二日目

第11話 今日も波乱だよ


 翌朝。

 いつもの時間に学校に向かうと、教室内の雰囲気が普段と違っていた。

 あれ。なんだろう、なんか……みんなの表情がかたい。

 不思議に思いながら自分の席に座ったところで、昨日お世話になった奥野さんが神妙な面持ちで話しかけてきた。


「東君のこと、もう聞いた?」

「へ、なにが?」

「昨日ね、鈴木さんが帰った後で事件があったの。東君と、あともうひとり。同じバスケ部の男子の飲み物に異物が混ぜられていてね。救急車まで来て大騒ぎ」

「うわっ、なにそれ知らない。それでヒガシはどうなったの!?」

「入院しちゃったみたい」

「えええーっっ!?」


 入院って……おいおい。だ、大丈夫なのだろうか!?

 あたしの動揺を感じとった奥野さんが「とは言っても命がどうこうっていう話ではないそう」とつけ加えてきて、ひとまずホッと胸を撫でおろす。

 命に別状がないなら、まあなんとかなるだろう。

 でもちょっと待ってくれ。

 司令塔がいなくなってどうやってアイツを乗り切ればいいんだよ。今日も思い切りアテにする予定だったのに……。


 チラッと西園寺の席を確認すると、カバンは置いてあったが姿は見えなかった。

 昨晩のやりとりを思い出して心がざわついたが、頭を振って気持ちを切りかえた。

 そんなことより今はヒガシのことを気にかけるべきだろう。

 あたしが「誰が何の目的でそんなことをしたの」と問うと、奥野さんはかたい表情を崩さないまま、「それがまだ判明してないのよ。バスケ部の連中が犯人探しするって息巻いてるみたい」と言った。

 どうやら試合が近いのに大事なレギュラーをニ人も潰されて、相当おかんむりらしい。そりゃまあキレるよな。


「そっか。でもこれ、たんなるイタズラにしては度が過ぎている気がする……」


 あたしがポツリと漏らすと、奥野さんはうなずいた。


「そうなのよね。それでみんな騒いでるの。東君は人気者でしょう?」

「たしかに」


 あいつは世渡りが上手いので先生から信頼されているし、友達も多い。

 人気者ゆえの羨望や嫉妬などもあるかもしれないが、多少の事でここまでのことはしないだろう。

 もっと強い動機がなければ。

 となるとおそらく怨恨がらみの犯行だろうけど、ヒガシとトラブルがあったと人物といえば――

 反射的に西園寺の顔が浮びあがった。時期的にぴったりだ。だけど、昨日の西園寺の様子を見る限り、それはないとすぐさま打ち消した。

 ヒガシも過去のイジメに関わったひとりだが、そのヒガシに対しては清清しいほどのアウトオブ眼中っぷりであった。少しはそっちも恨めよと思った程だ。

 だから西園寺を容疑者候補から外したのだけれども、事情を知らない他の奴等はそうは思わなかったのである。



◆◇◆◇◆



 騒ぎは次の休み時間に起きた。

 見慣れない男子生徒数名があたしのクラスにやってきて、ドア越しに顔を覗かせると、「西園寺ってやつはいるか」と呼びかけてきた。

 その立ち姿や剣幕からなんとなく想像がつく。あれはたぶん、バスケ部の連中であろう。

 そしてさっきあたしが西園寺を一瞬疑ってしまったように、この連中もまたヒガシと西園寺の間には因縁があることを知っているのだろう。

 はたして世知辛いことにその予感は的中していたのである。


 厳しい口調で名前を呼ばれた西園寺は軽くため息をついて席を立つと、戸口まで歩いていって、呼びつけてきた男子生徒どもと対面した。

 その手にはいましがた熱心に読んでいた野球のルールブックがあって、こんな場面でも手放さないところにも野球部への意欲が垣間見れた(ちなみに今朝教室を出払っていたのは、朝練を見学してたらしい……)

 そして周囲の視線が集う中、西園寺のほうから口を開いた。


「僕に何の用?」


 西園寺の言葉に、リーダー格であろう男子生徒が受け応える。


「少し話があるんだ。場所を変えようぜ」

「いいよ、ここで。時間がもったいないし」


 さっさと読書を再開したいみたいでルールブックの表紙を眺めている。

 思ったんだけど西園寺ってさ、興味のないことに対してはとことん無関心だよな。

 一点集中型と自称してたけど、まったくもってその通りかもしれない。煩わしがっている態度が明らかで、相手も不機嫌さを増しちゃったよ。もうちょっと上手く立ち回るように求めたい。

 目をすがめたリーダー格の男子生徒が続けて言った。背が高くていかめしい顔立ちなので、やたら威圧感がある。


「じゃあここで言うけど後悔してもしらないからな。率直に言って、俺らはお前を疑っている」

「は? 何が」

「しらじらしいぞ。正直に謝れば許してやらないこともない。お前が混ぜたんだろう」

「話が呑み込めないんだけど」

「だからとぼけるなって。理科準備室の冷凍庫に入ってたポカリに洗剤入れたのはお前だろ。それ食ってうちの部員の菊池と東が体調を崩したんだ」

「その話ならチラッと耳にしたけど知らないよ。興味もない」


 うわ。言い切っちゃったよ。せめて心配している素振りでもしてみせようよ。

 案の定バスケ部員たちはヒートアップして、問いただしていた暫定リーダーが西園寺の胸ぐらを掴んだ。

 一触即発の雰囲気にたまらず、あたしは割って入った。


「ちょっと待って。その人は昨日転校してきたばかりだから違うと思うよ」


 周囲の視線が一同に集まるのを素肌で感じるてすぐさま後悔したが、出てしまったからには腹をくくるしかない。連中は値踏みするような目であたしを見てくる。

 あれ誰だ――という会話が目の前でこそこそと交わされたので、「東君と友達の、鈴木静だよ」と自己申告した。友達というか悪友だけどな!

 しかも最近は疎遠気味だったけど、それは言わないでおく。

 すると西園寺を取り囲んでいたバスケ部員の一人が、取り繕いもせずに驚いた。


「もしかして、鈴木さん? ええっ、冗談ぬきであの鈴木さん!?」

「そうだけど」


 やべっ、こいつ昔のあたしを知っているみたいだ。

 それ以上何か言ったらコロスからな、と思い切りガンを飛ばすと、相手は黙ってくれた。しかし何故か顔が赤い。ここはふつう、青ざめる場面でなかろうか?

 ま、いいや。

 挙動不審の下っ端はおいといて、あたしは暫定リーダーへと目を向けた。

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