第25話 球技祭 その3


 「みんな球技祭お疲れ様~! どうだったかな今年の球技祭は? 生徒代表で副会長に聞いてみよう~!」

「ぼ、僕ですか!? そうですね……僕は怪我なく終われたから良いもしれ」

「副会長なんかつまんないー」

「怪我しないようにって言ったの会長ですよ!?」


 謎のかみ合いを見せる生徒会長と副会長は夫婦漫才のような掛け合いを朝礼台の上で見せる。

何度見ても、副会長さん大変そうだな……それでも綾菜先輩について行ってるんだからそこまで苦じゃないのかもしれない

夏が迫りつつあるこの頃、日は長くなっていて四時やそこらじゃまだ暗くならない。天気と反比例して暗い雰囲気に包まれる集団があった。

 勿論僕たちだ。


「副会長の返しがあんまり面白くなかったから…………あそこでお通夜ムード出してるあの人たちに感想でも聞いてみようかな! はーい、そこのファッ金髪」

「誰がファッ金髪ですか」

「分かってるじゃないか。今年の球技祭はどうだったかな? 面白かったかい~?」

「面白おかしく、さらし者になりました。ありがとうございます」


 昌平が真面目な口調でそう返す。昌平はいじけているがそれは仕方ない。皆の前で優勝するだなんて大口を叩きつつ、蓋を開けてみたら最下位から数えて二番目の戦績だったのだから。立候補時の昌平の一言通り、今日の彼は完全に「ピエロ」だった。


「バスケットでは井上くんのクラスが優勝したみたいだね。三年生を押しのけ優勝だなんて凄いね。他の競技は全部三年生が優勝だったみたいだから、これは本当にキセキみたいなものだよ。ええっと……因みにサッカーとテニスと女子卓球は三年A組が優勝だったみたい!」

「自慢はそこまでにして閉会式してください会長」


 綾菜先輩は相変わらずだな。さっき言ってたのが本当なら、球技祭の競技の半分は優勝してることになる。しかも卓球とテニスは団体戦だったはずだぞ。綾菜先輩で一勝するとして、それ以外の勝負で他の生徒も勝っているのを考えると綾菜先輩は選手の育成にまで手を出していたのかもしれない。全く末恐ろしい先輩だ。

 副会長に急かされたのもあり、閉会式はすぐに始まり、すぐに終わった。元々閉会式はそこまで時間のかかるものじゃないのだ。長いと有名な校長先生の話が無いのが一つポイントだろう。

 球技祭が終わり放課後になるが先輩からのご指名が入り、僕ら温泉部は後片付けの役に回ることとなる。温泉部一同は一度朝礼台の前に集まった。


「みんなお疲れ~! いや~球技祭残念だったね!」

「何で先輩楽しそうなんですか」

「いや、楽しかったからだよ? 昌平やればできるじゃん!」

「俺はめちゃくちゃ恥ずかしいんすよ!!」


 うわああああ!と昌平は先程の試合を思い出し頭を抱えた。


「それは置いておいて、まずは片付けだよ。もたもたしてたら流石に日が暮れちゃうしね~! 役割分担してちゃっちゃと終わらせちゃおうか。颯たんなんかいい案出して~!」

「いきなりムチャ振りですね…………僕らで二つの班に分かれるのはどうですか? 体育館と武道館で一つの班、グランドとかテニススコートでもう一班とか」

「それいいね。採用~! 班は適当?」

「一応、力ある人が外の方が良いような気がします。サッカーのゴールとか運ばないといけないですし」


 うちの高校のゴールは持ち運び式で使うたびにピンで地面と固定するタイプのものだ。そこまで軽いものじゃないし、力の強い人が外にまわるのが得策だろう。となると……


「男子の僕と昌平は外の班、他には……綾菜先輩も外班でいいですかね?」

「えー、わたしーかよわいから無理だよー」

「今頃そんな、なよなよしても遅いです!」

「そんな酷いよ、颯たん~!」


 目をくの字にして先輩は僕に抱き付いてくる。先輩の体が直に密着して先輩の女の子らしいところが押し付けられることによって僕の頭が飽和…………しない!そんなこと気にしていられない程の力で僕のあばら骨が悲鳴を上げる。もう絶対僕より力強い。と言うか昌平よりも強い!痛い、とにかく痛いぞ!

 もがく僕を見かねて澄が咳ばらいをし、綾菜先輩を我に返してくれた。これは本気で澄にお礼を言わないとな。


「力仕事であれば、私の方も適任かと思います。こう見えて力には自信がありますので」

「そうなのスミスミ? 腕とか結構細いけど大丈夫~?」

「颯太さんよりは力持ちな自信があります」

「なら大丈夫だ! スミスミよろしく~」

「納得できない……」


 なんだか最後のは腑に落ちないが、班決めも終わり早速僕たちは球技祭の後片付けに移る。兎莉と風子は体育館にまず向かうらしい。


 外班の僕たちだが、四人が協力して片付けをしないといけない物……サッカーゴールは後回しにするとして、まずは小物の片付けを終わらせることにした。

 四人はさらに分かれて二人ずつの班になる。僕と綾菜先輩は野球で使ったバットやグローブなどを倉庫に戻す役割になった。

最近綾菜先輩と会えてなかったのもあり、新鮮な気持ちを感じる。そして、先輩には色々聞きたいことがあったのだということを思いだす。金属のバットを運びながら隣に並ぶ先輩に僕は問いかける。


「綾菜先輩、少しお話良いですか?」

「ん? どうしたんだい、颯たんよ。恋バナなら大歓迎だよ!」

「違います…………先輩、今回の生徒会選挙には関わってないって言ってましたけど、それって本当ですか?」


 先輩はこちらを向くことなく、少し間を空けて答える。


「本当だよ~」

「では、三年前。中学校の時の生徒会選挙、先輩はそれに関わってましたか?」


 僕が三年前と言った瞬間に先輩の顔つきが変わる。別に怒っている様子ではない。何故そのことを知っているのか疑問に思っているかのように、目を見開いていた。綾菜先輩がその疑問を紡ぐ前に僕が先に返しを言う。


「昌平から聞いたんです。井上大地と中学時代に生徒会選挙で戦ったということを。それで高校でも同じ状況になっている今、あまりに話が出来すぎています。文化祭のあの一件があって出来すぎたことがあると先輩のことを少し疑いたくなっちゃうんですよね。すいません」

「…………あはは、信用無くなっちゃったね私」

「いえ、そんなことありませんよ。先輩は裏で糸引いて何かをすることありますけど、悪事を働いている訳じゃないですし、寧ろみんなが楽しくなるように動いてくれてるんですから、信用してます」


 僕が小さく微笑みかけると複雑そうな表情で先輩も笑いかけた。


「中学の頃の選挙についてだよね。そのことなら私は間違いなく関わってるよ」

「やっぱりですか……」


 僕は自分の推測が正しかったことに得意げになりながらも、自分が考えている最悪のシナリオに一歩ずつ近づいていることに胸の鼓動を早くした。


「先輩……どのように関わっていたのか、説明してもらってもいいですかね」

「勿論いいよ。よっこらせ!」


 倉庫まで着き、先輩は運んでいたバットを収納用の金属の入れ物に入れた。僕もグローブを仕舞い先輩と共に倉庫を出て、歩きながら先輩は口を開いた。


「井上大地の推薦者って知ってる? あの如何にもヤバそうってやつ」

「分かります、村上武ですよね?」

「そうそう、私はその村上と中学時代に仲が悪かったんだよね。あいつは何かにつけて私に突っかかって来たし、私の方も…………皆を困らせるような振る舞いをするあいつが許せなかった」


 感情の籠った声音ではなく、昔の思い出を語るような優しい声だった。綾菜先輩にとって村上武は過去の人扱いなのかもしれない。


「それでね、私はあいつからの挑戦を全て受けて全て私が打つ破った。そりゃあもう凄かったよ。テスト、喧嘩、遊びから何から何まで私は勝ち切った。あいつに何一つ負けないように努力して、そのことがあいつの行動を否定することに繋がると思っていたから」

「なるほど……」

「中学三年となると受験でしょ? だから村上も三年になったころには私に突っかかってくることが少なくなった。そして最後に私に持ち掛けた勝負は『どちらがこの学校の生徒会長に後継者を残せるか』だった」


 綾菜先輩のその言葉を聞いて僕は何でこうも嫌な予感が的中してしまうのだと頭を抱える。もうここまで聞けば先の話も大体想像がつく。中学三年の時、綾菜先輩は昌平の後ろ盾を、村上武は井上大地の後ろ盾をして生徒会選挙を戦ったんだ。

 先輩はその後僕が思った通りの内容を話すと今度はグローブを持ち歩き始める。


「高校入って、村上は私に突っかかってくることは無くなったんだけどね。流石にあいつも懲りたんだと思うよ」

「高校では一度も勝負を挑まれたことは無かったんですか?」

「うん。それは間違いない」

「これから挑まれるってことはありませんか?」


 少し先輩は考えるが、全くとぼけた様子で首を横に振り「ないんじゃないかな? だってもう受験だし」と答える。


「それは嘘ですよ、先輩。先輩はもう勝負を挑まれてます」

「挑まれてる…………? もしかして今の生徒会選挙のこと言ってるの、颯たん? ないないない! だって言ったでしょ~! 私今回の選挙は全く関与してないんだって」


 先輩はそう言うが、僕はそう思わない。いくら関係ないと言ったところで、彼女はどうしようもなく今回の問題の渦中にいるのだ。先輩は周りの人を良く見れる人だけど、自分が関わってくると途端に視野が狭くなる。


「僕が先輩にこんなこと聞いた発端は、この生徒会選挙があまりに出来すぎているからでした。あまりに出来すぎたことがあると文化祭のことがあって、その経験から、綾菜先輩を少しですけど疑ってしまったんです」

「その話はさっき聞いたよ、颯たん」

「経験から物事を判断するってやっぱり多いんですよ。似たような状況に陥ると、以前の記憶がよみがえってまた同じようなことが起きてるんじゃないかと考えてしまうんです」


 僕がそこまで言うと先輩は持っていたグローブを下に取りこぼし、ゆっくりと視線を僕の方に移した。


「村上武は綾菜先輩が生徒会選挙に関与してないだなんて思ってないですよ」


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