第24話 球技祭 その2


 体育館に着くと体育の先生が壁に大きな白い紙を貼る。対戦表だ。

 みんな気になって紙の前に行くからどことどこのクラスが試合するのか僕からは分からなかったが、昌平は割と背が高いため彼らの頭の上からのぞくことが出来た。

 昌平が言うに、僕らの最初の試合相手は三年A組の二軍チーム。去年もだが、第一試合は一軍チームと二軍チームが当たるように組まれていたそうだ。一試合目から一軍同士でつぶし合うのは大会の盛り上がりに欠けるのかもしれないけど、これは二軍チームの人からしたら大変迷惑なことだと思う。僕は去年まで二軍チームだから分かる。全く歯が立たないチームと戦うのは恥ずかしいんだよね。

 バスケットのコートは二つしかないので試合はてきぱき行わないといけない。早速体育の先生が笛を吹き一試合目のチームにコートに入るように指示した。人が対戦表の前から減ってきたのを見計らって、僕も対戦表を確認する。よく見たら僕のチームは一回目の試合を組まれていた。更にもっというと、井上大地の率いる二年A組一軍チームの試合も一回目の対戦テーブルに組み込まれている。つまり、二面あるコートの一つに僕らのチーム、もう一つに井上のチームが組み込まれたということになる。最初からクライマックスな雰囲気を感じ取り体育館内の生徒は盛り上がりを見せていた。体育館二階の見学スペースを取りに生徒が急ぐ。

 一試合目のコートに僕たちは入る。


「颯太、俺達結構注目されてるのな」

「そうだね。緊張する。まずは一回戦、落ち着いて勝ちに行こう」

「勿論だぜ! 決勝で戦わないといけない相手がいるからな!」


 そう言って昌平は隣のコートに目を向けると、井上もこちらを向き何やら手話のような動きでこちらに何かを伝えてくる。

 昌平もそれに応え、手を動かし意志を届けた。


「昌平、手話できたんだ。と言うか井上も。それで彼は何て?」

「ん? 手話何て俺は知らねぇぞ。お互いに適当に手を動かしてるだけ」

「はぁ?」

「分かんないけど、大地の言いたいことは分かるぜ。兎に角、勝てってことだ!」


 そう言って前を向く。気合を入れようとパシリと頬を叩いた。

 昌平たちのコミュニケーションは良く分からないけど、あまり考えすぎるのも良くないんだなと思った。何もかも気にしていたら、情報過多で惑わされてしまうということは実感している。

 僕がふと体育館の二階を見ると、兎莉と風子、それに澄が手を振っていた。僕らの試合を見に来てくれたのか。確か澄たちは本校舎に備え付けられた武道館で卓球の試合があったはずだけど……間に合うのかな? 風子に関しては全くの不明だ。そして、僕はもう一人の人影がこちらに手を振っていることに気付く。あれは…………ヒメ!?どうしてヒメがここに、と初めは疑問に思い焦ったが、そう言えば球技祭の日時を教えたのは僕だった。ヒメの奴、来るなと言ったのに来ちゃったのか。どこから手に入れたのか今日はうちの高校指定の体操服を着ている。新鮮な姿に思わず目が奪われた。後でヒメには説教をするとして、彼女が来ていることは昌平には秘密にしておこう。もし知ってしまったら、昌平は試合どころじゃなくなってしまうからね。でもそれもまた面白いかもしれない…………けどやっぱりやめておこう。

 互いのチームがコートの真ん中に整列し、頭を下げる。


「お願いします!!」


 ジャンプボールをするため、チームで一番背の高い昌平がセンターサークルの前に向かう。僕を含めた他のクラスメートは自分の持ち場へと急いだ。

 先生が吹くけたたましい笛の音を合図にボールが高く撃ち出された。

 タイミング完璧であることと、彼自身の跳躍力が合わさり昌平の高さは相手チームの選手より頭一つ高く感じられた。ボールが最高高度に達し、落ちて来て間もないところで昌平の指がボールに触れ、こちらのコートにはじいた。


「行くぞ! まずは一勝! 油断すんなよ!」


 僕も足を引っ張らないように頑張らないと。

 拳を強く握り、気合を入れた。



 体育館二階。その一角だけが異様な気配に包まれていた。

 二階のフロアには人がごった返している中、広く空いたスペースがそこにはある。その中心に大柄の男が獣のような目つきで試合を観戦していた。そして異様な状況なのはそれだけでは無かった。


「お主はどちらを応援するのじゃ? 手前じゃろ! だって手前ばっかり見ているからの!」

「うるせぇぞ! そうだよ、手前だよ! いいからお前どっかいけや」

「つれないのう……」


 体躯に合わぬ大きさの体操服を着る幼女に男の怒声が降りかかる。幼女自体はあまり気にしている様子はないが、周りにいる生徒たちは男の一挙手一投足におびえていた。

 男に突っぱねられ、幼女は場所を変え別の人に声をかける。


「お姉さまたちはどっち応援するのかえ?」

「…………奥のコート……だよ。颯太くんが出てるんだ」

「なんと! お兄様見かけないと思ったらもう試合とやらにでるのか! お兄様、頑張るのじゃ~!」


 そう言って体育館の柵から身を乗り出して手を振りに行こうとしたところを、すかさず奥村兎莉が止める。

 三人は危なっかしい姫乃の行動に冷や汗をかく。このように天真爛漫な振る舞いをする人物を彼女たちは知っていたが、その人は自分の体を物理的に制御できる力を持っていた。無謀な行動と、計算された無謀に思われる行動は違うのだと三人は痛感した。

 一息ついたところで、秋風風子が眉間に指を当て続ける。


「ヒメちゃんもセンパイ……颯太センパイを応援しているのです?」

「そうじゃぞ! 童はお兄様のことが大好きじゃからな! お主らは違うのかえ?」

「ふ、風子だってセンパイのことは好きなのです!」

「風子さん、それでは誤解がありますよ。私たちは確かに友達として颯太さんのことが好きかもしれませんが、それだけが理由じゃないでしょう?」


 友達と言う言葉を強調する澄の言葉を聞いて風子が赤面する。早計な判断で口を滑らせた彼女は頬に手を当て火照りを抑えつつ、口を開く。


「コホン! そうなのです。実はこの球技祭、センパイたちが勝つかどうかがかなり重要になってきているのですよ!」

「ほう、生徒会選挙での勝利が何とかというやつじゃな。なるほどなるほど、これは納得じゃ」

「あら、姫乃さんよくご存じで。それをどこで知ったのですか?」

「この前、お兄様と近くの温泉でばったり会っての! そこで教えてもらったのじゃ!」

「温泉で……と言うことは颯太くんと一緒に温泉入ったの…………!?」

「その通りじゃ。別に気にすることも無いじゃろうに、お兄様は赤くなっていたの」

「「それはどういうことです(か)!?」」


 澄と風子が声を揃えてそう言うと、ヒメは彼女らの気迫に押されて尻餅をつく。


「何じゃ!? 問題でもあったかえ?」

「…………んっ! いいですか、姫乃さん。男性と言うものはとても危険なんです。たとえ颯太さんの様に心清き方と言えど、裸でいたら何をされるか分からないのですよ!?」

「心配してくれているのかえ? お主は優しいのう。でも、心配は無用じゃ。童は何もされておらん」


 我が子を見るようなまなざしで見つめられ、怒るに怒れなくなった澄は風子に目配せをする。風子はコクリと頷くと一歩踏み出し言葉を紡いだ。


「センパイ赤くなっていたって、やっぱりやましい気持ちがあったのかもですよ!」

「それはそうかもしれないの……こんな幼女体型のどこがいいんじゃろうか? やはりお兄様はろりこんと言うものなのかもしれぬな! わはは!」

「センパイは幼女体型が好み…………!?」


 風子は鼻息を荒くして握り拳を作る。ミイラ取りがミイラになってしまった。風子に見切りをつけた澄は風子を押しやり前に出る。


「やはり颯太さんは危険な殿方なのかもしれません! なので姫乃さん、自分の行動には十分注意して……」

「幼女体型が好きとなるとお主のこともお兄様は好きかもしれないぞよ?」

「……っ!?」

「お主はどちらかと言えば体型の起伏が激しくないからの! あっちのお胸が豊かなお姉さまと比べれば、お主は童寄りじゃ!」

「誰が、貧相な体型ですって…………!!!! 風子さんもどこを見ているんですか!!!!」


 澄の怒声に風子と姫乃は肩を竦めた。体育館にいた他の生徒たちも彼女の声に試合への集中を解き、振り返る。

 姫乃は額に汗を浮かべつつ、手と首をぶんぶんと振り否定した。


「ち、違うのじゃ! 別にお主のことを乳が貧相な女子と言っている訳では……そう! すれんだーと言われるやつじゃ。ふ、風子とやら、お主もそう思うじゃろ?」

「そうなのです! 全く、浅間澄は気が早くて困るのですよ。胸は確かにないですけどー」

「風子さん…………!」


 澄の握り拳がわなわなと震えだし、彼女の周囲に嫌な気を感じた彼女らはお互いに何か合図をすることなく、一瞬のうちに体育館の柵に手を掛け仲良く並ぶ。


「さてさて、お兄様はどうなってるかのー頑張るのじゃー」

「センパイの勇士をこの目に収めないとなのですよー」


 今にも理性を失いそうな澄に背を向け、二人の幼女(一人は高校生であるが)は下の階で行われている試合へと意識を集中させるのであった。



 時間は着々と過ぎていた。時計を見ると試合の時間は残りわずか。点差は四点で僕らのチームは負けていた。時間的に得点出来る機会はあと二回、大目に見て三回と見ていい。

 現在ボールを持っているクラスメートがドリブルで敵陣に攻め込む。バスケ部員だけあって綺麗なボールさばきをしている彼はゴール付近までドリブルするが相手のディフェンスが厚くシュートまではこじつけない。彼は周りを見渡し、後ろにいた昌平にパスをする。そして一歩引いたところから、完全にノーマークだった僕の下へと送球した。

 昌平から渡ったボールを確実に捕らえると、僕はシュートの体勢に入る。ゴールネットから大股で三歩。僕が今まで一番練習してきた距離……ではなく、二番目に練習してきたそこからさらに二歩引いた位置にあるスリーポイントラインからボールを放った。

 大きな弧を描く軌道でボールはネットへと吸い込まれる。

 瞬間、会場が沸いた。同じチームのメンバーも僕の下に集まるが、騒いだりなどしない。ただ、ナイスだと小さく肩を叩くと皆すぐに自分の守る位置に着いた。こんなところで一喜一憂していられない。まだ、相手リードしていることを忘れてはならないのだ。


「勝つぞ…………勝つぞ!!!!」


 短く分かりやすく、そして全員が共通して持っている意志を昌平は吼える。僕も彼に応え気合を入れなおすと、こんな状況だというのに緊張がほどけていくように感じた。

 相手のボールから試合が再開する。ボールを持つ相手選手がゆっくりとドリブルを始めた。何回かつくと、隣の選手にパスをする。言われなくても相手の戦術は明らかに……時間稼ぎだ。残り僅かの時間、相手からすればそうするのが一番楽な方法だ。しかし、こちらからすれば……


「一番楽な方法を取ってくれて有難いぜ……! これなら勝機があるってもんだよなぁ!!!!」


 昌平が敵意むき出して飢えた獣の様にボールを持つ生徒に圧をかける。一瞬おじけづいた相手生徒は再びボールを違う生徒にパスしようとするがパスを受けた生徒が焦ってそれを取り逃す。すかさず前に出た僕らのチームの松田君がそれをカットすると再び相手ゴールまで攻め込もうとドリブルを始めた……刹那、それを見計らったかのように相手選手の手が素早く伸び、ボールが場外へと飛んでいく。学校の行事で行う試合のため、延長などというものは存在しない。単純にボールを外に出されるだけでも十分僕たちにとって痛手だった。時間がないため一番近かった僕がボールを取り、スローインで昌平にボールを渡し、試合を続行する。

 昌平はボールを手にするとすぐに前傾姿勢でドリブルを始める。体の大きい昌平はドリブルがあまり得意じゃないと言っていたが体が大きい分迫力があり、素人対決である学校行事ではその威力をいかんなく発揮していた。昌平が攻め込むのに合わせて相手チームが一斉に下がる。僕ら一人一人のマークを解いて、とにかくゴール前のソーンを全員で守りに入ったのだ。賢明な判断だと思う。

残り時間はあと三十秒。攻めあぐねる昌平に僕はパスをするように叫ぶと、コート右奥からボールをこちらに飛ばしてきた。昌平にも焦りがあるのか彼の送球は中々に速く、一度キャッチをミスしそうになるが、無理やりボールを抑え込む。そして流れる様にシュートの体勢に入ったところ、相手のディフェンスが僕に向かってくる。流石に先程スリーポイントを決めた人に無防備で打たせるわけがない。しかし僕はそれに構うことなくシュートを続ける。ここで外すにしても、もう僕たちには時間的に打たざるを得ないのだ。

 僕の手から放たれたボールは少し低めの弾道でゴールへと向かう。相手の選手はゴール前で僕のシュートを見守っていた。きっと外れろなどと思っているのだろう。外れてそのままボールを外に出せば時間切れで彼らの勝利なのだから。

 入って欲しいと願うが、ガタンと大きな音を立てて僕の打ったシュートはゴールリングにはじかれる。緊張の糸が切れたその瞬間、金髪の頭が宙を舞う。昌平だ。相手選手たちは焦って彼を止めようとするが時すでに遅し。昌平は弾かれたボールを空中で捕らえると強引にゴールへとねじ込んだ。

 ピー!!!!

 耳に残る、大きくけたたましい笛の音とそれを掻き消す程の歓声を合図に試合は幕を閉じた。

 最後にダンクを決めた昌平は体育館に集まった生徒たちに手を振る。まるでスターの様な振る舞いで鼻が高くなった昌平に、チームメイトたちは苦笑いしていた。

 一通りちやほやされると昌平は僕の下に来て手を差し出す。僕もそれに応え、ハイタッチした。


「颯太ナイスシュートだったぜ! いやー危なかった!」

「昌平こそいい反応だったと思うよ。あの瞬間、シュートが外れると読んで動き出したの昌平だけだったし」

「そりゃあ、シュートが外れるのは分かってたからな。颯太、立ち位置練習と違かったろ?」


 そんなところまで見てくれていたのかと僕は驚きを隠せない。確かにあの時の僕の立ち位置は練習と違うというのは自分でも把握していて、それでも入るのにかけるしかなかったのだけど、昌平はそれを見越して、僕が外すことを信じて体を動かしたのか。あんな一瞬の内にその判断ができるとは……やっぱり昌平は凄いやつだな。僕なんかじゃ絶対真似できないや。

 試合に勝った喜びがあふれてきて、昌平は握り拳を高く上げて叫んだ。


「おっしゃー!!!! まずは一勝、生徒会長への道も近くなってきたぜ!」

「うん…………」


 気合を入れなおす昌平の肩を叩き、体育館の壁に張り出されている、もう一つのトーナメント表を指さす。


「まあ、敗者トーナメントで最下位を逃れただけだけどね!!」

「うわああああ!!!! 思い出させないでくれ~!!!!」


 力なく両手を地に着く昌平に、体育館のステージで見学をしていた生徒たちが「優勝じゃなかったのかよ!」「最下位取る流れだったろそこはー」だの皆この状況を楽しんでいるように思えた。

 生徒会選挙に響くと噂される球技祭。カッコよく勝った。確かに勝ったのだが……

僕たちは見事に一回戦から敗れ、その後も負けに負けて最下位決定戦に勝っただけなのであった。

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