に覆われたデコボコした岩山。


「でも、実は火星の水は完全になくなったわけじゃなく、地下にまだ眠っているという説もある。 僕たちは今、そういう地下に眠っている水を掘り起こして溜めて、森を作ったり、海をつくる計画をしているんだ」


 鈴木さんの熱弁に、子供の目も釘付けになる。


「こういった惑星を我々人類が住むのに適した星に改造することを『テラフォーミング』と呼ぶ」


  写真が緑色のコケのものに切り替わる。これは、宇宙空間でも育つように長い時間かけて品種改良された新種のコケだ。


「海計画はまだそこまでは進んでいないけど、火星に植物を植えてみるという実験はもうしているんだ。植物たちは、順調に育っているよ」


 子供たちは、おお~、と声を上げた。



「はいはい! 先生は、宇宙人に会ったことはありますか!?」


 質問したのは、短い髪の活発そうな女の子だ。鈴木さんは答えた。


「残念ながら、僕は今まで何度も宇宙に行き、数億光年先にも行ったが、宇宙人にも、空飛ぶ円盤にも会ったことがないんだ。宇宙人がもし本当にいるのなら、宇宙人が乗る宇宙船と出くわしてもおかしくないんだけど今のところそれはない」


鈴木さんは窓際に行き、白い雲の流れる青空を見上げた。


「そもそも、僕らのような知的生命体が生まれるというのは、ほとんど奇跡のようなことだと僕は思っている。この地球のように、気温がちょうどよく、水や大気のある星というのは、探してもなかなか無いんだ」


 窓の外から少女へと視線を移した鈴木宇宙飛行士は、先ほど質問した少女の顔がどんどん曇っていくのを感じた。


 少女の夢を壊しては大変だ。彼は急いでこうつけ足した。


「でも、この宇宙は広い。まだまだ未知の領域がたくさんある。そこには、宇宙人だっているかもしれないね火星がもっと人が住むのに適した土地になれば、もしかして宇宙人さんも来てくれるかも」


少女は再び笑顔を取り戻す。鈴木さんはほっとため息をついた。



 その時、ピコンと何かの電波が入ったような音が、教卓に置いてあったタブレット端末から響いた。鈴木さんは、嬉しそうに声を上げた。


「おっ、ようやく火星と映像がつながったみたいだ。君たちにも、今の火星の様子を見てもらおうと思う」


 白い壁に、火星の赤く荒涼とした大地が映し出され、生徒たちは歓声を上げる。


  その一角に、少しだけ緑色の部分がある。鈴木さんたちが実験的に植えたコケだ。どうやら、宇宙飛行士たちの実験は順調に進んでいるようだ。


  すると、生徒のうちの一人がこう叫んだ。


「あっ! あれ、宇宙人じゃない!?」


  その言葉に、教室中の生徒たちがどよめき、壁の前に殺到する。


「え? どこどこ? あっ、本当だ!」

「本当にいる! 火星人だ!」


「何だって?」


  鈴木さんは慌てて生徒たちを押しのけると、壁に映し出された映像をまじまじと見た。


 するとそこには、青黒い肌で耳の長い2人の宇宙人が映っていた。

 


    ・

    ・



「はい! 先生! なぜ火星なんですか?」


 火星に降り立った2人の宇宙人のうちの1人が手を上げる。


彼らは、遥か彼方、1320億光年離れた別の銀河系のガイという惑星からワープしてやってきたガイ人の学者とその生徒。


 今日は彼らが火星のテラフォーミング計画について授業を行う日だ。


「いい質問だね、少年」


 ガイ人の学者は人の良さそうな笑顔で答えた。


「我々は、今まで我々人類・・・・ が住みやすい環境になるよう、ありとあらゆる星から、水や酸素といった、有害物質を取り除いてきた」


 遠い目をするガイ人の教授。


「この火星という星は、我々のテラフォーミング計画が上手くいった一つのモデルケースとなる星なんだ。 昔、ここにあった大気や海を重力や恒星との距離を変化させることによって、我々は取り除くことに成功した。今日はそれを見てもらおうと思ってね」


 その時、若い生徒があっと叫んだ。


「しかし先生、あそこにあるのは植物じゃないですか? 二酸化炭素を吸い、酸素を吐き出すっていう有害生物の」


 生徒の指さす方向を見て、ガイ人の学者は怪訝そうな表情になった。


「本当だ! 火星の酸素量が増えているという報告は聞いていたけど、 本当に植物が生えているじゃないか。火星にもまだこんなものがあったなんて!」


  ガイ人の学者は腕組みをして考えた。


「これではまた酸素が増えてしまう。 せっかくここまでテラフォーミングが進んだのに台無しじゃないか!」


 そう言うと、ガイ人の学者たちは何かの液体を火星にばらまき始めた。


見る見るうちに枯れていく火星の植物たち。


 かくして、火星は無事、元の水も大気もない荒涼とした土地に戻ったのであった。

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